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水からの暴言  作者: 叡愛禅師
喧嘩腰罵倒会
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喧嘩腰罵倒会 二回戦③

「頑張れッ、アルチュウ!

相手は強い!手を変えるぞッ!!」

声を枯らして声援を送るまさとし君の胸元には、これまで獲得したボウゲンジム所バッジが光っている。

ボウゲンバトル界の重鎮である、各地のボウゲンジム所のマスターから承認された強者の証──と小学生男子のトレーナー達のあいだで定義されている、暴力団の代紋バッジ──。まさとし君は、そのうちの3つを持つ。

どれも、アルチュウとまさとし君の絆の証であり、これまでの激闘を乗り切った証明だ。


劣勢のアルチュウ。まさとし君の声援を受け、足元の代紋魔法陣をより一層激しく明滅させる。

その光が、まさとし君のジム所バッジに反射する。

すると、バッジに反射した光が幻影のように光の粒子となり、アルチュウの頭上から降り注ぐ。

光の雪が降るようなその神秘的な光景に、観客席の黒服の男たちが息を呑む。


「ほぉーん、あの気難しい岩本の叔父貴をイワしちゃったんかい、あの坊ちゃん。」

「ありゃ、あの呂敬統の狂犬、草野の叔父貴のとこの代紋やないかい。若ぇのに、大したタマだぜ、あの坊ちゃんは。」

各ジム所バッジの重みは、見るものが見れば一発で分かる。

観客席からは、まさとし君のこれまでの激闘を戦い抜いたその胆力に感銘を受け、その漢気を称賛する声が聞こえてくる。


ジム所バッジの光を際立たせるかの如く、アルチュウの代紋魔法陣が赤々とした光を放ち始める。

そして、そこから立ち昇った光の粒子が爆ぜ、ステージを包み込むような爆炎を轟かせる。


「ワレぇ!さっきからブチブチと御高説垂れとるが、おどりゃどこのモンじゃい?おォ?

ワシに盾突くいうんがどこに唾吐くいう事か、分かってやっとるんかい?あぁコラぁ!」

侮辱系では効果が弱いと踏んだアルチュウは、脅迫系スキル、『組織の威光』を詠唱する。


「ウンウン、親分が道を示したら、子分は身体を懸けてその道を走る。

……あの坊ちゃんと金玉タヌキ、渡世の筋っちゅうモンをよう分かっとるのォ。」

観客席から、この大技を成功させたまさとし君とアルチュウの絆を称賛する、感嘆の声が聞こえてくる。


……何なんだ、この雰囲気は。

ロジハラゴンのマスター、りく君は言いようのない不気味さを覚える。

『エリスティック弁証』は破られるどころか、アルチュウの暴言をスキのない理論で論破してきている。

バトルの内容だけを見れば、ロジハラゴンがアルチュウを圧倒しているように見えるし、実際アルチュウの足元には溶けた小便が水たまりを作っており、それだけのダメージを受けていることを表している。

その一方でロジハラゴンは、アルチュウの侮辱や脅迫を悉く無効化し、涼しい顔をしている。

……なのに何だろう、この嫌な予感は……。


険しい顔をするりく君の不安を吹き飛ばそうとするかの如く、ロジハラゴンは代紋魔法陣を激しく点滅させ、『エリスティック弁証』を詠唱する。


「え、結局それって、あなたのマスターが持ってるジム所バッジとか、組織の威光に頼ってるだけですよね。

アルチュウさん自身が何かしたわけじゃないじゃないですか。

本人の実力がどうこうっていうより、反社のロゴでごまかしてるだけって、普通に雑魚っすよね。」

反論の余地のないロジハラゴンの論破。

アルチュウの身体を神々しく照らしていた『組織の威光』の光が消える。

観客席から、「チッ……」という舌打ちが聞こえる。


「あのボケぇ……ワシらの代紋舐めとんのかいコラぁ。」

ボウゲンファイターは、自分が今はボウゲンバトル界のアイドルを演じていることを忘れ、ドスの効いた声でポツリとつぶやく。そのつぶやきをガッツリとマイクが拾い、プラズマモール店内全体放送で流される。

「おっ、ファイターの脅迫だ!」「流石ファイター、凄い迫力だ!」

選手席に集まるボウゲントレーナー達は、暴言慣れした頭のネジが緩んだ少年たちだ。ファイターから飛び出した暴言を分析し、喝采を送る。


「あ~ん、怖い!」「何だよこの店内放送!帰るぞッ、ヤクザでもいるのか?」

しかし一般の買い物客は、突如店内に轟いた、一皮剥けば本職ヤクザであるファイターの恫喝に戦慄し、あちこちから恐怖の叫びが聞こえてくる。


「……あー、ゴホン。

ところでボウゲン博士。この戦い、アルチュウ選手には少々厳しいように見えますが、いかがでしょうか?」

放送事故をやらかしてしまいバツが悪そうなファイターは、博士に話題を振って誤魔化す。


「ウム。たしかに、『暴言の内容』ではロジハラゴンの圧勝じゃのォ。

じゃけんど、おどれにはアルチュウが劣勢に見えるんか?

