喧嘩腰罵倒会 二回戦④
アルチュウとロジハラゴンの戦いはなおも続く。
しかし、今や『場の空気』を支配しているのは、アルチュウだ。
ロジハラゴンの体表を伝う溶けた小便が、その消耗度合いを物語っている。
……何とか、『空気』を取り返さねば。
ロジハラゴンは論理を練り、乾坤一擲の一撃を放つ。
「え、まず前提おかしくないですか?
あなたを論破する=代紋に唾吐くって、その同一視、どこで成立したんですか?
代紋って組織の記号ですよね。あなたはただの個体ですよね。
個体批判を記号批判にすり替えるの、論理的に無理ありません?」
ロジハラゴンの代紋魔法陣が発光し、放射状に緑色の光の筋が立ち昇る。
一点の破綻もない、完璧な理屈。アルチュウの暴論の理論の隙を突く。
しかし、観客席からは、「何じゃい、その話もう終わっとるじゃろ」「難しい話はもうええんじゃい」と冷笑が聞こえる。
ロジハラゴンの放った光は、空気中で減衰したように立ち消え、霧散する。
……ダメか。
ロジハラゴンの落胆を示すように、その額を一筋の小便が伝う。
高コンテキストな日本語環境。一度『空気』が固まってしまえば、もはやいくら理屈を並べたところで趨勢をひっくり返すことはできない。
「……ほな、そろそろやっちゃろうかいのォ。」
アルチュウは、ロジハラゴンから一歩、距離を取った。
アルチュウの腹と金玉に彫り込まれた閻魔王の刺青が、足元の代紋魔法陣の放つ光に照らし出される。
それはまるで、地獄の入り口で亡者の悪行を裁くかの如く、おどろおどろしいオーラを放っている。
……『空気』で相手を呑み込んで葬り去るフィニッシュブローの大技コンボ、『人民裁判』の構えだ。
「ワシなァ、さっきからおどれの御高説聞いとるけどのォ……正直、何言うとるか、よう分からんのじゃ。
多分、ここにおる奴ら、全員そう思っとるで?」
コンボ技の『人民裁判』の初撃、『クソデカ主語』がロジハラゴンの精神を貫く。
観客席から、クスクスと笑いが漏れる。
「だってそうじゃろ?
結局、ワシの言うた事が論理的に合ってるの間違うとるの言うだけで、肝心の中身がないやろがい。
ほいで結局、おどれ、何が言いたいんじゃ?」
アルチュウは肩をすくめる。
「ま、『自分は賢いです』って言いたいんやろなってのは、よ〜く伝わってくるがのォ。」
──論理的には、何一つこれまでのロジハラゴンの暴言に対する反論になっていない。
主張の要約でもなければ、誤謬の指摘でもない。
これが二の撃の奥義、『印象操作』だ。
「いや、それおかしくないっすかね?僕……」
ロジハラゴンがカウンターを入れようとしたその刹那、観客席からヤジが飛ぶ。
「……あー、分かるわ。居る居る、そういうヤツ。」
「確かに、話長ぇんだよな。」
アルチュウが抜かりなく発動していた『言語化』のスキル。
これは、『なんとなくみんながモヤモヤしている感覚』を言葉にして答えっぽい命題を提示し、術者有利な空気を補強する高等スキルだ。
これにより、アルチュウに同調するざわめき声が大きくなる。
追加効果の『エコーチャンバー』が発動したのだ。
もはや、アルチュウは言葉を発する必要すらない。『エコーチャンバー』は、アルチュウ優位の空気を自己増幅させる。
二の句を繋げなくなったロジハラゴン。体表がさらに溶けて小便に戻り、バシャっと音を立ててステージ上に落ちる。
「のォ、ロジハラゴン」
アルチュウは、にやり、と笑う。
「アンタ、頭ええんかもしれん。
けどのォ……もうちょい、空気読もか?」
──トドメの一撃、『空気読めや』が炸裂する。
高コンテキスト言語の日本語圏において、空気が読めないことは、コミュニケーションの成立しない動物と同次元であることを意味し、死刑宣告に等しい。
致命の一撃が、ロジハラゴンの精神を打ち砕く。
ロジハラゴンは、実体を維持しているのがやっとだ。その身体を構成する、小便の融解が止まらない。
代紋魔法陣の光はほぼ消灯している。
本来であれば、泣きべそをかきながらクーラーボックスに戻り、回復に入る状態だが、ロジハラゴンは果敢に口をひらく。
「え、いや、それは感情論ですよね?
