無視系のボウゲン①
「アッ、君はまさとしくんだね!こんにちは!……嬉しいなァ。君の噂は聞いているよ。」
クーラーボックスを肩から下げて道を歩くまさとし君。
道端に立つ少年から話しかけられる。
「えっと、君は……あっ、それは!!」
少年の肩から下がる、クーラーボックスに目が行く。
まさとし君の胸が高鳴る。
──クーラーボックス。それはボウゲントレーナーの証だ。
これはこの少年が、まさとし君と同じ頂点を目指すライバルであり、そしてまた同じ道を共に歩む仲間であることを示している。
「僕はたける。ね、バトルしよ?」
ボウゲンバトルのお誘いだ。
……そう、まさとしくんは今やちょっとした有名人だ。
強力な侮辱系のボウゲン、「アルチュウ」を付き従えるボウゲントレーナー。
そんじょそこらの気合の足りないボウゲンでは太刀打ちできず、「アルチュウ」を倒すどころか、一戦交えるだけでもこの近所のボウゲントレーナーにとってはちょっとしたステイタスだ。
そんな訳で、まさとし君はただその辺を歩いているだけでも、このようにバトルを挑まれる。
当然、断る理由などない。
「いいだろう!受けて立つよ!
……いいバトルをしようじゃないか!」
まさとし君は、右手を差し出す。
ボウゲンバトルは、スポーツマンシップを是とする紳士のバトルホビーだ。
バトルの前の挨拶は対戦相手に敬意を表するという基本的マナーであり、この近所のトップトレーナーであるまさとしくんは、そのあたりのスポーツマンシップに抜かりはない。
差し出されたその手をとり、硬く握るたける君。
「勿論だよ、まさとし君。……無様な負け方はしないよ!
……行けっ、シカット!」
試合前の握手した手を離した瞬間から、まさとし君とたける君は敵同士だ。
たけるくんは、クーラーボックスを開ける。
すると中からノソノソと蛆虫のようなボウゲンが出てくる。
「オッ、強そうなボウゲンだね!バトルが楽しみだ。
……迎え撃てッ、アルチュウ!」
まさとしくんもクーラーボックスを開ける。
そこから金玉の大きな狸のようなボウゲン、アルチュウが這い出して来る。
道路上に降り立った二体のボウゲン。
それぞれの足元に幾何学模様が現れ、ゆっくりと光を立ち昇らせ始めた。
「よし、勝負だッ!
……レディー、ファイト!」
まさとし君の掛け声で、アルチュウとシカットの激しい戦いの火ぶたが切って落とされる。
この蛆虫のようなボウゲン──シカットはクーラーボックスから出るなり、ガムの包みを開けるとクチャクチャと音を立てて噛みはじめる。
ガムを噛むほどに、足元の緑色の代紋魔法陣の光が脈を打つように強まってゆく。
そして、蛍のように立ち昇った緑色の光の粒子が、バリアのようにシカットの周りを取り囲んで渦を巻く。
……何だ?この口撃は。喋らない口撃だと?
まさとし君は警戒する。
ボウゲンは、言葉の悪意を込めた小便の結晶であり、口だけの存在。
逆に言えば、口を開かず、暴言の詠唱がなければ、口撃は成立しないはずだ。
「気を付けろ、アルチュウ!
……コイツは、普通のボウゲンじゃないぞッ!」
まさとし君は、アルチュウに警告する。
しかし、アルチュウはまさとし君の警告を意に介した様子はなく、シカットに突っ込んでゆく。
足元の幾何学模様を青色に発光させ、稲妻を身に纏いシカットに突っかかる。
「あァ~!何やらまた、頭悪そうな虫ケラがクチャクチャ言うとるのぉ。
おい、ワレェ!口動かす前に脳みそ動かさんかい!
テメェみてぇな蛆虫は、脳みそは口よりケツの方が近かろう?ほな、ガムもケツで噛んだ方が脳みそもよう動くじゃろうがい。
そうすりゃ平仮名くらいは書けるようになるんちゃうか?おォ?」
強烈なアルチュウの侮辱口撃!
アルチュウの身体を覆う稲妻が、一回り大きなものになる。
しかし、シカットは微動だにせずガムをクチャクチャ噛んでいる。
シカットの周りを取り囲むバリアのような光の粒子が、アルチュウの稲妻を中和するかのように打ち消してゆく。
そしてシカットはプゥ~っとガムで風船を作り、膨らませる。
そのガム風船がアルチュウの鼻に当たり、パチンと音を立てて割れる。
アルチュウの顔にべっとりとガムが張り付く。
……何だ、このボウゲンは?『知能ディス』が効かない?
まさとし君は、得体の知れない相手に焦りを覚える。
『知能ディス』は相手の知性を侮辱する事でその尊厳を根底から破壊する強力なスキルだ。
まともに食らえば無事では済まないはずだが……シカットは、ピンピンしている。
その体表はダメージを受けて溶けた様子はなく、ボックスから出した時のまま、霜が降りている。
逆にアルチュウは、渾身のスキルの不発が自らに跳ね返ってダメージを受け、表面が少し溶けている。
液体に戻った小便がアルチュウの身体を伝い、ポタポタと地面に垂れ落ちている。
……訳がわからない。相手は一言も発していないのに!
焦りが汗となり、まさとし君の額を伝う。
「ほほう、これまた見事な『無視攻撃』じゃのォ!」
いつの間にか紫色の派手なスーツに身を包んだ大木翁改め、ボウゲン博士がまさとしくんの隣に立っている。
人には言えない自由業に就いているとのことで、基本的に暇人のようだ。
「この『無視系』という奴等はのォ、何を言われても反応せんことで相手の攻撃を『反応する価値のないもの』として無効化してくる厄介な奴等よ。
……なるほど、『ガムを噛む』口撃か。あのスキルは詠唱も不要で技の発動が速く、クチャリと一噛みすることに相手に不快感を与える反復口撃の効果もある。
まさとしィ。ありゃ強いボウゲンじゃ。
じゃけんどまだ、その実力を隠しておる。……ヤツの本当の恐ろしさはのォ……。」
意味深な博士の解説を遮り、シカットのターンだ。
シカットの足元でヌラヌラと光を放つ代紋魔法陣が、より一層輝きを増す。
緑色の光の粒子が立ち昇り、シカットの掌に集まる。
眩い光を放ったのち、そこにはスマホのような結晶が生成される。
シカットはそれを、アルチュウの目の前でピコピコと弄り始めた。
……それ以外、何もしない。何も言わない。
シカットを包み込むバリアのような光の粒子は、ゆっくりと渦を巻きながら、その光を強めてゆく。
「見てみィや。これがあの『無視系』の攻撃よ。
何も言わずに、まるで相手が存在しないかの如く全然関係のない他所事をやる。
これによって『時間を割く価値もいちいち反応する価値もない奴』と相手の価値を極限まで貶めてくる、厄介な攻撃よ……。
──さて、まさとしィ、おどりゃ一体、このピンチをどう乗り切るつもりじゃ?」
博士は試すようにまさとし君に視線を落として言う。
まさとし君の背中に、一筋の汗が流れる。
シカットの『動画視聴』のスキルは、確実にアルチュウのメンタルを蝕んでいるようだ。
体表がさらに溶け、汗のように液体に戻った小便がアルチュウの体を伝い、道路に流れ落ちている。
しかし、まさとし君には為す術はない。
……だいじょうぶか、アルチュウ……。
まさとし君は、不安の表情でアルチュウの戦いを見守る。




