喧嘩腰罵倒会 二回戦②
アルチュウは、ドンとステージの床に足を突く。
そこを中心に代紋魔法陣の幾何学模様をなぞるようにバチバチと電撃が走り、青い光の柱が立ち昇る。
「ワレぇ!そこでだらしのうプカプカ浮かんどる猥褻物!金玉みたいで気色悪いんじゃいテメェ、コラぁ!
ええか、そこのジジイはこないだ猥褻罪で捕まりよったんじゃ。
ここにもサツが張っとるけぇ、覚悟しとけやワレぇ!」
ロジハラゴンとの距離を詰め、侮辱系スキル『因縁を付ける』を詠唱するアルチュウ。
発せられる怒気が、まるで突風のようにまさとし君の髪の毛をワサワサと吹き上げる。
帽子を飛ばされないように手で押さえているまさとし君の顔は、アルチュウの放つ青い光に照らされている。
相手の価値を猥褻犯にまで貶めるアルチュウの技術が光る暴言と、ステージを青く染め上げるような、大迫力の電撃──それ自体は無害な視覚エフェクトだが──に、会場が沸き立つ。
「博士、ホントに捕まっておられたんですか?」
ボウゲンファイターの問いに、ボウゲン博士は顔を背ける。
アルチュウの強烈な暴言を受けたロジハラゴン。
しかし、余裕の表情で飄々と聞き流しているように見える。
ロジハラゴンは暫くその一つ目を閉じ、そしてカッと見開く。
足元に広がる幾何学模様の中心から、激しく数式のようなものを形作る緑色の光の粒子が水柱のように立ち昇り、会場であるプラズマモールの天井で銀河のように渦を巻く。
「え、その話って、なんか関係あるんすかね?
そこの御老人が捕まってたとしても、それと僕が捕まる話とどう結びつくんですかね。
で、猥褻どうこう言ってる本人が、公共の場でそんなデカい金玉ぶら下げて威嚇してる時点で、説得力ゼロなんすよ。
自分の股間の管理もできてない人が、他人の品位がどうこう言っても、普通に論理破綻してますよね?」
ロジハラゴンの詠唱する隙の無い反論に論破されたアルチュウ。
体表から溶け落ちた小便がその大きな金玉を伝って流れ落ち、ステージに水たまりを作る。
バトルステージの上では、アルチュウの稲妻とロジハラゴンの数式がぶつかり合って対消滅し、フラッシュが焚かれたようにビカビカと激しい光が観客席の奥までを照らし上げる。
トップトレーナーであるバッジ持ち同士のボウゲンバトル。
その迫力に、観客席からオーッと歓声が上がる。
「ぬゥ、やはり出たか。あれは論破系の基本戦術、『エリスティック弁証』じゃ。」
──ボウゲンバトルは、暴言と暴言のキャッチボールであり、ドッジボールだ。
言葉の表や裏に悪意を乗せ、相手にぶつける。
それを相手は上手に受け止め、さらなる殺意を乗せて撃ち返す。
そしてそれを受け止めきれなくなった方が倒れる。
しかし……この『エリスティック弁証』のスキルは、相手とのキャッチボールではない。
相手が投げた暴言を受け止める代わりに、「関係ないっすよね?」と関連性を否定する。
受けた暴言を吟味し、殺意を練る代わりに、「アンタそれ言えるんすか?」と攻撃理由を無効化する。
そして練り上げた暴言を打ち返す代わりに、「それってアンタの感想っすよね?」と議論対象から排除する。
いわば、球を投げ合う代わりに投球フォームに難癖をつけ、キャッチボールを成立させなくする、そんなスキルなのだ。
暴言の与えるダメージは、通常自分と相手の貫目の差や、迫力や威圧感のステータスなど、さまざまなパラメータによって影響を受けるが、この論破系のスキル、『エリスティック弁証』は、論理力以外のステータスをほぼ無視したダメージとなる。
つまり、相手の論理力が自分より高ければ逆に自分が論破されて手も足も出ないが、逆に自分の方が相手より論理力のステータスが高ければ、重箱の隅を突くような口撃で無双できるということだ。
要は、頭のいい方が勝つ。これが、論破系の戦いだ。
「……あのスキルは、話者の論理力によって弱い技にも強い技にもなるが……強いぞ、ロジハラゴンは。」
ボウゲン博士は、解説席で唸る。
……くっ、流石は初戦を勝ち抜いたトレーナーだ!持ち直せ、アルチュウっ!!