論理的に正しいかどうかと、空気は──」
「ほ〜ら、出たァ!『論理的に』ときたわい。
あ〜、分かった分かった。おどれみてぇな賢いヤツと話ができて、有難き幸せじゃのォ。
……んで?」
アルチュウが、鼻で笑う。
観客席からも、ドッ、と笑いが爆発する。
……さすがはまさとし君。君は強かった。僕とは格が違ったよ。
ロジハラゴンの背後でバトルの推移を見守っていたトレーナーのりく君は、敗北を悟った。
もう、潮時だ。ロジハラゴンはもう耐えられない。これ以上続けさせては、その身体が完全に溶けて物言わぬ小便に戻ってしまう。
「……もういい、戻れ!ロジハラゴン!」
りく君は、クーラーボックスを開け、ロジハラゴンを呼び戻す。
いわばセコンドによるタオル投入、ロジハラゴンの生命を守るための棄権だ。
しかし……。
「あのー、マスターさん。
……昨日、覚えてますよね。
あなたが僕に刺青を彫ろうとした時、僕が何て言ったか。」
ロジハラゴンは、かすかに笑う。
「『勝敗と刺青に、因果関係はありません』『権威も威圧も、論理には関係ない』
……僕、刺青がなくても勝てるって言いましたよね?それは嘘じゃない。
でも……勝てなかったとしたら、その責任は、全部その判断をした僕にあるって事っすよ。」
喧嘩腰罵倒会の大舞台を前に、彫り物を入れてあげようと、彫刻刀を手にロジハラゴンを部屋の隅に追い詰めていたりく君を論破し、彫り物などなくとも勝てると大見得を切ったのが昨日の晩のことだ。
……ここで負けてしまっては、ロジハラゴンは昨日の自分の言葉との整合性をとることができない。
命に代えても勝利する。……これが、論破系暴言の結晶である、ロジハラゴンの矜持だ。
「彫り物を入れなかった判断は、僕自身の選択ですよね。
選んだ以上、結果は最後まで引き受けますよ。
それが論理のボウゲンの矜持ってモンじゃないっすか。
……左様なら、マスター。」
……死ぬ気かッ!ロジハラゴン!
りく君は、ロジハラゴンを怒鳴りつける。
「バカっ!仮にここでお前がアルチュウに勝っても、死んじゃったら次の戦いに行けないじゃないかッ!
……お願いだから、クーラーボックスに戻ってよッ!」
りく君の目から、涙がこぼれ落ちる。
「馬鹿野郎、親分を泣かす子分があるかい!……こっちまでもらい泣きしてしまうじゃろうがい。」
「見直したで金玉ァっ!おどれの侠気はよう分かったけぇ、今日んとこは引かんかい!」
観客席の空気は、頭でっかちなだけで不粋なロジハラゴンを嘲笑する雰囲気ではなく、その自らの命を顧みず仁義を果たす姿に心を打たれ、許された雰囲気に変わっていた。
……しかし、ロジハラゴンは、動かない。
ロジハラゴンは、論破系のボウゲンだ。論理でしか、自分の心と折り合いをつけることができないのだ。
「しゃ〜ないのぉ……。」
アルチュウはズカズカとりく君の前に歩み寄り、後ろを向く。
そして、四つん這いとなり、大きく尻を突き出す。
「オラァ、糞餓鬼ィ!
……この大会は公式ルールじゃけぇ、この意味は分かっとろう?」
アルチュウの言葉に、りく君はハッとする。
「まさとし君、ゴメンっ!」
そして一言謝ると、アルチュウの尻を思い切り蹴り飛ばす。
りく君の靴の先が、アルチュウの肛門にめり込む。
「ハゴっ!?」
アルチュウは、変な声を出しながらステージの中央に吹っ飛ばされる。
ステージの中央でうつ伏せに倒れてピクピクと痙攣しているアルチュウの尻から黄色い蒸気が噴出し、プゥっと情けない音を立てる。




