敵は社交界にあり
ちょっと時間が空いてしまいました。
マダムに今後のことを言われて、毎晩、ベッドに入って考えるものの、
数分で寝落ちを繰り返し、深く考えないまま数日が過ぎた。
人というのは、後になってから、あの時何々すればよかったと後悔する生き物なので、
フランも例にもれずのちにとても後悔する羽目になる。
そして、人というものは、未来を予知する能力がないので、
自身に起きることも予測できないまま、自分の仕上げた刺繍を前にして、
満足げに「ふふふ」とフランは笑った。
刺繍の出来栄えは、自分史上もっともよい出来だった。
花嫁になる娘を連れて最終的な試着に訪れていた男爵夫人も、
感激のあまりに泣き出しそうなほどの出来栄えだった。
服を仕立てたマダムすらも、フラン渾身の刺繍に魅入っていた。
小柄な令嬢に合わせてマダムがデザインして仕立てられたドレスは、
両袖に幾重にもフリルを重ねたたが、
下半身は生地の重さを利用して流れるように落ちるデザインで、とてもシンプルだ。
そのシンプルな仕立てに、フランの色鮮やかな花々の刺繍がとてもよく映えている。
花々のいたるところに真珠や小さな宝石がちりばめられており、
ドレスの斬新さや、繊細な刺繍は高位貴族の令嬢のドレスにも引けを取らない。
「なんて素敵なの。フラン、あなたの刺繍には大金を摘むだけの価値があるわ。マダム、今回の支払いは上乗せするわ」
「それはありがたいお言葉です」
花嫁になる令嬢は、鏡に映る自分を見て、感激している。
「フランを今後もお抱えにしたいのだけど、どうかしら?」
と、問われたもののとっさに言葉が出ない。
「マダム、フランはいずれうちを辞めて、故郷に帰るかもしれないんですよ」
「そうなの、フラン?」
と、言われたのだが、また、とっさに言葉が出ない。
けれど、以前よりも察する力の付いたフランは、ここはマダムに合わせた方が賢明だと判断する。
「そうなのです。里に年老いた両親がおりまして。いずれは帰ることになると思います。
田舎で細々とでも職人としてつづけられるとよいのですが…」
(家に戻っても…今更居場所があるものか…どうか…。まともな輿入れ先もないでしょうし…)
と、これまた嘘が簡単に自分の口から真実のように飛び出したことの驚きつつ、
本当の事がばれたら一大事だということに思い至るほどには、
フランも今後のことを考えてはいる。
家族が嫌いなわけではない。
都合のいい便利な長女だっただけで。
自分もどこか、それを良しとして諦めてしまったのだ。
両親がアホなのは、この際、仕方がない。
自分の親だと考えると、後先考えずに家を飛び出した自分も立派なアホだと思うからだ。
ただ、戻るにしてもどう戻ればいいのか、わからなくなってしまっている。
生きていると手紙を書こうとも思ってみたが、書き出しをどうすればいいのかわからない。
とにかく、時間が経てば経つほどに、
元居た場所に戻れなくるなるのが現実だ。
フランは今それで、藻掻ききまくって、
ベッドに入れば数分で寝落ちしてしまうのだ。
考えるのが面倒だからではない。
考えすぎて、頭が働かないのだ。
本当だよ?
さて、今後のことはどうあれ、
自分の刺した刺繍が最上の出来栄えで、
依頼者からも抱き着かんばかりの称賛を受けたフランは、
その称賛のせいで、家族に自分の居場所がばれるなんて思い持つかない5日前。
から、
あっという間に時は流れて、3か月後。
いま、フランは必死に、目の前のハンカチを凝視している。
違う。
ハンカチではなく、刺繍に。
ハンカチが右に振られれば、フランの視線は右へ。
ハンカチが左に振られれば、フランの視線も左へ。
まるで猫が猫じゃらしでもて遊ばれている様相だ。
そして、その猫じゃらしを持っているのは、宰相夫人であり、別名肉食獣夫人のルイローズだ。
とても満面の笑みで、フランを翻弄している。
冗談抜きでフランにも負けない散々な一ヶ月でした。
元旦早々、食あたりで吐き続け、熱に浮かされつつも2日に親戚に挨拶に行き。
引っ越して2ヶ月で、給湯器が壊れお風呂が使えず友達の家で借りる日々。
北海道に帰省したら、大雪の影響で飛行機が欠航し、仕事を休む羽目に。
1ヶ月でこれだけ起こるのおかしくない?




