儀式系のボウゲン②
一枚板造りの長机に、アルチュウが立っている。
「こりゃぁお兄さん方。ワシ、アルチュウ言うんじゃい。
まァ、見ての通りの小便の結晶なんじゃけぇ。
……じゃけんどなァ、ただの小便じゃと思うたら大間違いじゃ。」
アルチュウは、机の上で仁王立ちになりながら、事務所の面々を睨みつける。
その目は細く、濁っているが、言葉は鋭く、毒々しい。
「お兄さん方、本は読まれますかのォ?…ああ、聞くだけムダでしたかのォ。ほな、ワシが教えちゃります。
ええかのォ。水っちゅうのは、きれいな言葉をかけて凍らせると綺麗な結晶になる。
汚い言葉をかけて凍らせると、汚い結晶になる。
小便みたいな汚い水に、とてつもなく汚い言葉をかけて凍らせると、ワシみたいな暴言の結晶ができるんじゃ。
……どうじゃ、勉強になるじゃろうて?」
事務所の若衆がざわつく。
アルチュウは、ニヤリと笑う。
「ほな、自己紹介の締めくくりに一発かましたるわ。
──オイ、そこのパンチパーマ。
オッチャン、頭に迷路でもこさえとんのかい、あァ?
……おどれの脳みそ、そのチン毛みてぇな髪型の中で遭難しとるわ。」
事務所内に沈黙が走る。
そして、パンチパーマの男の額にビキビキと音を立てて青筋が浮き上がってゆく。
何じゃいワレェ!と立ちあがろうとしたその刹那、部屋の奥から豪快な笑い声が響く。
「ガハハハッ!……おもろいのォ!」
──呂敬統会岩本組々長 岩本 匡。
藍色の羽織を纏った、オールバックの男。着物の襟元からは、おそらく全身くまなく覆っているであろう見事な彫り物の一部がのぞいている。
「こいつァ、ただの結晶やないわい。……それに、新しいシノギになるやもしれん。
……おいカズ!ワレ、ちぃとやってみんかい!」
岩本組長は、カズという男──まさとし君達を出迎えたパンチパーマの男に命じる。
極道の世界、親分が黒といえば白い物でも黒と言うほど、親分の命令は絶対だ。
例え先ほどアルチュウ相手に激昂しようとしていたとしても、私情を捨てて命令には絶対服従しなければならない。
わかりました、親ッさん!というと、このカズという男は紙コップを持ってトイレに入っていく。
そしてトイレから出ると、こぼさないようコップを両手に抱えてキッチンに入っていく。
「ワレェ!ブチ殺すぞコラぁ!」
キッチンから本職ヤクザの本気の罵声が響く。
まさとしくんは感心する。
「うわぁ、凄いや!やっぱり大人の男の人の暴言は、迫力が違いますねぇ!
……あれは、『脅迫型』っぽいけど……あそこまでストレートな、迫力のある脅迫は初めてだ。」
そのとき、ガラガラと応接室の引き戸が開く。
そこには、釈放されて娑婆に戻ってきたボウゲン博士が立っている。
「オウ、まさとしィ!よう勉強しとるのォ!『ブチ殺すぞコラぁ!』みたいな暴言は、確かに『脅迫系』じゃ。
……じゃけんどアレは、ただの脅迫じゃ無ァ。
言葉そのものの意味としては『脅迫系』そのものでも、特定の要素が揃うと、それは『儀式系』に昇華するんじゃ。」
入室早々に講釈を垂れるボウゲン博士に、事務所にいるヤクザたちは起立し、最敬礼で頭を下げている。
「大木の叔父貴ィ!お勤めご苦労様です!」
博士は鷹揚に挨拶を返すと、ドカッとソファに腰を降ろす。
「このまさとしは、ワシが目ェかけとる奴じゃけェ。まあ、可愛がったってくれや。」
この言葉で、ヤクザたちのまさとしくんへの態度が変わる。
「あァ、そうでしたかい叔父貴ィ。……ところで坊ちゃん、何飲まれますゥ?」
まさとしくんの目の前に、たちまちお菓子やらジュースやらが並ぶ。
「おじさん、ありがとうございます。……じゃあ、プリン頂きます。」
まさとしくんは大好物のプリンを貰い、皿にプッチンする。
……いやァ、所作もしっかりしたお子さんで、将来有望ですなァ。
等と、ヤクザたちは博士と世間話をしている。
そのとき、キッチンの冷蔵庫からガタガタ音がする。
ワレぇ!コラぁ!という気合の入った声も聞こえる。
「オッ、どうやらできたようじゃのォ。
……流石はいっぱしの所帯構える極道の冷蔵庫。気合が違うけェ、よう冷えるのォ。
どら、カズ。ちぃとブツ出して来んかいや。」
博士は先ほどのカズという男に命じる。
カズは「へい!」と威勢よく返事をすると、冷蔵庫に走ってゆく。
そしてトゲトゲのトカゲのような小便の結晶を連れて戻ってきた。
「ほうほう、こらまた威勢のええボウゲンが出てきたのォ。
オウ、トカゲ。ワレ、ちいと自己紹介しちゃらんかい。」
博士は出来立てホヤホヤの結晶に言う。
「あァ?何じゃいこン糞ジジイが。何をワシに指図しよんのじゃい偉そうに。」
相変わらず暴言の結晶はどれも口が悪い。
ヤクザたちは激昂する。
「ワレェこのションベン野郎がァ!ウチの叔父貴になんじゃいその口のきき方はァ!
舐めとんのかいコラぁッ!エンコ詰めさすぞテメェ!」
「ワレェ、カズ!テメェこの野郎!このボケはテメェのションベンじゃろうがい!
テメェのションベンの不始末はテメェがケジメ取れやコラぁ!」
罵詈雑言が飛び交う。
とばっちりを受けたカズは涙目になっている。
「ほうか。名乗る気がないんならワシが名前つけちゃるわい。
『ションベンチビリーノ』、これでええじゃろ。
よかったのォ、かっこええ名前貰うて。ワシに感謝して、名付け親として一生敬わんかい。」
ツカツカとこのトカゲの結晶に歩み寄るアルチュウが、嫌味たっぷりに言う。
足元に代紋魔法陣が発現し、爛々と青い光を立ち上らせる。
「ふむ、始まったのぅ。…ええかおどれら、よう見とけや。
暴言の結晶──ボウゲンはのォ、暴言しか喋れんのじゃけェ、ガタガタ騒がんでそういうもんと受け入れェ。
……ボウゲンにはのォ、こうやってボウゲンをぶつけるもんじゃ。
これが、『ボウゲンバトル』よ。」
グチャグチャと罵詈雑言を飛ばしていたヤクザたちを制止すると、ボウゲン博士は言う。
……そう、アルチュウとこのトカゲ型のボウゲンとの、バトルが始まったのだ。