まさとし君は拳を握りしめ、アルチュウの戦いを見つめる。
アルチュウの額から、汗のように、溶けて液体に戻った小便が伝う。
その小便は、足元の代紋魔法陣がひときわ大きく光を放つと同時に上空に吹き上げられて霧散する。
アルチュウの身体を包み込むようにバチバチと弾ける稲妻から閃光を放ちながら、アルチュウは割れ鐘のような大音声で暴言を詠唱する。
「ほーん、ワシが股間を管理できとらんとのォ?
目ぇカッ開いてよう見さらせやドアホ!ワシの金玉にはなァ……こがぁ立派なモンモンが入っとろうがい!」
そう言い放つと、誇らしげに、全身に彫り込まれた閻魔王と地獄の光景の彫り物を見せびらかす。
自らの足元に広がる代紋魔法陣が放つ光を彫り物に当て、立体的に浮かび上がらせる。
伝説の彫師、墨鬼・洞括斎の針を借りて彫り込んだ渾身の作。
その彫り物の範囲は胸部や腹部だけでは納まらず、アルチュウの身体の中で特に大きな面積を誇る金玉にも及んでいる。
代紋魔法陣の放つ眩いばかりの青い光と、電撃による光の明滅。これがその芸術的なまでに威風堂々とした彫り物に映り込み、幻想的な威圧感を醸し出す。
「おーっ!」と、観客席から歓声が上がる。
「……ありゃ一体、どこの彫り師の先生が仕上げよったんじゃ?今度の大安の日に、ウチの若い者も墨を入れるんじゃがのォ……。」
「モンモンは男の生き様っちゅうモンを表しとるけぇの。あがぁ立派なモノを見せられちゃぁ、ワシも渡世の看板を降ろさにゃならんわい。」
観客席の紋付袴姿の男たちが、手にしていたビールを置き、ざわめく。
アルチュウの彫り物は、その貫禄と威厳で客席の空気を鷲掴みにする。
……流石はまさとし君、なんて圧力だッ!そしてアレが、噂のモンモンか。やっぱり僕も彫ってあげればよかったな……。
りく君は、ロジハラゴンの後姿を見守る。
昨日、彫刻刀を片手にロジハラゴンに刺青を彫ってあげようとしたところ、論破されて彫らせてもらえなかったことを思い出す。
……でも君は言った。『刺青なんてなくとも勝てる』って。僕は君を信じるぞ、ロジハラゴン!
りく君は、祈るように両の手を組み、ロジハラゴンを応援する。
ロジハラゴンは余裕の表情だ。
堂々としたよく通る声で、『エリスティック弁証』を詠唱する。
「え、刺青の出来の話、今してないですよね?
『股間を管理できてるかどうか』って指摘に対して、金玉に彫られた刺青持ち出すの、論点ズレてますよ。
で、刺青が立派でも、公の場でブラブラさせて威圧してる事実は消えないんで。
要するに、見た目を盛って話を逸らしただけですよね?」
相手の話の内容には反応せず、論点のズレを指摘するという、お手本のような『エリスティック弁証』の一撃。
ロジハラゴンの頭上で銀河のように渦巻く数式を構成する緑色に光る粒子が、雨のようにバトルステージ上に降り注ぎ、アルチュウの纏う稲妻と反応して会場を閃光で包み込む。
アルチュウは、「チッ」と舌打ちし、白けた顔をする。
その足元で、溶けた小便の水たまりが面積を広げてゆく。
そしてまた、アルチュウの見事な彫り物に感銘を受けていた観客席の男達からも、「チッ」という面白くなさそうな舌打ちの音が聞こえる。
「コラァ、負けんなや金玉タヌキぃ!ワシゃおどれのモンモンに惚れたんじゃけぇの!」
そして観客席からヤジが聞こえる。
「さあ、観客席も盛り上がっておりますッ!
その大迫力の彫り物に恥じず、王者の貫禄を見せつけるか、アルチュウ!
一回戦の勢いそのままに、大金星を上げるか、ロジハラゴン!
この大一番、目が離せませんッ!!」
ボウゲンファイターの熱のこもった実況をバックに、二体の小便の結晶の戦いはヒートアップしてゆく。




