フランはひとつ、勉強した。金は下から上に行く
登場人物が増えて行きます。
とかく長女というものは損な生き物である。
血をつなげることを至上命題としている貴族にっては特に。
母親から産み落とされた瞬間、まず、女であるということで残念がられる。
ある程度の高位貴族で、同性代に王太子などがいれば、喜ばれることもあるだろうが、そんなことは大変少ない事案である。
よって、大概の場合、まずは残念がられてしまう。
なので、溺愛されるより先に、育てやすい子であることを求められる。
次に下が生まれてしまうと、愛情はそっちに行ってしまう。
時にこれが男だと、目も当てられない場合が多い。
そしてそこから親の「お姉ちゃんなんだから~なんちゃら~」なんぞという呪いを受ける。
かくゆうフランもその呪いを受けて育っている。
姉妹であると事はとても複雑化する。
そもそもにおいて、年の近い「女」という生き物は、様々な面で揉める。
親も上の失敗を繰り返さないように妹には慎重になる一方で、模範的であることを求める。下は下で姉の失敗を見て、したたかになる。
何よりも年頃になると、とにかく早く嫁に行けと言われる。
順番があるからとか、なんとか、言われるのだ。
いまならば、そんなものくそっくらえと思う。
(ここで生活するようになった知った言葉を使いたいフランである。)
男として生まれただけで多大なるアドバンテージをもらっている弟が、あれだけわがまま放題に生きていることが心底腹が立つのだ。
今なら、あの弟の横っ面をひっぱたいてやるのに。
(ここで生活するようになって知ったが教育的指導というらしい)
学びたくても女性は家で家庭教師によるマナー教育ばかりで、知識などほぼ教えてはくれない。
女性だって学んでいいはずだ。
という、ことをフランは考えられるようになった。
よくも過去の自分は、何故、あれだけ我慢をし続けていたのか。
今となっては自分自身が本当に理解できない。
と、いいつつも結局、人に使われている以上、フランはまだ甘いのだ。
それでも、今は得意だった刺繍でお給金はそこそこもらえるし、裕福なお客様からは、読み終えた本を譲ってももらえる。
雨風しのげる家がある。
今はそれだけで十分とフランは考えているが、置かれている現状だってそれほど良いとは言えない。
けれど、貴族育ちの割には我慢強いフランは、幸か不幸か自分が不幸の神によって踏まれていることはには気が付いていないのだ。
知らないと言うことはある意味では幸せなことでもある。
周りから見たら、不憫この上ないが。
さて、現在も大して幸せとは言えないフランであるが、彼女を指名してドレスの刺繍を依頼してくるある豪商の夫人がいる。
とてもフランの仕上げる刺繍を気に入っており、出来映えによってプラスのお金を払ってくれる、いわばパトロンのような存在だ。
仕立屋の女主人も金にはある程度うるさいが、フランの稼いだ金を巻き上げるように人物ではないので、そうしたプラス料金はフランに全額を渡してくれる。
ちなみにフランは、この世の中で、全てのものは上から下にこぼれるのに、お金だけは唯一下から上へと上がって行くのだと知った。
話は脱線したが、ある日、ご婦人はフランにとても素晴らしい刺繍を見せてくれた。
ハンカチを縁取るその刺繍は見事としか言えないもので、いま、貴族の間でも人気の、マダムアレクシアンの作だという。
「とても素晴らしいです…。これほどの刺繍、めったに拝めません」
と、フランはありがたやとばかりに両手を合わせて拝む。
「あなたの刺繍の腕も素晴らしいわよ。娘のエプロンドレスも可愛らしく仕上げてくれて、本当に感謝だわ」
「いえいえ、あのかわいらしいお嬢様の初のお茶会デビューですもの、気に入っていただけて良かったです」
それにしてもと、フランは恐る恐る、その見事なハンカチの刺繍を手に息をのむ。
銀糸はとても高く、金糸はもっと高価で、庶民がめったに使える代物ではないから、直に拝めることも数少ない。
伯爵家に居たフランは高価な糸や生地をつかったドレスも幾度と見てきたが、マダムアレクシアンの作品は別格なのだ。
自分が知っていた頃よりまた一段と技術が増している。
