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ドアマットヒロイン? いえ、ドアはございません  作者: 六軒さくみ


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13/23

さすがの貴婦人も素になる瞬間

(ダメだ何度きてもこのきらびやかさが目に眩しい…)


一瞬めまいを覚えて蹈鞴を踏みそうになり、寸前のところで妹のリリアンに支えられた。

こんなところで倒れていたら、文字どおり大惨事だ。


「お姉さま、いい加減慣れたらどうですか」


と、リリアンはため息をつきつつ、飲み物を口にする。

自宅に戻って3か月。

アランの日常は目まぐるしく状況がかわり、怒涛のように出来事が襲ってきた。


その一つが社交界デビューである。

遅ればせながら、フランはデビューを迎えた。

言い方は悪いが、初々しいさは欠片もない年齢に達しているので、

遠慮したいと両親に告げてみたが、妹のリリアンが「お姉様がデビューしていないと、私が困るんです」と必死に、そりゃもう、必死に懇願した。


やっとデビュー直前までこぎ着けたのに、ここで頓挫するわけにはいかないのだ。

なんせ自分の結婚がかかっているのだから。

婚約者もいない今、社交界で見繕わなければ、不良債権アンリスタつきで、この伯爵家を、姉か自分が継ぐ羽目になるのだ。


冗談ではない。


伯爵家は貧乏ではない。

商いがうまくいっているので、はっきり言えば裕福な部類に入る。

なら、沢山の持参金をもっていける間に嫁に行かなければ、ならない。

何故ならば、今は両親ともアンリスタに爵位は継がせないなどといっているが、

あのアホ両親のことだから、突然、意見を翻さないとも限らない。


領主教育をしたあげく、やっぱりアンリスタが継ぐから嫁に行けと言われても、

そう相手など見つかるはずがない。


なんと言っても姉のフランでさえ、すでに婚期を逃している年齢と言われているのだ。

なので、リリアンは必死に説得した。

姉の隣で苦手な刺繍を刺しながら、必死に懇願した。

その甲斐あって、フランは「じゃあ、デビューとは行かないけれど、夜会には出ます」と承諾してくれた。


いつもなんでも聞いてくれた姉をこれほど必死に説得したことはなかった。

どんなときでも、我が儘を聞いていてくれたからだ。

けれど、屋敷に戻ってからのフランは、一筋縄ではいかない人物になってしまった。


我が儘を言えば「それは聞けないわ。あなたも大人なら、わきまえなさい」と正論を投げつけられる日々。

リリアンは居心地の悪い実家を出て一刻も早く嫁に行きたいのだ。


大きく変わったことはもう一つある。


アンリスタだ。

落ちこぼれで手のつけようのない悪童だが、フランには近づかないようになった。

なんせ何か言うと、フランが手に箒を持ってアンリスタを追いかけ回り、

おいつくと、謝るまで、箒で尻をたたくのだ。


それはアンリスタの仲間達にも炸裂した。


「ごめんなさい」というまで止めないフランを観ておののいた悪童仲間は、次第に脚が遠のき始めた。

アンリスタには日々、容赦の無い教育的指導が施され、いま、アンリスタはフランには一切近づかなくなったのだが、人間はすぐには変わらない生き物である。


アンリスタの学園での素行が変わるわけではなく、当然呼び出しもある。

そのたびに両親は「フラン、代わりに話を聞いてきてくれないか」と打診するものの、

フランに「お父様とお母様が行くべきではございませんか」と返されてしまい、

あげく「どうしてもと言うのでしたら、私はデビューは致しません」と交換条件をぶつけてくる始末。


それにはリリアンが泣きながら両親に抗議をしたため、

両親は今まで以上に学園での、アンリスタの素行問題で頭を悩ましている。


とにもかくにも、

家に二人の娘がいるのに、デビューをさせない家と言われても困るので、

両親は、フランに弟のアンリスタを丸投げすることを諦めた。


そして月に一度開かれる王家の夜会で、フランとリリアンはデビューすることになった。

本来なら、自分でドレスに刺繍をしたかったが、如何せん日数が足りない。

代わりにフランは、デビューする女性だけが身につける白いグローブに刺繍補施した。

もちろん、リリアンのグローブにも。

両親からは、くれぐれもお針子をしていたといわないようにと厳命された。


そこはフランも理解しているので、なるべく目立たないようにしていたら



今では立派な壁の花になった。



そんな時だったのだ。

宰相夫人に声をかけられたのは。


一度、会っている。

会話も交わしているので、フランは緊張した。

警戒ではないあたり、フランには危機管理能力が足りないのだ。


「とても良い夜ねフランジェール嬢」


にこやかに挨拶されたが、フルネームを久々に言われて瞬間、周囲を見回したフラン。

あ、自分のことだと思い至り、素早く腰を落として挨拶を返した。

そして頭を上げる瞬間に観たのだ


扇に施された、それは見事な刺繍を。


そこからの会話など、耳に響かないし、頭にも入ってこない。

ただ、目に刺繍だけが、写っているだけで、さすがのルイローズも「この子大丈夫かしら」と、思いつつ、扇をゆっくりと左右に振る。


端から見たら異様な光景だが、幸いにも部屋の隅での出来事なので、観ていた人間はほぼいない。


「この刺繍が気になる」

「はい、とても。これはマダムアレクシアンの新作でございますか」

「そうよ、良くおわかりね」


ルイローズの言葉は耳から抜けていて良く理解できないが、

刺繍の鮮やかな色使いだけが今のフランのこの世の全てで、両手を合わせて拝んでる始末。

ルイローズも、若干引きかけるほどだ。


「素晴らしい色使いです。この蝶の羽の色といい、構図といい芸術品です」

「手に取ってご覧になる?」

「い、い、いえ、そんな恐れ多い」

「良いのよ。私が許可するのだから」


上の地位にある者にそのようなことを言われて断るのは、

不敬に当たることは、憧れの刺繍を前にして理性が崩壊しているフランの理性にも理解できる。


恐る恐る手に取ってフランは呼吸を止める。

扇に息をかけちゃいけないとばかりに。

このあたりで、ルイローズはとても心配になった。

あまりの熱狂ぶりに。


「ねぇ、フランジェール嬢、マダムアレクシアンに会いたくはない。紹介してさしあげてよ」

「滅相もございません。お会いするなんて…出来れば弟子入りしたいです」

「は?」



さすがのルイローズも瞬間、貴婦人としての仮面をつけるのを忘れて素の自分になった。


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