アンリスタの逃げ道はない。
「アンリスタ、覚悟は出来てるでしょうね」
普通ならば、この言葉は暴力の前触れだ。
だが、フランにとっては違う。
騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた父とローランドに向き直る。
「ローランド卿の親類の方に、フィールド辺境伯がおりますよね?」
「ええ、我が家の門下で、父の弟が婿入りしております」
「アンリスタを辺境伯の騎士団に入れて頂けませんでしょうか。見習いとして」
「勝手に決めるな、馬鹿フラン」
それを聞いてアンリスタが大きく異議の声を上げる。
同時に父は息をのんだ。
フィールド辺境伯領は、隣国との国境にあり、山脈を抱えているが、
その山脈には山賊がはびこり、辺境伯はその討伐隊の責任者でもある。
自然豊かで風光明媚だが、反面、とても自然が厳しい土地柄だ。
そしてど田舎だ。
煌びやかさとは無縁の無骨な土地柄でもある。
そのような歴史から、フィールド騎士団はとてつもなく訓練が厳しいことで有名である。
そして、この騎士団は問題児を多く抱えているためか、扱いに慣れてもいる。
別名「更生施設」と呼ばれているのだ。
過酷さは想像を絶するものがあり、
何より逃げ出しても連れ戻されるのだ。
いわば監獄だ
フランは、アンリスタの行き先を、静かに決めていた。
「ふざけるな、お前が勝手に決めんなよ」
立つ上がろうとしたアンリスタは、
フランの後ろで静かにこちらを見ているローランドに恐れをなして再び座るが、
フランへの抗議は止めない。
フランは淡々と言った。
「山賊討伐の最前線。逃げても連れ戻されるそうですよ。別名更生施設というそうです」
「ふざけんな!!」
「ふざけてはいませんよ。私は冗談が嫌いです」
「だから、おなじだろ、馬鹿フラン」
キャンキャンとアンリスタが叫ぶ。
「わかりました。では選びなさい。辺境に行くか、牢屋にはいるか、修道院に行くか。どこも似たようもところですが、選べるだけ幸せと思いなさい」
「それじゃ、同じだろ。だいだい、何を偉そうに言ってんだよ」
フランに殴りかかろうとしたアンリスタは、逆にフランに箒でたたかれる。
「あなたに発言する権利など本来はありません!! リリアン、それにお父様。こうなったからには私たちも覚悟を決めましょう」
「お姉様、覚悟って…」
フランはひとり壮絶な覚悟を滲ませる。
「お姉さま……」
リリアンはこの世の終わりとでも言うような悲壮な顔つきをしたのち、
ふて腐れている弟をにらみ付ける。
「あんたみたいな弟のせいで、我が家は終わるんだわ」
今度こそ、リリアンが大声を上げて泣き出した。
フランに箒の柄で頬を何度も殴られ、真っ赤な顔をしたアンリスタと、
ただ、もうキャパを超えてオロオロしている父親、
冷静に弟を見下ろすフランと、三人三様で、忙しくもある。
ローランドをはじめとして家令も侍女も傍観することしかできないでいた。
「選びなさいな、アンリスタ。私たちはもう覚悟を決めていますよ」
いや、覚悟を勝手に決めているのはフランだけだ。
リリアンは泣いているだけだし、父は呆然としているに過ぎない。
アンリスタ立ち上がった。
このままフランの言いなりになるのは、納得できないし、
いままで小馬鹿にしてきたフランにやり込められたままは沽券に関わる。
「俺はまだ何も、」
「何もしていないといいたいのですか?」
フランが、静かに言う。
「今回の件で名前が挙がっているのは誰ですか?」
「それは……っ」
「あなたは首謀者の一人ですよ。言い逃れは出来ません。いままで学園で起こした問題とは程度が違います」
淡々と告げられた言葉に、アンリスタの顔が引きつる。
「だとしても、辺境送りなんてやりすぎだ! もっと他にやり方が」
「ありません」
即答だった。
「牢に入るか、修道院に入るか、辺境か、先ほど提示した通りです」
「だからそれが!」