何を隠そう、フランはそのマダムアレクシアンの大ファンなのだ。
少しでも近づきたくて、刺繍を始めたのだ。
決して器用ではないフランは、何度も指に針を刺し、血がにじむ、文字通り血のにじんだ呪いのハンカチを何枚も、何枚も縫い上げた。
そのうち、少しづつであるが上達していったのだ。
今では、ご婦人のように自分にもファンがいるほどには上達した。
刺繍と一言で言っても様々だ。
小さなものはハンカチやクラバット。
ドレスの裾やフロックコート。
そして極めつけは、ウェディングドレスとその美しいヴェールまで、貴族は持ち物から着飾るものまでとにかく刺繍を入れる。
なので刺繍のデザイン画ひとつとっても人気の刺繍は値が張るのだ。
「マダムもいい人を入れたわね、フランの刺繍はとても評判よ」
「ええ、フランのおかげでドレスの仕立ての仕事が増えたんですよ」
と、女主人のヴェロニカが笑顔を見せる。
この女主人は、てともやり手で、庶民の間でも人気の仕立屋なのだと、住み込みをして初めて知った。
フランはこの女主人にだけは自分の本当の名前と伯爵家のことを話している。
そのうえで、決して甘やかしてはくれない、一筋縄ではいかない雇い主なのだが、愛にも溢れている人で、何も知らないフランに、色々と指南もしてくれているのだ。
そもそも、フランはお給金は仕事をしなければもらえないという単純なことを、やっと理解した。
そのうえ、フランは自分でも気づいていなかったが意外と凝り性で、刺繍をさすと凝りに凝って、枚数をこなせない。
そのため、お給金が低いのだ。
ランプの油を買うにも事欠くくらいには。
ただし、住み込みなので、家賃は免除してもらえているので、ようはバランスが必要なのだ。
「マダムアレクシアンって、どんなご婦人なのかしら。貴族階級にも人気なのでしょう」
マダムの言葉にヴェロニカがうなずく。
「ええ。うちは庶民のお店ですけど、たまに子爵家のドレスを仕立てることもありますけど、よく、話に聞きます。なんでもグリンフィールド公爵家のお抱えともいう噂ですけどね」
「本当にどんな方なんでしょうね」
「私はぜひとも、弟子入りしたいです」
フランがキラッキラな瞳で言葉を紡ぐ。
それはまるで、王子様の訪れを待っている夢見がちな乙女のそれである。
そんなくだらなくも和やかな会話が続く、一の核を飛び越えて王城に近い三の核。
ここは貴族の大屋敷が立ち並び、王城にちかければ近いほど、位の高い貴族が住む界隈。
その王城から一番近くはないが、二番目に近い屋敷のグリンフィールド家。
その大邸宅の一角の書斎。
居心地のよさげなソファにどさりと座り込んだ、一人の男は、盛大なため息をはきつつ、クラバットをとくと、投げつけた。
側に控えていたメイドが、何をしやがるという非難の目でこっちを見ているが、そもそもメイドの分際で何を偉そうにしているのだという当たり前の言葉はでない。
なぜなら、このメイドは、彼の乳兄弟であり、幼馴染みであり、ある意味、おねしょの数まで知られている間柄だからである。
名をマリーナという。
「若様、何度も言いますけど、ものを雑に扱わないでください」
「すまない…だが、あまりにも城での会合がくだらない上に無駄すぎていらだっていたんだ、許してくれ」
素直に謝られると、それ以上言葉を言えず、マリーナはため息とともに投げ捨てられたクラバットを拾う。
「そんなに大変だったのですか」
「いつもの通りだ、とりあえず、お茶をくれ」
「かしこまりました」
マリーナが一礼をして、書斎を出かけたところに、お茶や食器を載せたワゴンを運んできた女性が登場した。
その人物を見て、若様と言われたローランドは眉目秀麗な顔をしかめる。
「私の顔を見るなり、しかめっ面をするのはおやめなさいな」
「……何度も言いますが、先触れを出してくださいよ、姉上。すでに嫁いだ身なんですから、ほぼ、毎日、うちに入り浸るのはどうかと思いますよ」
「言葉を慎みなさいな、ローランド。誰のおかげで今のあなたがいると思っているの」
言葉とは裏腹ににっこりと笑っているのは、ローランドの実姉であるルイローズだった。
魔女の寓話の方も更新したいので、フランのお話は来週はお休みします




