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ドアマットヒロイン? いえ、ドアはございません  作者: 六軒さくみ


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顔がいいからと振られる男

フランの一言に思わず仮面が剥がれたルイローズだが、そこは百戦錬磨の貴婦人。

すぐに立ち直りを見せて「面白い子ね」などと思うだけの余裕を取り戻す。


「……弟子入りですの?」

「はい!!」

「あなた貴族のご令嬢よ」

「刺繍に身分は関係ありませんから」

「それで何故弟子入りなの」


(面白いわぁこの子。ローランドと会わせたら私、毎日が楽しくなりそう)


なんぞと不穏なことを思っているが、

生憎フランには人の心を読む特異能力は無い。

危機とはこうやって訪れるものである。


「お返し申し上げます…」

「弟子入りしたいっていってたけれど、マダムアレクシアンには会いたくはないの」

「いえ、お会いしたいですが、恐れ多くて…でもかなうならば弟子入りして、是非ともこの糸の重ね方などを学びたいと思います」


扇の刺繍から視線を外さないフランを観てにっこりと笑ったルイローズは、

「私の方からお願いしたいわ。是非ともマダムアレクシアンにあって頂けないかしら」と、

それはそれはとても美しい微笑みを浮かべた。

弟のローランドが魔女の微笑みといっておびえる微笑みだった。




で、

それがどうしてこうなった。



いま、フランはドレスを持ち上げ、脚がみえてはしたないと思いつつも、全力で逃げ出しているのだ。


遡ることやく1ヶ月前。

またにやくだ。

やく


自分より位の高い侯爵夫人にお茶会に誘われたなら、

しがない伯爵家の令嬢たるフランに断る選択肢はない。

それはフランも理解していたので、お茶会へのお誘い自体はもちろんお受けした。

手紙が届いた際に、両親が大騒ぎして、リリアンが驚愕して、

悪童アンリスタが悪態を吐いたのはこの際、脇に放り投げる。


お茶会自体は恙なく過ぎた。


妹のリリアンとともに出向いた屋敷の大きさに、

腰が引けたフランをリリアンが「お姉様が尻込みしてどうするのです。私が尻込みできないじゃないですか」と、涙目で抗議しているあたりで、リリアンも逃げ出したいのだ。


なにせ二人ともしがない伯爵家の姉妹でしかなく、

つい数ヶ月前にデビューしたばかりで、まだ、高位貴族の夜会にすら出たことがないのだ。

それがお茶会デビューがいきなり公爵家それも宰相夫人のとなれば、

それはもう、緊張するなという方が無理な話である。


緊張と逃げ出したい気持ちを抑え込んで、

ドレスの中で震える脚を叱咤激励して、参加したお茶会はあっけないほどに恙なく終わった。

それは、ホスト役のルイローゼが細にわたり二人を気遣ったことも大きい。


茶会が終わる頃には、

打ち解けないまでも会話のキャッチボールが出来るまでにはなった。

途中、ルイローゼが身につけていたドレスの襟口の刺繍がマダムアレクシアンだと気がつくと、

フランの視線はそこに集中し、妹のリリアンが肘鉄をかましてきたことは、

これもまた、外に投げてしまう出来事だ。


今更考えてもフランには到底良く理解できないのだが、

公爵家から新たなお茶会の招待状が届いた。

前回も恙なく終えられたので、フランは特に身構えることもなく一人で出向いた。

マダムアレクシアンの新作をまた拝めるかもしれないという期待も大きかったこともある。


お茶会の際に、

フランはマダムアレクシアンがグリンフィールド家のお抱えなのかを聞いてみたところ、

ルイローゼ夫人は「ええ、そうよ。彼女かれは、私かローランドの刺繍しか手がけないわ」


侯爵家ともなると、お抱えの職人がいるのかぁとフランはぼんやり考えて、

「そういえば、最近、マダムの顔を見てないなぁ」とこれまたぼけっとしていたら、

ルイーゼの会話を聞き逃してしまった。


(いま、すごく大切なことを言われた気もするけれど…聞き返すのはさすがに…申し訳ない)



刺繍以外のことに興味のないフランにはこれがまず大失敗だった。

ちゃんと聞き直すべきだったのだ。

だけど、後悔はあとからやってくるから後悔であり、ひとはそれを後の祭りというのだ。


フランとて、これほど頻繁に侯爵家からお茶会に誘われるのはおかしいと思っていた。

けれど、何度も言うが、しがない伯爵家の令嬢が公爵家からのお誘いを断ることなぞ出来ないのだ。


「フランジェール、いいえ、フランとお呼びするわね」


艶やかにルイローズが微笑むが、

その目に宿るのは肉食獣の獲物を狙うそれにみえるのは、フランの錯覚だろうか…。


「あの……これは…」


戸惑うのも無理はない。

フランの目の前には、今まで参加したことのない人物がいる。

名をローランドという。


「堅苦しく考えないで。これはあくまでもいつものお茶会。たまたま、私の弟が遊びに来ていたので同席しているだけのことよ」

(絶対にたまたまじゃない)


と、思うくらいにはフランも察しがつく。

こわいほどの沈黙がテーブルに落ちて、

ローランドもフランも互いに一言も話さない。

それを観ていたルイローズはマダムアレクシアン(弟の)刺繍した新作のハンカチをそれとなく、

フランの目の前で振る。

案の定、フランの視線がハンカチに注がれて、

そして、ローランドを見た瞬間、フランは固まった。


(……美形だ)

(これはダメだ)


フランはいきなり立ち上がると髪型が崩れるのも気にせず、

令嬢にはあるまじき勢いを持って深々と何度も頭を下げた。


「申し訳ございません」

「……」

「美形過ぎて私には釣り合いません」


そう言って、脱兎のごとく逃げだした。




「私はいま、美形だからと振られたのでしょうか」




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