それは負け戦
「ところで、そのファーストダンス…というのは、その…開幕の挨拶のようなものでしょうか?」
軽い沈黙が落ちた後、ルイローゼが笑顔で告げる
「そうよ。お城の舞踏会でのファーストダンスは開幕の挨拶よ。気楽に考えていいわ」
と、嘘っぱちを教える。
王城で行われる王家主催の舞踏会は、社交シーズン中に月一で開催されている。
そこに参加できるのは、伯爵家以上の家柄という厳格なルールがあり、
招待客も厳選される。
独身者やパートナーがいなければ参加できず、
未婚で婚約者のいない令嬢は大抵、父親か親類とファーストダンス踊る。
つまり、父親などの身内を除けば、ファーストダンスは婚約者と踊るものだ。
フランがローランドとファーストダンスを踊ると言うことは、
対外的に「婚約者」だとアピールすることになるわけだが、
フランはその意味には全く気がついていないようである。
もちろん、ローランドはしっかりとその意味を理解しているので、
教えようか、悩んでいると、姉に再び「余計なことを言うな」と臑を蹴られた。
まったく、女性のヒールという代物は凶器だといつも思う。
特に姉のヒールは確実に武器である。
姉は婚姻前は、気に入らない相手の脛を蹴り上げ、
ダンスでは容赦なく踏み抜く。
その噂が高じて、
今では「ルイローゼ様のヒールで踏まれたい」などという危険な信奉者までいるらしい。
食物連鎖の頂点とは、こういう存在を指すのだろう。
話がそれだが、姉に「余計なことを言うな」と態度で示された以上、
ローランドは心の中でダンスについて
間違っているフランの認識を指摘できないことに
「すまない」とフランに手を合わせつつも、
そこは、肉食獣の弟なだけにこの状況を利用しない理由はなかった。
姉の陰に隠れがちだが、ローランドは最年少の宰相補佐だ。
将来の宰相候補と目される、侯爵家の出世頭でもある。
もっとも、姉には頭が上がらないが。
なので、とりあえず、
フランのことを気に入ったローランドはチャンスを逃すことはない。
なにより、このルイローゼの獲物である以上は
逃げ道はないことにフランだけが気がついていない。
この勝負、フランが勝てばマダムアレクシアン(ローランド)に弟子入り、
負ければ、ローランドのファーストダンス。
ようは、どちらに転んでも、ローランドとの婚約一直線なのだ。
気の毒以外の何物でも無い厄介ごとに好かれる人間はいるので、
そこはもう諦めるしかない。
「私が勝てば、本当にマダムアレクシアンの元に弟子入りを口添えして頂けるのですか」
半信半疑で問いかけるも、
ローランドが今まで見せたことのない笑顔で「もちろんです」と言葉を返す。
「あの…私は純粋に刺繍を学びたいだけですので、ローランド卿とマダムアレクシアンの邪魔は致しません。誓います」
真面目に言葉を吐くフランにほんの少し心の痛むローランドとは違い、
自分の思うように事が運んでいるルイローゼは上機嫌だ。
「刺繍の題材は何にしようかしら…あら、そうね」
ひらめいた。
「今度、王家の末の王女様が輿入れなさるの。その王女様のお祝いにテーブルクロスに刺繍をするのはどうかしら? 良い方を献上するの。喜ばれるし、一石二鳥でしょう」
「その場合、だれに決めて頂きますか」
「王家で暇な人間に頼めばいいわ。クリシュナーあたりなら、いいでしょ」
「いや、姉上…第二王子殿下はあれでも、騎士団のとりまとめや予算の折衝などでお忙しい身なのですが」
確かに、最近痩せた気もすると再び思案して、
思いついた人物はもっと上の人だった。
「じゃあ、ハロルドに頼みましょう」
「姉上、その方は王太子殿下ですよ…」
と、姉と弟が話しているを聞いて、
フランがガクガクと見るからに震え出す
「………あの……、それほど恐れ多いかた……かたがた…ダカダカ…ソソレオオクテ刺繍なんで、とてもとても」
支離滅裂な言葉である。
そもそも、高位貴族の一端にいるバンキンス伯爵家だが、
名門家でもなければ中央政治とは近いわけでもない。
王家の人間の顔を見るのは舞踏会くらいだし、お言葉を賜ったこともない。
一般普通の貴族である。
震えるなと言うのが無理である。
そして、刺繍対決に話が流れたため、
フランはすっかりこれが「お見合い」だと忘れてしまっていて、
邸に戻り、両親から「侯爵家から婚約式の日取りの問い合わせがきた」と、
知らされて、「ああああ、わたしとしたことが」と後悔することになる。
一方で、順調に嫁に行ってしまいそうな姉を観たリリアン。
どこぞの世界には悪役令嬢なんぞがいて、
姉を妬むあまり、幸せになんてしてなるものかと、
これどもかというほどに嫌がらせなどをするそうだが、
リリアンはそれには当てはまらないので、
素直に姉の幸せを祈ることにした。
何より姉が身代の大きい侯爵家にとつぐなら、
その縁を頼って自分の縁談もお願いできる可能性があるのだ。
傘下の伯爵家か男爵家を紹介してもらえばいいだけのことだ。
と、切り替えられる思考の持ち主である。
そんな家族を尻目に、一人やさぐれているのが不良債権だった。
こいつは根っからのくずなので、
姉の結婚を祝いたい気持ちはゼロである。
その上、最近ではことあるごとに、
「あれしない」
「それは違う」
「謝りなさい」と、
ダメ出しばかりをして、逆らうと箒で殴られるのだ。
フラストレーションがたまりまくっているので、
悪友達を巻き込んでこれを気に姉に仕返しを考えていた。
その姉のお見合い相手がグリーンフィールド侯爵家であること、
なにより、フランを気に入っているのがピラミッドの頂点にいる肉食獣であることを知らずいた。
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