そしてフランは逃げ出した
「わかりました、お父様」
少女は幼いころから、その言葉をよく口にした。
言いたいことも唇をかみしめて、堪えた。
初めのころは、自室でよく泣いたものたが、近ごろは泣くという行為すら億劫になった。
幼いころは両親の愛情が妹へ、そして弟へ注がれることに嫉妬した。
けれど、「お姉ちゃんなんだから、我慢しなさい」と、言われると耐えるしかない。
両親の愛情がないわけではないが、下の妹弟に比べると足りないのは事実だった。
今日も今日とて、妹の「私もそれが欲しい」という言葉で、召し上げられてしまった。
祖母から届いた誕生日のプレゼントだったのだが、
両親のいつもの常套句と、妹の泣き叫ぶ声を前にしたら、
抵抗など空しいだけだと、少女は齢6歳にしてすでに学んでしまっている。
両親は「聞き分けのいいよくできた長女」と言うが、
それは裏を返せば「両親にとって都合のいい長女」なのだ。
少女、フランジェールが生まれたころ、このバンキンス伯爵家は経済的に厳しい最中で、
両親ともに子供に構っている時間はなかった。
取り立てて愛情がないわけではない。
ただ、娘の誕生日などに時間を割く余裕がなかった。
伯爵家が持ち直して徐々に裕福になったころには、フランはすでに4歳になっていた。
両親は成長を見ることが出来なかったと悔やんだが、そのうち、妹が生まれた。
この妹が、社交界でも当代一の美しさを誇った、母方の祖母によく似ており、
両親は人形のような妹のリリアンジェールに夢中になってしまった。
長女の幼児期を一緒に過ごせなかったことあり、リリアンに愛情を一心に注いだ。
初めて笑った、初めて立ったなど、人生のライフイベントを楽しんだ。
その間、フランは両親に甘えたが「もうお姉さんになったんだから、我慢しなさい」と
言われて、甘える事が出来ず、愛に飢えた。
ほんのちょっとだけ、フランが反抗期を迎えた頃、父がうっかり浮気に走った。
5歳になっていたフランは、今度は「お姉ちゃんなんだから、リリアンを連れて行きなさい」と
両親はけんかを始める前にフランに言うようになった。
けれど、その浮気も長続きしなかった。
なんと、あれだけ喧嘩の絶えなかった夫婦に、待望の男子が生まれたのだ。
妻の浮気ではないのは、生まれた子が父親にそっくりだったことからもわかる。
両親は待望の男子誕生に沸いた。
もちろん頭が。
特に母にとっては、若いだけの女から父を奪い返した戦利品、勝利の証でもある。
母の息子、アンリスタへの愛情はなみなみならない。
けれど、それを理解できないリリアンは、愛情を奪われたことに我がままをいうようになった。
手を焼いた両親はリリアンをよくできた都合のいい長女のフランに押し付けるようになった。
そうこうしているうちに時は流れて、フランは18歳になった。
あいも変わらず、都合のいい聞き分けのいい長女になっていた。
妹は当代一の美少女として名高く我儘なところも小悪魔的でかわいいと褒められて、
社交デビューの前から信奉者がいる。
見た目も地味で普通に生まれついたフランは、ため息をつきつつ、
自分の容姿にあきらめをつけているほどには大人になった。
我儘放題に育てられた弟の方は、傍若無人な嫌な奴になりつつある。
両親もそれには危機感を感じていて、性格の良いのが取り柄だといわれている長女に
弟の対応を丸投げすることが増えてきた。
17歳でデビューしてから、婚約者のいない肩身の狭い壁の花となってしまったフランは
そろそろ本気で自分のこの先を考えなければならないと想いつつも、
今日も今日とて問題を起こして、学園から呼び出しを受けている。
「私も…学びたかったな…ここで」
貴族の子女のうち、女性は学園に入学は出来ない。
出来るのは、男子のみだ。
女子は大抵、家庭教師などから学ぶことになる。
時々、女性でも学園に入園できるが、それは王家の子女のみと限られている。
どんなに優秀でも、女性というだけで、学園で学ぶことは許されていないのだ。
だから、フランは弟がうらやましいのに、弟ときたら、学園で落ちこぼれて問題ばかりだ。
あらかた苦情を聞き、頭を下げ疲れたフランが問題児の弟を探していた時、
それを聞いてしまった。
「お前の姉さんは美人だと評判じゃないか」
「それは、下のね。一番上の姉は地味で嫁の行先もない」
周囲の男子の笑い声も聞こえた
「ならさ、俺がお相手したいな。婚約者との愛ある行為の前の練習をしたい」
「なんだよ、それなら俺だって」
などと、話していることを聞いて、フランの我慢の太い糸はこの日、
ぶっちりと切れた。
気持ち悪い。
ちにかく気持ち悪い。
フランは一目散に走りだした。
そして、その日を境に、フランの姿は消えた。