「嫌なら」
フランは言葉を遮った。
「自分で責任を取る方法を提示なさい」
ぴたり、と空気が止まる。
アンリスタは口を開きかけて、何も言えずに閉じた。
その様子を見て、フランはわずかに目を細める。
「あなたは今まで一度でも自分で責任をとったことはありましたか。いつも、いつも、私や父上がとらされてきたのです。けれど、今回はかばいきれません。それだけのことをあなたはしたのです」
「……くそ……っ」
「責任をとりなさい。自分の行動には責任がともなうのだと、身をもって知る機会をあたえてもらえるのです。感謝していいくらいです」
追い打ちのように、フランは続けた。
正論でぶったたかれる方はたまった者ではない。
「フィールド騎士団は問題児の扱いに慣れています。更生施設と呼ばれているくらいですから。あなたでも更生が出来るかもしれません」
「だから行きたくねぇって言ってんだよ!!」
「聞こえません」
「……くそ……っ」
アンリスタが歯噛みした、その時だった。
「よろしいでしょうか」
それまで沈黙していたローランドが、手を上げて静かに口を開いた。
場の空気がわずかに張り詰める。
「フィールド辺境伯家には、見習いの受け入れについて、こちらから正式に打診いたしましょう」
「……っ!?」
アンリスタが目を見開く。
「な、なんであんたまで……!」
「理由は単純です」
ローランドは感情を乗せずに答える。
「責任の所在を曖昧にしないためです」
淡々とした声だった。
「今回の件、看過すれば家の名に関わります。であれば、相応の処置を取るのが当然でしょう」
「俺は……!」
「なお」
言い募ろうとしたアンリスタの言葉を、やんわりと遮る。
「辺境行きを拒否される場合は、処分手続きに移行いたします。その場合、記録は公的に残ります」
逃げ道を、静かに塞いだ。
アンリスタの顔から血の気が引いていく。
「どちらを選ばれるかは、ご本人の自由です。結果も含めて」
視線だけで促す。
だがそこに、逃げ場はない。
「アンリスタも首謀者の一人であるのに、アンリスタだけおとがめなしでは筋が通りません。事の次第によって、社交界からつまはじかれるでしょうし、商会の仕事だって影響はあるでしょう。ですが、わたしには、刺繍があります。お針子として生きていきます。贅沢は出来ませんが、売れっ子になければそれなりの生活は出来ます」
「いや、はやまらないでください。あなたには私という婚約者がいますよ」
「は? いえ、このような自体になりましたからには、どうぞ、我が家はお捨ておきください。そして、どうぞ、マダムアレクシアン様にも、今回の不祥事を詫び、勝負をご辞退させて頂くとお伝えください」
今度はローランドが大声を上げる。
「何故ですか」
「当然です。このような自体になりましたからには、我が家は無傷ではいられません。それに、このような不祥事を起こした弟を持つ私の刺繍など、お嫁入りする王女様には縁起が悪くていらっしゃいます。せめてもの償いに、私はお針子として……」
まで言いかけてフランは言葉を切る。
リリアンの泣き声でも、父が泡を吹いて倒れてからでもない。
ましてや逃げだそうとしたアンリスタを、
家令が見事に捕獲して縄で縛り上げたからでもない。
目の前でローランドがハンカチを取り出して、目の前で振ったからだ。
見間違えるはずもない。
それは、マダムアレクシアンの刺繍だった。
「これは、マダムから、ライバルであるあなたへと預かってきた刺繍です」
「ま…アレクシアン様から…」
フランをまとう空気が殺伐としたものから一挙に花柄模様に変わる。
「マダムはあなたとの対決をそれは楽しみにしております。ですから、どうぞ、早まらないで、私の話を聞いてください」
(刺繍を持ってきてよかった……たまには姉上の助言も役に立つ)
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