フランの知らない災いの種
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親にとって、聞き分けがいい子供は、裏を返せば子供側の「あきらめ」である。
親からしたならば「聞き分けがよく、お行儀のいい子」は褒め言葉であるだろうが、
子供らしい我儘すら言わないのは、親に対するあきらめの同意語だ。
とかく長女は損な役割を背負うことが多い。
確かに貴族は男子が尊ばれるものであるが、
「男ではなかった」という意味だけで残念がられるとは、なんたることであろうか。
生まれたこの性別で差をつけるなど、命の平等とやらはどこに行ったのか。
フランの場合はつぎに十人並みの容姿を残念がられた。
そこは、遺伝子の運び屋である親につ突込みを入れたいところである。
生まれた瞬間から「美しい赤子」であった妹と容姿を散々くらべられても、
拗ねることもなく、待望の男子が生まれて存在が薄くなってもフランは一度もやさぐれなかった。
鈍いと言われればそれまでだが、逆を言えばその鈍感力は美徳であるとも言える。
今までの様々な事を考えれば、フランは不幸の神の愛し子と言っても過言ではない。
世の中には、高位貴族の家に生まれながら、メイドのような生活をさせられ、
妹の美しさと比較されて奴隷のごとく扱われ、
両親からも下僕の如く働かせられる、
踏まれても、揉まれても、こねくり回されても、
じっと耐える令嬢がいるらしいが(巷ではやりの小説を読んだフランである)、
自分には縁遠い出来事だわ、なんぞと思っているあたりでフランは逞しいのだ。
そんなフランが一の核でマダムアレクシアンに思いをはせている頃、
三の核のグリーンフィールド公爵家では、また、別の物語が動いていたりする。
「さきほどから何度も申し上げますが、姉上。せめて先触れをください。疲れて帰ってきて、姉上と対峙するのは、私には苦痛だと何度…」
から先を口に出来なかったのは、姉に睨まれたからである。
大抵の姉と弟の場合、これから見事に割れる。
一つ目は、姉が圧倒的な優位者。
二つ目は、姉が溺愛主義
三つ目は、敵対関係
である。
そして、このグリーンフィールド家では、一つ目に該当するので、
ローランドは口ではつべこべ抜かせても、姉の一睨の前では口を紡ぐしかない。
今でこそ、社交界の名花と持ち上げられて、
当代一の裕福な侯爵家に嫁いで若い侯爵夫人となっているが、
幼い頃はじゃじゃ馬の如く、屋敷中を走り回り、ローランドに剣の稽古をつけるほど。
その暴れっぷりに両親さえも手を焼いたのだが、
何故か、外ではお行儀もよく、とても理想的な深窓の令嬢だった。
幼い頃から辛酸を嘗めているローランドは未だに、姉が怖いのだ。
その二面性が。
だから、嫁に行ってくれた時には天にも昇る気持ちであったのだが、
何故か、いつも侯爵家から遊びに来るのだ。
来ないで欲しいというのが、ローランドの率直な気持ちであるのだが、強くも出られないのだ。
「あまり憎まれ口をたたくと、マダムアレクシアンの正体をばらしてもいいのよ」
「お願いです、それだけは止めてください」
弟は簡単に白旗を揚げた。
「あなた、今度は何を作る気でいるの?」
ローランドの向かいに優雅に腰を下ろして問う。
「今日、無駄な会合の間、考えていたのですが次は扇に刺繍をしてみたいと思っています」
「あなた、大事な会合の間に何を考えているの」
「少しも大事ではありませんでしたよ。ただ、ひたすら、西の辺境伯の自慢話ばかりでした」
姉が「ああ…」と納得顔をする。
「あの方、爵位を継いだばかりで浮かれていらっしゃるのよね。夫も気にしていたわ。」
「宰相殿がですか」
「当然だと思うわ。あの方、爵位を次いでからすでに1年近くは辺境伯領にお戻りじゃないのよ」
「西は田舎ですからね…いいところだとは思いますが」
「まあ、それなら、無駄な会合でしょうね。夫も今頃は王太子殿下にその旨を話しているでしょう。だからといって、あなた、会合の間に図案を考えていたの?」
「はい。いけませんか」
と、真顔で返されて、さすがの姉も口を噤む。
幼い頃から、忙しい両親に変わり弟の面倒を見てきたルイローズは、弟に様々なことを教えた。
その中の一つに刺繍がある。
剣で弟に打ち負かされることが増えたある日、弟に優位に立てるものを考えたのだ。
あの頃は、姉もまだ幼く浅はかであったのだ。
ところが、弟の器用さに舌を巻くはめになった。
丁度、自分の社交界デビュー時期でもあったので、
二人でドレスの刺繍を施したら、それが予想外の反響をもたらした。
あまりにも反響が大きく、姉と弟は、両親にだけは真実を告げたのだが、
まさか、次期公爵の趣味が刺繍とも言えるわけがなく(貴族とは対面を重視する)
結局、家族会議の結果、マダムアレクシアンという、架空のご婦人を作り出した。
「じゃあ、その扇、来月かから始まる夜会に持って行くわ」
「姉上のほうは何かありますか」
「私の方はいつもと同じよ。貴族がお金をいくらでも積むからアレクシアンを紹介してくれ。もしくは頼んで欲しいということばかり。自分たちで作り出そうという気概はなさそうよ」
紅茶を一口含んだ姉が、ぽんと手をたたいて「忘れていたわ」と、一枚のハンカチを取り出した。
「ご覧なさいな、ローランド」
姉から手渡されたハンカチをローランドがしげしげと見つめる。
「これは、なかなか素敵な刺繍ですね。図案も斬新で」
「そうでしょう。これは、庶民の間ではやっている物語の場面を刺繍にしてあるらしいのだけれど、なかなかの技術よね。鮮やかだわ」
「これはどなたの作品ですか」
「庶民の仕立屋って話よ。詳しくはこれから調べるところ」
「わかったら是非、教えてください」
色鮮やかな刺繍を前にローランドの目がキラリと光る。
それは、獲物を見つけた、いや、ライバルを見つけた…それであった。
こうして、フランの知らないところで、災いの種が芽吹いていくのだ。
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