喧嘩腰罵倒会 決勝戦④
荘厳な音楽が、プラズマモールを包み込む。
ステージ中央には表彰台が立てられ、ボウゲンバトル界の頂上決戦、『喧嘩腰罵倒会』を勝ち抜いたトレーナー三人が、誇らしげに胸を張っている。
表彰台の頂点にはしげはる君。右隣にはまさとし君。左隣には、三位決定戦を勝ち抜いたしょうじ君が、首からメダルをかけられて手を振っている。
そしてそれぞれの選手達の手には、ボウゲンリーグ興業から贈られた賞品が握られている。
天井からは、とめどなく金銀の紙吹雪が降り注ぐ。
「さぁっ、表彰式もクライマックスだッ!
それでは皆様、厳しい戦いを勝ち抜いた勇士に、盛大な拍手をッ!」
ボウゲンファイターの掛け声で、会場から割れんばかりの拍手が立ち上る。
一般の買い物客も立ち止まり、何のイベントか分かっていないながらも惜しみない拍手を送っている。
ここに、喧嘩腰罵倒会は、大盛況のままに幕を閉じた。
敗退したトレーナー達も、次回の健闘を誓い合っている。
賭博に勝ってメダルを倍増させた博徒たちは、ホクホク顔でメダルを換金している。
予想を外した博徒もまた、大迫力の試合展開にすっかりボウゲンバトルの虜となった。
負けたことなどすっかり忘れ、ビールを片手に熱い戦いの余韻に浸って談笑している。
草野組長は……膀胱が限界に達していた。
「なぁ、籾芥子先生や。……ちぃとワシ、もう動けんわ。
ハッキリと言うたる。立ったら、出る。」
籾芥子先生は、うんざりした顔で言う。
「だから言わんこっちゃない……飲み過ぎなんですよ。
どうすんですか?あそこまで歩かないと、トイレはないですよ?」
籾芥子先生の指差す先は、50m先、遥か彼方だ。
「それに、もう一人酔っ払いがいるし……。もう私ゃ、知りませんよ?」
酔い潰れた洞括斎先生は、まだ床に寝転んでいびきをかいている。
「しゃーない……コレを使うか。」
草野組長は、床に転がっている紙コップを拾い上げる。
そして着物の隙間からモソモソと股間の辺りにコップを押し込む。
「ちょっと、組長!何やってんすか!軽犯罪法ってモンがありまして……」
「う〜む、やっぱりこういう時、和服は便利じゃのぉ。」
籾芥子先生の話は、草野組長の耳には入らない。
カラカラと、コップに残った氷の音を響かせながら、ジョボジョボと水音が漏れ聞こえる。
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一方、丁度草野組長がVIP席で紙コップに放尿しているその隣で、優勝したしげはる君を、少年たちが取り囲んでいる。
「おめでとう、しげはる君!
……で、僕らが何を待っているか、わかるよね?」
興味津々の顔で、少年たちはしげはる君の手元の、優勝賞品の入った箱を見つめている。
──伝説のヤクザ……もとい、ボウゲンマスター、宇呂 敬。
彼の肉声が録音された、ボイスレコーダーだ。
これを再生して小便を凍らせると、伝説のボウゲンが誕生するという、ボウゲントレーナー垂涎の逸品だ。
「慌てない慌てない。
モチロン、聞かせてあげるよ。……早速、再生してみよう!」
しげはる君は、ビリビリと包み紙を破る。
少年バトルホビーは、このような仲間内での情報交換がそのキモとなる。
じぃーっと、少年たちの視線がしげはる君の手元に集まる。
「それでは諸君、心して聴きたまえッ!
