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ドアマットヒロイン? いえ、ドアはございません  作者: 六軒さくみ


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権力の正しい使い方とは

「いいこと、ローランド。フランジェールには刺繍よ。あの子には刺繍を見せるのが一番よ。あなたの渾身の出来映えの刺繍をお持ちなさい。絶対に役に立つわ」


と、確信を持って言うルイローゼのセリフを今ひとつ信用せずに、

訝しんでいたローランドであったが、

事ここに至っては姉の言葉は至言であったと独りごちる。

あれだけ、殺伐としていた空気を纏い、

誰の言葉も受け付けないフランをものの見事に一変させたのだ。


同時に、目の前の令嬢は本当に、刺繍にしか興味が無いのかと改めて認識する。

未婚既婚問わずに、女性陣からちやほやとされてきたローランドにとっては、

顔がいいからとお見合いを逃げ出されたことも衝撃だったが、

本当に自分の顔ではなく、刺繍を見ているのだと思うと、新鮮でもある。


なにより、今までこれほど、

いろいろな意味合いで刺激を受けた人はいない。


「これ…を。わたくしに?」

「はい。預かって参りました」

(ここまで変わるとある意味、面白い令嬢だな。姉君の言うとおり退屈はしなさそうだ)


などと至極失礼なことをローランドが考えているなどつゆ知らず、

フランはマダムアレクシアンの刺繍を前に、拝まんばかりの様相だ。


(教会でもこれほどの熱意で拝んでる人物は見たことがない…宗教か…)


と、今度は逆に心配になる。


「マダムはあなたとの勝負をそれはそれは愉しみにしていらっしゃいます」

「なんと心の広い方なのでしょう…ご自分はひっそりと身を置き、ローランド卿のためにはこれほどの刺繍をなさるんですもの」


言葉がかみ合っていない、とローランドはかすかに首をかしげる。

ローランドは今、フランに刺繍されたハンカチをあげると言ったし、

フランも、刺繍を見て空気を一変させたはず…。


(はて……?)


よくよくフランを観察すると、

その視線はハンカチではなく、

ローランドのフロックコートの袖口に注がれている。

ほんとうに刺繍しか見ていない令嬢だと、呆れ半分のため息を吐く。


「ローランド卿は本当に愛されていらっしゃるのですね…」


(なんだろう。この乙女ムーブは)


ローランドは今度は不安になった。

確かに、グリンフィールド家にはもってこいの令嬢だが、

刺繍にここまで執着するとなると、

それはそれで、何かと厄介ごとが起こりそうな気もする。

先ほどまでは、退屈しなさそうだと思った自分をちょっとだけ反省する。

けれど、フランを嫁にと言う意志は変わらない。


「何か誤解をされているようなので、しっかりと訂正をさせて頂きます。私とマダムアレクシアンの間柄は、恋せよ乙女のような関係ではございません。マダムは母の師匠なのです」

「え? お母様の…では…マダムは…」

「母の師匠であり、私の乳母でもあった人物ですので、愛がこもっているのでしょう」


心なしか目の前のフランががっかりしている。

刺繍に込められた物語が崩れたかのように。


(何故だ…何故、がっかりする?)


今まで、様々な女性にいいよられて、

女性陣が勝手にもりあがって脚をひっぱったり、

嫉妬されたりしたものだが、フランは、全くその手の行動を起こさない。

マダムアレクシアン(といっても自分だが)との関係も、

乙女の憧れのまなざしで見ていたことに、若干の寂しさも感じる。


とりあえず、刺繍を巡る二人の世界はそろそろ終わりにして、

周囲の混乱を片付けることにする。


「アンリスタ殿。はっきり申しましょう。私は、君の姉上と婚約を交わすことになります。その際に、あなたのような人間がいたのでは、差し障りになります。これ以上、手をわずらせるようでしたら、身分を平民に落としますが、よろしいか」


冷酷な一言を吐き出したローランドにフランが吃驚した表情をする。

さすがのフランも、アンリスタへの情から、

身分の剥奪までは考えていなかったのだ。


その言葉には、かなりの重さがあって、

リリアンは泣き止んだし、父は泡を吹く寸前で、侍女達に支えられている有様だ。


「こんなどんくさいフランを嫁にするとか、グリンフィールド家もたいした…」


から続けられなかったのは、

ローランドの殺気を感じたからだ。

それには、フランも肩を跳ね上げた。


「馬鹿、馬鹿アンリスタ。言葉を慎みなさい」


アンリスタのところに歩いて行って、縄で絞められている弟の頬をひっぴたく。

相手は侯爵家。

それも、姉は宰相閣下の奥方だ。

我が家のように伯爵家は、簡単に廃家にさせる力がある。


「面白いことをいいますね。それほど言うのでしたら、試しにあなたの身分の剥奪からはじめましょうか。こうみえても、私は宰相閣下の下で働き、筆頭書記官でもありますから」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」と、壮絶な悲鳴を上げたのはリリアンだ。

社交界に出るようになってから、貴族のパワーバランスを見て、

身代の大きな家には嫁がないと決めている現実的な娘だ。

ローランドの脅しを正確に理解した。


「ふ…ふざけるなよ。そんなこと…できるのかよ」


今だに反抗心が残っていることに驚く。

これは、これで、反骨心に変われば、良い騎士になるかもしれない。

良い、伯爵家の後継者には馴れそうにないが。


「権力というのは、このように使うのですよ」


と、静かに吐き出すに至って、場が一挙に凍てついた。

バンキンス家は権力とはほど遠い家柄なので、

ローランドの言葉は恐怖でしかない。

このときになって、ようやくフランは自分が負けたら、

とんでもない権力者とダンスをする羽目になるのだと身震いする。


「あの…の…あの…負けたらお…うおう…け…おうけじゃない…王家の舞踏会でダンスをとのことですが…別のことと変えられませんか」

「無理ですよ。約束は約束です」


聞き入られなかったが、

その台詞を聞いたリリアンが今度はあんぐりと口を開けて姉を凝視するのと同時に、

父が息を吹き返して、フランに詰め寄る


「ダンス…ダンスを踊る約束をしたのか、フラン……」


アンリスタを除いた家族3人が意見交換をはじめて、

やっとフランはダンスの意味を知る。

これでもかと言うほどに目を見開き、ローランドに向き直る。


「いやぁぁぁぁ、絶対に負けられない戦いがそこにあるじゃないですかっっっっっっっ」


フランの叫び声は邸中に響いた。


結局、最終的にはアンリスタの身柄は、

フィールド騎士団に送られることになり、

間髪入れずにローランドが引っ立てていき、

その日一日、フランは呆然と「負けられない…負けられない…」とつぶやいて終わった。


こうして、バンキンス家を揺るがした一日は、

フランの「負けられない戦いはそこにある」という、

どこかで聞いたフレーズで幕を落とした。

読んでくださる方が増えて、もう、ひたすら嬉しいです。嬉しくて、更新頻度が自己最高に上がっています

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