大概の人間というのは成長しない生き物である。
遡ること3か月前。
フランが最高の出来栄えである刺繍を前に感動していた同時刻。
「あなた、お姉さまに何をしたよ」
「はぁ? 知らないよ、僕は何も。あんな婚約者のいない行き遅れの姉なんかこのまま戻らない方がいいよ。僕が伯爵家を継いだ時に、あんなのがいたら、嫁が来なくなる」
弟の言葉にリリアンが鼻で嗤った。
「学園から2度も停学を食らったあなたに、まともなお家からお嫁が来るわけないでしょ。身の程、知りなさいよ」
「うるさいな、お前こそ、早く嫁に行けよ」
と、相も変わらず仲の悪いリリアンとアンリスタは互いに遠慮のない口喧嘩を始める。
3年前まではいつもフランが仲裁にはいり、何故かいつもフランが二人から文句を言われてとばっちりを受けていた。
「そもそもあなた、この伯爵家を継げると思っていたら大間違いよ。お父様はあんたが落ちこぼれだから、私はお姉さまに婿を取らせて、継がせることも考えてるみたいよ」
「なんで、僕がいるのに」
「あなたが継いだら伯爵家、なくなるでしょ」
そこまで聞いた弟が、父上に確かめてくるといって部屋を出て行った。
今頃は父と弟が爵位を巡って大喧嘩しているころだろう。
「お父様もすこしは苦労なさればいいのよ」
フランがいなくなってから、いろいろと住み心地の悪くなった伯爵家。
「姉さま、どこにいるのかしら…」
と、心配しつつも、あの姉ならばなんだかんだとうまいこと生きている気がするのだ。
妹の目から見ても、姉は忍耐強いほうだった。
自分も調子に乗って、かなりの我儘を言った覚えがある。
姉なんてそんなものなのだと思っていたが、
友人たちはみな声をそろえて、フランが気の毒だっと言っていた。
確かに妹のリリアンから見ても、姉は苦労してきたように思う。
自分たちがいかにフランに無理を強いていたのか、リリアンは友人たちに言いつのられた。
それこそ、友人たちと大喧嘩をし、絶交宣言までされた。
そこで、やっと、気が付いたのだ。
自分も両親や弟と一緒で、姉をないがしろにしてきたと。
幼いころ両親の愛情がほかに向くのが嫌で、わがままを言った。
あれもほしい、これがほしい、そっちもほしいといった言葉に、
両親はいつも姉に「お姉ちゃんでしょ我慢しなさい」と決め台詞をはいていた。
だから、当然だと思っていたが、姉がいなくなってからその両親の呪文は、
リリアンに注がれるようになってしまったのだ。
はっきりいって、むかつく。
姉はこんな理不尽な要求にも我慢していたのかと思うと、同情よりも「文句言えよ」と思う。
が、その文句すらいえないようにしたのは、私たち家族だ。
この3年で、リリアンはかなり、いや、友人たちに責められてやっと姉の立場を知った。
そして3年でより悪い方向に成長したのは、弟のアンリスタだ。
あれはもう、死んでも直らないバカという人種。
両親も3年でそれに思い至ったようで、弟を廃嫡して、
フランかリリアンに婿を取らせてと考えているようで、リリアンにはそれが最大の問題なのだ。
なにより、父が突然、フランへの詫びだと言い出して、
フランを見つけて社交界デビューをするまでは(そもそも家出した娘が何事もなかったかのように社交デビューできるかはなぞなのだが)、リリアンのデビューもお預けを食らわせたのだ。
ほんの少し、いや、かなりデビューを楽しみにしていたリリアンには、それがつらい。
何より、婿を取らせるとか冗談ではない。
今更、領主教育なんてやってられないし、なにより、あの弟が漏れなくついてくるのだ。
マジで勘弁してほしい。
そんなそんなで、リリアンは両親とは別の理由で早く姉を見つけ出したい事情がある。
と、自分本位のことを考えてる時点で、大概の人間というのは成長しない生き物である。
そして、男爵令嬢が身にまとって式を挙げた日。
ドレスの斬新なデザインと刺繍の豪華さに、ドレスは好評だった。
新興貴族であったがために、上級の仕立て屋に断られた男爵夫人だが、
趣旨返しができたとほくそ笑んだ。
そして、今までは門前払いした高級な仕立て屋が、男爵夫人に取り入って、
刺繍職人を自分のところに引き抜こうとやっきになって職人を探し始めたのだ。
男爵夫人は勿体ぶりつつ、自分も知らないと答えつつ、扇の裏で舌を出す。
今まで自分を成り上がりだのと言ってバカにしてきた連中の、
手のひら返しに笑いが込み上げる自分を、悪趣味だと思いつつもである。
実は、男爵夫人は挙式の前日に、フランからその身分を明かされたのだ。
聞いた直後は驚愕したものの、フランの物腰の柔らかさや、洗練された所作から令嬢のマナーを、
それも高位貴族で躾を受けたのではないかと察しはつけていたらしい。
目利きのできる人間とは実に恐ろしいものである。
男爵夫人はずっとフランのお得意様であり、下手をすると今後も何かしらの接点がないとも限らない。
何よりも口が堅いことはマダムのお墨付きもあったので、
フランも男爵夫人にだけは自分の身分を明かしたのだ。
そして、刺繍を刺したのが自分であることを黙っていてほしいと頼み込んだ。
ところが、敵もさるもの。
商魂魂のかたまりのようにマダムから、口をつぐむ代わりに、
来年、デビューを控えている娘の刺繍を頼まれた。
フランはそれを快諾し、そこに取引が成立した。
実際問題として、来年まで仕立て屋に居られるとは限らない。
ましてや、連れ戻されたら、修道院送りかも知れない。
刺繍など刺すことは出来なくなるかもしれないが、
男爵夫人はそれでもフランに、連絡をしてと伝えてきた。
社交界で新興貴族、成り上がりとバカにされていると聞いたが、
このように心持のいい婦人を爪弾く社交界が残酷で傲慢なのだ。
自分もその一端に居たが…。
デビュー前に、家を飛び出したので、実際には社交界には出ていない。
男爵夫人はフランとの約束を守り仕立て屋のことは話したが、フランのことは一切、口にしなかった。
とある田舎に住む刺繍職人が刺したとだけ言った。
そのうわさを聞きつけて、今度は高位貴族たちが自分も仕事を依頼したいと、
田舎という田舎を探し回る。
男爵夫人はまた、笑いが止まらない。
結婚式は滞りなく終わったが、実はその結婚式にフランの妹のリリアンも参加していた。
花嫁の姉は伯爵家に嫁いでおり、リリアンと仲良くしていたので、招待されたのだ。
迂闊なのは、詰め切れないフランの甘さだ。
妹の交友関係の把握が必要だったのだ。
それはいまさら言っても始まらないので、話を進めると。
ドレスの刺繍を見て、リリアンはそれが姉の刺した刺繍ではないかと疑念を抱いた。
そこで、花嫁に刺繍の職人の名前を聞くと「フラン」と呼ばれていたと聞き、確信した。
妹とは姉と比べると要領のいい生き物であり、はたまた察しのいい生き物でもある。
そこから普通なら、大騒動になるのだが、ひっそりと騒動になった。
なぜならば、
「あの…ただいま?」
と、フランが邸の門の前に現れたからである。