……ボウゲンバトルにはのォ、勝負に負けても試合に勝つ、そんな戦略があるんじゃ。

──アルチュウめ、アレを狙っておるな。」

博士が意味深にフンフン頷きながら見つめるその先では……アルチュウが代紋魔法陣から赤い光の粒子を立ち昇らせている。

その光はアルチュウの右手に集まり、匕首のような刃物状の結晶を生成する。

鬼の形相で額に青筋を浮かべたアルチュウは、その匕首の結晶を腰溜めに構え、ロジハラゴンに一歩一歩と歩み寄っていく。

その足がステージの床に触れるたびに、代紋魔法陣から炎が立ち昇り、爆炎が轟く。


「オイ、コラァ。……聞き捨てなんねぇなァ。

よう聞こえんかったけェ、もっぺん言うてみろやコラァ。

ウチの代紋が雑魚とか抜かしよったか?おォ?」

氷のような冷たい、ドスの効いた声でアルチュウが啖呵を切る。

匕首のような結晶が、ツンツンとロジハラゴンの表皮をつつく。

──ここで初めて、ロジハラゴンの顔に緊張の色が浮かぶ。

額のあたりから、一筋の小便がロジハラゴンの顔を伝い、流れ落ちる。


「オウ、言うたれ、アルチュウ!

ワシらの代紋舐め腐りよったらどうなるか、ケジメ取らしたれや!」

観客席から物騒なヤジが飛ぶ。

そして、「そうだそうだ」「何じゃいあの生意気な金玉ァ」と同調する声が続く。


ロジハラゴンは即座に防御を張る。

「あのー、嘘つくのやめてもらっていいっすか。

僕が言ったのは、反社の代紋を振りかざさなきゃ何もできないアンタが雑魚ってことで、代紋そのものを侮辱するようなこと、一言も言ってないじゃないっすか。

言葉わかります?」

緑色の光の粒子がロジハラゴンの周りに結界のようなドームを形成し、バチバチと稲妻を走らせる。

喉元に刃物を突き付けられているが、毅然とした態度で釈明の弁を述べる。


「やかましいわコラァ、タコ!

代紋背負っとるワシに唾吐く言うんは、そら代紋に唾吐くんと一緒やろがい。何が違うんじゃいボケぇ!

男ならブチブチ言い訳ばっか抜かしてねえで、下手ぁ打ったと思うたんならエンコ詰めろや!

……オラァ、道具貸してやらぁ!」

アルチュウは匕首のような結晶をステージにブスリと突き立てる。

爆炎を立ち昇らせながらロジハラゴンを一喝するアルチュウ。ロジハラゴンを包み込んでいた結界がバリバリと音を立てて崩れ落ちる。

観客席から、「ええぞアルチュウ!」「オラァ!エンコ詰めぇ!」とヤジが飛ぶ。

ロジハラゴンがゴクリと唾を飲む音が響く。さらに体表がダラダラと溶け、液体に戻った小便がバシャバシャと地面に垂れる。


「これは……完全に流れが変わりましたね、博士!一体、何が起こったんでしょうか?」

ボウゲンファイターが、博士に解説を求める。

「アルチュウの暴言の内容も、ロジハラゴンの受けも、本質は変わっとらん。変わったのは空気じゃ。

アルチュウは、何も今まで無意味に打たれまくっていた訳じゃないんじゃ。

ヤツは、モンモンやら代紋やらドスやらを示すことで男を見せ、ここにおるヤクザ……ヤンチャな兄ィ達に一目置かれて応援を取り付ける『空気』を作りよったんじゃ。

──『空気』はのォ、無敵の剣にも鎧にもなる。『高コンテキストブースト』のスキルじゃ。」


──基本的に暴言というのは自分の悪意を言葉に乗せて相手に伝えて理解させる活動だ。

しかし、言葉というのは意味の伝わるチャンネルの一つでしかない。

関係性、暗黙知、立場、表情、そして場の空気。……時に、これら非言語のチャンネルの方が、言葉以上に雄弁に語る。


コンテキストとは、意味を伝える上での言語・非言語の有効度の比率だ。

非言語の有効度の割合によって、低コンテキスト・高コンテキストに分けられる。

低コンテキストの文脈では、言語チャンネルで伝わる意味は8割程にも達する。つまり、周りの空気がどうあろうと、受け手には、術者の言葉がほぼ文字通りに受け取られる。

この環境では、ロジハラゴンのような論破系が無双するだろう。


一方の高コンテキストの文脈では、言語チャンネルでは術者の意図は三分の一も伝わらない。

実に7割前後が場の空気等、非言語チャンネルでの伝達となる。ここではもはや言語など、意味を伝える媒体というよりは、相手に理解を促すトリガーでしかない。

術者の真意は、『空気を読む』ことによって伝わるのだ。


「……ええか、日本語は世界有数の高コンテキスト言語なんじゃ。

意味伝達は、7割が非言語チャンネルじゃ。

仮に言語チャンネルで伝わる悪意が3対2でロジハラゴンが優勢であっても、意味伝達の7割を支配する『空気』がアルチュウに味方した瞬間、総合的な悪意はロジハラゴン9対アルチュウ14。

……ロジハラゴンは、いくらアルチュウを論破して言葉の意味の面で圧倒しようが、この試合に勝つことはできんのじゃけェ。」

解説席からそう言うと、ボウゲン博士は湯呑を手に取り、茶を一口すすった。


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