伝説のボウゲンマスター、宇呂 敬の肉声だっ!」
ボイスレコーダーを取り出したしげはる君は、少しおどけて、鷹揚な仕草で再生ボタンを押す。
どぉん、どぉん、と、太鼓の音がスピーカーから聞こえてくる。
そして、もの寂しい響きの、渋い演歌が再生される。
「……何コレ?」
少年たちは、キョトンと肩透かしを食らったような顔をしている。
『四代目呂敬統会々長・宇呂 敬。
その渡世は、二代目雪隠会の盃を受けた、昭和60年2月に始まった……』
唐突に、渋い声のナレーションが始まる。
「……コレ、本当に伝説のボウゲンが生まれるんだよね?」
少年たちは、顔を見合わせる。
その後もナレーション……というか、宇呂組長の武勇伝が延々と語られる。
巨大暴力団組織との抗争を一夜にして終結させた話。
部下を庇い懲役刑を受けながら、刑務官がその侠気に感銘を受けて出所後に盃を受けにきた話。
関東地方からやってきた地面師集団との血で血を洗う抗争を戦い抜き、市民の平穏を守り抜いた話。
当然、しげはる君達にはピンとこない。
落胆の色を浮かべる子もいる。
「……僕ら、騙されたのかなぁ?」
「いや、一旦最後まで聞いてみよう。」
五分ほど宇呂の武勇伝を聞かされ、ウンザリし始めた頃、BGMがポップなものに変わる。
『お待たせしました。
次の言葉が、当家の会長、宇呂が、抗争中に本家にカチ込んできた外道に言い放ち、ただの一言で屈服させた、伝説の暴言です。
それでは、お聞きください。』
「待ってましたッ!」
「しーっ、静かに!聞こえないよ!」
少年たちは、一点、真剣な顔で椅子の上に置かれたボイスレコーダーを見つめる。
一拍の沈黙ののち、スピーカーが壊れるのではないかという大音声で、宇呂会長の渾身の暴言が響き渡る。
『何じゃいワレェ!誰に仁義切ってここにおるんじゃいッ!
おどれ、覚悟決めてから来んかいや!命張っとる奴のツラじゃなかろうがいッ!』
振動で、椅子に立てたボイスレコーダーがガタリと倒れ、床に落ちる。
それと同時に、隣でコップに小便をしていた草野組長の股間から、カランと氷の鳴る音が響く。
その一拍あと、草野組長の股間に紫色の光が降り注ぎ、『暴』の文字をトゲトゲの縁で取り囲んだような光の幾何学模様が浮かび上がる。
「うぉっ!何じゃいこりゃあ!」
驚愕する草野組長は、その場に転倒する。
和服の股間の辺りに、コップからこぼれた小便のシミが広がり、ピキピキと音を立てて氷結してゆく。
草野組長の股間に浮かび上がっていた魔法陣から、プラズマモールの天井まで、ドーンと光の柱が立ち上る。
吹き抜けのアトリウム天井、明かり取りの窓のガラスが弾け飛ぶ。
キャーっと、買い物客の悲鳴が至る所から聞こえてくる。
店内の照明が、明滅する。
突然の超常現象に、目を閉じる一同。
恐る恐る目を開けると、そこには、見たことのないボウゲンが宙に浮かんでいる。
……ボロボロに擦り切れた紋付のような衣装を纏った、人型の小便の結晶。
しかし、その布地の隙間から見えるのは、死臭が漂うような骸骨だ。
4本の腕には、それぞれ刃物や拳銃のような武器が握られ、ゆっくりと四方を威嚇するかの如くゆらめいている。
その頭部もまた、目の部分がぽっかりと空洞になった髑髏ではあるが、四面に顔があり、どこを睨むでもなく全方位に殺意を振りまいている。
頭頂部には、烏帽子のような小便の結晶が載り、高々と天に向けて伸びている。
「なんということじゃ……。
あれは、覇道系のボウゲン、『キングクミチョー』じゃ!!」
机の下に隠れていたボウゲン博士は、恐る恐る顔を出すと、絶望の叫びを上げる。
「トレーナーの坊ちゃん方!
早う、早うボウゲンを出すんじゃ!
全員でかかれッ!コイツは……コイツは、今ここで倒さにゃ、エライことになるぞッ!」
いつになく切迫したボウゲン博士の怒声が、緊急事態を告げていた。




