無視系のボウゲン②
アルチュウのターンだが、アルチュウは口を真一文字に結び、暴言を詠唱することができないでいるようだ。
アルチュウは強いボウゲンだが、あくまでその罵声が相手に届かなければ相手にダメージは入らない。
そして自分の攻撃も『相手の価値を下げる』ことに主眼を置いた侮辱系だ。
方法は違えど、同じように相手の価値を下げる戦い方が主軸の相手とは、相性が悪い。
……頼んだぞ。負けるな、アルチュウ!
まさとしくんは、祈るような仕草をする。
その時、アルチュウの足元の代紋魔法陣が、カッと発光を強めた。
するとアルチュウは、腰に下がっている徳利に手を伸ばす。
そしてその徳利に口を付けると、その中身を喇叭飲みに飲み始めた。
アルチュウの喉が鳴る。
一口……二口……。口撃の通じない相手を前に手をこまねいているように見えたアルチュウの顔から、迷いが消える。
足元の幾何学模様から青色の光の粒子が立ち昇り、次いでアルチュウの頭から何かが弾け飛んだように見えた。
……何やら、ネジのような結晶だ。
アルチュウの手が動く。
そして、股間のあたりに手を添える。
そのやたらと大きな金玉を手で支えているようだ。
無視系の戦い。相手に反応したら、それはもはや無視ではない。
横目で見てアルチュウの不穏な動作は認識しているようだが、防御の構えを取ることはできない。
ここで初めてシカットの体表が少し溶け、額に汗のように小便が伝う。
間髪入れずアルチュウは行動を起こす。カッと目が見開かれ、その足元に広がる代紋魔法陣の幾何学模様は激しく点滅するかの如く激しく光を放つ。
立ち上った光の粒子がバチバチと稲妻を散らす中、アルチュウはシカットの顔面に放尿する。
じょぼぼぼぼ……
シカットの顔面に水しぶきがあがる。
プスン……バチィッ!
そしてシカットが動画を再生していたスマホが小便に濡れて壊れ、火花を散らして黒煙を上げる。
「何さらすんじゃこの糞ボケぇッ!」
たまらずシカットが大声を張り上げる。
「なるほどのォ、やりよるのォ、アルチュウ。
補助スキル『酒を飲む』の追加効果が効いているとはいえ……何ともえげつないのォ。」
ボウゲン博士が感心したように言う。
「無視系はのォ、相手がいないものとして終始無反応を貫くならそりゃ滅法強いがな。
……じゃがのォ、そら逆に、『反応したら負け』っちゅうことでもあるんじゃ。
今アルチュウがやったのはのォ、頭のネジがぶっ飛んだようなキチガイじみたことを堂々とやってのけて、相手が無視できん状況に追い込むっちゅう大技──『ネジを外す』じゃ。
……こりゃぁのォ、中途半端な覚悟じゃ意味が無ァ。
筋金入りのサイコパスがやるような、正真正銘の蛮行をどこまで躊躇せずにやり切れるかにかかっとるんじゃけぇ。」
ギャアギャアと罵詈雑言をがなり立てるシカットに対し、今度はアルチュウが無視を決め込んでいる。
「寝乱ァ〜れ〜て〜、隠れェ〜宿、九十九ァ〜折りィ、浄蓮〜のォ〜滝ィ〜」
気持ちよさそうに歌いながら小便を出し切ると、アルチュウは大袈裟に驚いたように声をあげる。
「ありゃ~、こりゃえろうスンマセンのォ。
ワシゃ目が悪うてのォ。……蛆虫がおるけェ、てっきり便所かと思うたわ。」
まさとし君は、突然のアルチュウの蛮行にドン引きしている。
「……は、博士。自分のボウゲンでアレなんですけど、アレってルール上OKなんですか?」
ボウゲンバトルは紳士のバトルホビー。小道具の使用は許されるが、基本的には言論の戦いだ。
相手への直接的な物理攻撃を働いた場合、その時点で失格となる。
「まぁだいぶきわどいがのォ。あんくらいはまあええじゃろ。
……ええかまさとしィ。ワシらはのォ、『表現の自由』ッちゅうモンに守られとるんじゃけェ。
手ェ挙げたらそら外道じゃがのォ、こがぁ誰もケガせんようなことにいちいち目くじら立てよったら社会が委縮してしもうて、新しいモンが何も出せん息苦しい世の中になってしまうんじゃけェ。
これくらいが、丁度ええのんじゃ。」
博士は平然と言ってのける。
そうか、そうなのか。
まさとしくんは納得し、余裕の表情で竿に残った小便を散らしているアルチュウに目を戻す。
……やっちゃえ、アルチュウ!ここは自由の国、日本だ!
