私と彼女、そして放課後
―――3月某日。
教室内の喧騒が、どこか寂しく、切なく感じられる今日この頃。
担任の先生の話す声が耳を素通りし、教室の後ろへ吹き抜けていく。
私はぼんやりとした頭で、一学年下の後輩の事を考えていた。
図書委員会の後輩だった。事ある毎にセンパイ、センパイと抱きついてきて、戯れついてくる彼女。
まるで、大きな子犬に戯れつかれているみたいで。
大好きな飼い主に構われて、嬉しくてしょうがない。そんな風に揺れるポニーテールがどこかおかしくて、くすぐったくて。
それを誤魔化すように彼女の頭を撫でると、嬉しそうに目を細めて頭を押しつけて来たものだ。
……物静かな生徒が務めるイメージが強いこの委員会に、何故彼女が入ってきたのか。
私の中では、未だに謎だった。
帰りのHRホームルームの終わりを先生が告げた途端、眠りから醒めたかのように教室中が騒がしくなった。
椅子を引く音。ふざけ合う声や噂話に弾む声。教室のドアの開閉音と共に聞こえてくる別クラスの騒めき。
そんな中、一際騒がしく、喜びに弾んだ声が耳に飛び込んできた。
「せんぱーい!可愛い後輩が迎えに来ましたよー!」
綺麗なソプラノボイスが教室中に響く。私の近くにいたクラスメイトが数人、私の方を向いた。
「ほら智香、愛しの後輩ちゃんが迎えに来たよ」
そう言ってクスクスと笑う。冷やかし半分、ほっこり半分。そんな感じの笑い声だった。
……顔が熱い。クラスメイトから顔を背け、机に突っ伏した。
「―――別に、そんなんじゃ無いし」
「ああー!センパイ、なんて事言うんですかー!」
私の呟きが聞こえたのか、事の元凶が不満げに叫んで来た。
忙しげな靴音が近づいて来る。バンと机が叩かれ、左右に揺れ出した。
「こんな一途に迎えに来る後輩が愛しくないんですかー!?可愛い後輩に、そんな冷たい事言って良いんですかー!?」
机の揺れが大きくなる。堪らず私は顔を上げた。
小動物のような少女と目が合った。
ポニーテールにされた鴉の濡羽色の髪。引き結ばれた薄い唇。
普段は大きい目を不満気に細め、彼女は私を見つめていた。
彼女から目を逸らし、再び机に突っ伏す。紅潮した顔を彼女には見られたくなかった。
「答えてください先輩!……ねえ、先輩っ!」
また机が揺れ出す。赤くなった顔が元に戻るまで、私はずっと机に突っ伏したままだった。
***
「今日、図書委員会なくて良かったですー!」
学校からの帰り道。春特有の暖かい日差しの中、ポニーテールを左右に揺らしながら、私を見上げて明里が言う。
「そう。私は無くて残念だったけど」
図書委員会は、放課後に図書室で会合を行う。各学級から立候補した―――もしくは先生等から指名された学生が集まり、担当の先生も交えて今後の運営方針や広報活動について話し合う。
当初はただそれだけだったのだが、今では委員会活動とは名ばかりのお茶会―――もとい、先生や先輩、後輩の交流の場と化している。
図書室に漂う空気感というか、雰囲気というのか。私はそれが好きで、図書委員会に入ったのもそれが理由の一つだった。
……図書室でのお茶会も、今では理由の一つだけど。
「だってこんなに早く先輩と帰れるんですよ?最高じゃないですかー!」
喜色満面。ルンルンです、と明里はポニーテールを揺らす。今にもスキップしそうな雰囲気で。……というか、既にしていた。
鼓動が早くなり、私はキュッと胸を抑えた。自分と一緒に帰れるだけで、そんなに嬉しいのだろうか。だとしたら、私は―――。
「先輩は、ちがいます?」
明里が首を傾げる。嬉しさに染まった顔に、ほんの少し不安を滲ませて。
「そうね……自分も嬉しい、かな」
明里から顔を背け、いつもより乱暴に彼女の頭を撫でる。
明里が私の手に頭を擦り寄せてくる。
「ですよね!―――うん、今日は最高の日ですー!」
……胸の中があったかい。ポカポカして、そのくせ何処かくすぐったくて。
胸を抑えている手に、ギュッと力がこもる。
手は、胸からしばらく下ろせそうに無かった。




