老害系のボウゲン①
「ムゥっ……。やはりダメじゃったか。」
険しい顔で落胆の声を吐く、ボウゲン博士。
床には、至る所に、小便の水たまりができている。
──果敢にキングクミチョーに挑み、散っていったボウゲンたちの墓標だ。
その時、緑色の光の粒子がステージの片隅に立ち昇る。
「あのー、貴方の言うこと、さっきから聞いてるんですけど、前提が滅茶苦茶なんですよね。
第一、定義が──」
たった今、小便の結晶2体をまとめて言い負かしたキングクミチョーの一瞬の隙をつき、勇敢に前に出て論破戦を挑むロジハラゴン。
「いけッ!ロジハラゴン!論破しろッ!」
キングクミチョーの前に浮遊するロジハラゴンに指示を飛ばす、マスターのりく君。
しかし……。
「おぉ?面白いこと抜かしよるのォ。
……じゃが、修羅場を潜り抜けた漢の重みがない。一遍ドス握って命のやり取り経験してから、出直して来いや。」
ロジハラゴンの組み立てた論理を上書きする論理を積み上げるでもない。
脅迫系の暴言のような、上限を振り切った悪意を叩き込むでもない。
キングクミチョーの言葉はただ、格付けを述べただけだ。
しかし……ロジハラゴンはその場に固まり、身動きを取るどころか、口を開いて二の句を継ぐことすらできない。
ダラダラと、体表が溶けて液体の小便に戻り、ボタボタと床に垂れる。
「……マズイっ!戻れッ!ロジハラゴン!」
りく君の必死の叫びに我に帰ったロジハラゴン。
もはや完全に戦意を喪失している。
無言で、フラフラと宙を漂い、りく君のクーラーボックスに帰ってゆく。
……くっ!りく君も戦闘不能かッ!
なんなんだコイツ、強すぎるッ!
喧嘩腰罵倒会優勝者のしげはる君は、忌々しそうに舌打ちをする。
しげはる君も、手持ちの三体のうち二体を失い、満身創痍のイテマウドンを残すだけだ。
周りのトレーナーも、悉く手持ちのボウゲンを撃破され、最初数十体でキングクミチョーを取り囲んでいたボウゲンも今では数体を残すだけとなった。
「……いかん、このままでは……キングクミチョーが、この社会に解き放たれてしまう。」
深刻な顔で、ボウゲン博士がボソリと呟く。
『覇道系』のボウゲン、キングクミチョー。
このただ一体の伝説のボウゲンに、トレーナーたちは壊滅寸前に追い込まれていた。
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時は少し遡る。
「草野の兄弟、下手ぁ打ちよったのォ。
宇呂の親父の啖呵は、一般人の小便で凍らせる位ならレアボウゲンの『ワカガシラス』が誕生するはずだったんじゃが、よりにもよって現役ヤクザの親分の小便なんぞを触媒にしよったら……。」
ボウゲン博士は、ブツブツと独り言のように恨み節を吐く。
「ええか、おどれら。ワシが合図したら、一斉にかかるんじゃ。
正々堂々タイマンの真剣勝負とか、今日のところは気にせんでええ。
全員で取り囲んでフクロにせぇ。」
ついさっきまで紳士のバトルホビーの祭典、喧嘩腰罵倒会でフェアプレーを訴えていたボウゲン博士。
クーラーボックスから各々のボウゲンを取り出して整列した少年たちを前に、作戦を説明する。
「あのー、博士。
アレって、そんなに危険なボウゲンなんですか?」
怪訝な顔でまさとし君が問う。ボウゲン博士がここまで切羽詰まった話をするのは、初めてだ。
「そうじゃ、まさとしィ。
おどれらの従えておる普通のボウゲンは、仮に野生化しても特に害はない。誤差の範囲じゃ。
……この世界はすでに人を傷つける悪意で飽和しておるからのぉ。
じゃけんど、あのキングクミチョー。──覇道系だけは、野生化させてはならぬ。
社会が、閉塞感で満ち、静かに腐ってしまうんじゃ。」
──覇道系のボウゲン。
それは、派手な恫喝も、陰湿な論理戦もない。相手を、肯定も否定もしない。
やることは、『序列の確定』、それだけだ。
論理を並べ、理屈で詰ませてくる相手には、「俺が正しいかどうかは関係ない。俺が『上』だ」と言い、場そのものを支配する。
感情に訴え、正義や被害を叫ぶ相手には、「だから何だ」と一言返し、存在そのものを軽く踏み潰す。
いかつい言葉で恫喝してくる相手には、そもそも反応しない。「お前がモノを言う資格はない」と一蹴し、評価対象にすらしない。
かつて、ナポレオン・ボナパルトはこう言った。
「余は議論するためにここにいるのではない。命令するためにいるのだ」と。
論理も、正しさも、この覇道系のボウゲンの前には意味をなさない。
序列を確定させて上位に立ち、場を支配したものが正義となるのだ。
「ええか、まさとしィ。
例えばおどれの横におる、ヨロシオス。仮にコイツが野生化したところで、ムカつく皮肉屋が一匹増えるだけじゃ。
じゃが──キングクミチョー……覇道系は、序列を固定化する。
『何を言ったか』ではなく、『誰が言ったか』が意味を持つ世の中になる。
例え大きな夢と、物事を良くしようという純粋な気持ちで心を砕いてモノを言っても、序列が低ければ一顧だにされず、革新の芽はそこで枯れる。
……そんな閉塞感漂う世の中で、大人になりたいか?まさとしィ?」
……なんだよ、それ。
まさとし君は、ボウゲンが好きだ。想定外の事故とはいえ、キングクミチョーが誕生した時には、これはどんなボウゲンなんだろうとワクワクしていた。
しかし、今のボウゲン博士の説明を聞き、決意する。
……暴言の内容じゃなく、誰が言ったかで勝負が決まるなんて、そんなの、ボウゲンバトルじゃない!
それに、僕らの暮らす社会をダメにするなんて、させてたまるか。
──キングクミチョー、お前は、僕のボウゲンが倒す。
「勝つぞ、みんな。」
まさとし君はそう呟くと、足元の二体の小便の結晶──ゴクツブシと、ヨロシオスの二体だ──に目をやる。
返事をするように、その二体の足元に広がる幾何学模様が静かに光る。
……先ほど喧嘩腰罵倒会決勝で敗れたアルチュウは、戦闘不能となり、クーラーボックスの中で回復を待っている。
この大一番には出せない。