頭からアルチュウの小便を滴らせながら、シカットは激昂している。
「この野郎テメェ、ぶっ倒すぞオラァ!……テメェもこれでも喰らいやがれクソッタレ!」
そう啖呵を切ると今度はシカットが、アルチュウめがけて放尿する。
しかし……今のアルチュウは『ネジが外れた』状態だ。そんなものは蚊ほども効かない。
アルチュウはシカットの放尿を、顔面でジョボジョボと受け止める。
「あァ~、気持ちがええのォ。ワシゃそもそも小便でできとるけェ、丁度小便でツラぁ洗いたかったところだったんじゃけェのォ。」
そう言うとバシャバシャと顔を洗って水しぶきをあげて見せる。
ドン引きするシカット。
そしてアルチュウはジィっとシカットの金玉を見つめる。
「おォおォ、見せもんか?それ。
ワレ、そがァ豆粒みてぇな金玉ぶら下げて、よう人前でボウゲンバトル挑む気になったのォ。」
シカットは顔を赤らめる。
アルチュウは、自慢げにその大きな金玉をプルプル震わせて見せつける。
「……これはえげつない。
侮辱系の中でも自分自身に自信がある者にしか使えない、『大艦巨砲主義マウント』のスキルじゃ。
──自分と相手のモノの大きさを比較し、大きかった方が小さかった方を、心が折れるまで徹底的に当て擦る。
相手のモノの方が大きかった場合は目も当てられんが……あの規格外の大きさなら大丈夫じゃろう。
……勝負あったのォ。」
ボウゲン博士がフンフン頷きながら解説するのを横に、アルチュウは代紋魔法陣を発光させる。
青い光の粒子が立ち上り、アルチュウの左手に集まると、そこには天秤のような氷の結晶が生成される。
その右側の皿にアルチュウの金玉を象徴する結晶が、左側にシカットのそれが乗せられており、それぞれ青と緑の炎のようなものを立ち上らせている。
そして……天秤はグーッと、アルチュウの側に傾く。
シカットの金玉を象徴する結晶はボトリと地面に落ち、白い冷気を立ち昇らせて融解する。
それを見届けたアルチュウの口角が、ニヤリと上がる。
アルチュウの足元に広がる代紋魔法陣が、その面積を拡大する。
それはシカットの足元にまで達し、そこから立ち昇る光の粒子が帯のようにシカットの身体を縛る。
シカットの身体が、目に見えてダラダラと溶け始める。
「すごいや……まるで魔法だ!」
目の前で繰り広げられるボウゲンバトル。
いかつい言葉だけでなく、ピカピカと激しい光の点滅もあり、大変見応えがある。
……それにしても、『大艦巨砲主義マウント』か……。
初めて見る技だが、反則級に強い。
強制的に相手の金玉の結晶を天秤に乗せて、大きい方が勝つ魔法なら、この先も余程のことがない限り、この金玉の妖精のようなアルチュウが負けることはないだろう。
「いんや。ありゃただの視覚エフェクトじゃ。
コイツらボウゲンの出す炎に触ったところでちぃとも熱くないし、雷に触ったところでピリッともせん。
ボウゲンバトルは、あくまで言葉の戦い。魔法なんぞアテになるかい。
──男っちゅうモンはのォ、魔法なんぞなくとも、おどれのクチでピンチを切り抜けるモンじゃろがい。
……ああいう風にのォ。」
ボウゲン博士が顎をしゃくる先では、アルチュウがシカットにフィニッシュブローを叩き込んでいるところだった。
「しっかしおどれの金玉、あれやな。自信のなさを絵にかいたような形しとるのォ。
……そがぁ縮こまらしよって、何か辛い事でもあったんか、ワレ。」
『大艦巨砲主義マウント』を成功させ、シカットの上の立場に立ったアルチュウ。
あとは、徹底的に相手が折れるまで擦り続けるだけだ。
シカットは無視を決め込もうとする。
……しかし、シカットは一度『反応してしまった』のだ。
今更無視を決め込んだところで、もうそれは通用しない。
シカットはもはや虫の息だ。輪郭すら保てなくなり、その体表はどんどんと溶けて液体の小便に戻り、アスファルトに垂れて染み込んでゆく。
アルチュウはさらに容赦無く続ける。
「ワシも今までいろんな金玉見てきたがのォ、こがぁ申し訳なさそうな金玉ァ初めて見るわい。
……ワレ、その金玉で地面に土下座の跡でも彫ってみんかいや。
そしたら許してやらんことも無いで?」
この一撃で、シカットの心は完全に折れた。
そして、たける君のクーラーボックスに泣きべそをかきながらすごすごと帰っていく。
「……それまでッ!勝者、アルチュウ!」
ボウゲン博士が高々とアルチュウの勝利を宣言する。




