喧嘩腰罵倒会 開幕戦③
ボケカシウスとロジハラゴンの戦い。侮辱系と論破系の戦いは、どちらも論理を積み上げて相手を詰ませるタイプの頭脳戦が主体だ。
ボケカシウスがロジハラゴンを侮辱し、価値を下げようとすれば、ロジハラゴンが論破し、無効化する。
ロジハラゴンがボケカシウスの粗を探して糾弾しようとすれば、ボケカシウスが前提を有耶無耶にして積みあがったロジックをひっくり返す。
一進一退の攻防から、長期戦に陥っていた。
しかし、両者の状態は対照的だ。
ボケカシウスの足元には、その消耗を表すかの如く小便のシミが広がっている。体表は溶け、ダラダラと汗のように液体に戻った小便が伝っている。
一方のロジハラゴンは、涼しい顔だ。冷静さは論破系の武器であり、それが崩れた時が敗北の時なので、内心どれだけ動揺していようと平静を装うのがこの属性の戦い方だ。
ロジハラゴンの冷静さは演じられたものかもしれないが、それでもロジハラゴンが若干優勢に見える。
──その時、試合が動いた。
「ほう、おどれ、プカプカ浮かんどるだけのフライング金玉と思うとったが、中々やるやんけ。
……手間ァ取らせてくれるのォ!」
ボケカシウスが、汗のように顔を伝う小便を拭う。
そして、二ィっと悪どい笑みを浮かべる。
……すると、ボケカシウスの身体が、青白い光に包まれていく。
代紋魔法陣から青い光の粒子が立ち昇り、繭のようにボケカシウスを包み込む。
「おぉっと!ここでボケカシウス選手の姿に異変がッ!
……博士、これは一体、何が起きているのでしょうかッ!」
ボウゲンファイターの実況に熱が入る。
「何あれ!?カッコいい!!」
「何だ?超必殺技?」
選手席が、突然の超常現象にざわめく。
「おっしゃ!確定演出か?」
「ああッ!……ワレぇ、予想屋あッ!おどれ、あの金玉みたいなヤツが安全牌言うとったよなァ?こりゃどういうことじゃい!」
観客席もまた、ステージ上の神秘的な光景にどよめく。
「……うむ、これは、『進化』じゃ。
人間の悪意というものは、人間の意思の特定の形態に過ぎぬ。……そう、意思というものは思考であり、思考は情報を動かし、加工する活動じゃ。
……ところで、ワレ、その『情報』っちゅうモンは、どこにあると思うとや?」
──万物は全て、原子に分解することが出来る。そしてその原子をさらに分解すると、陽子・電子・中性子に分解できる。
それをさらに分解すると、それは『波動』に分解できる。
これは、エネルギーそのものであり、また同時に、『情報』そのものだ。
物質界では、この『情報』は、『人間』『動物』『モノ』など、実体を持った物質として顕現しているが、物質界の影のように並立している『ゼロポイントフィールド』では、それらは実体の垣根を超えた、波動が干渉してホログラム状に縞模様を描いた、『情報の縞』として存在している。
ここには、『人間の意思』のような実体のないものも、『波動の干渉』という情報として記録されている。
ところで、今ステージ上で激闘を繰り広げているボケカシウスのようなボウゲンの正体は、小便に含まれる水中の不純物に、ゼロポイントフィールドを介して人間の悪意が反映されて共鳴し、実体化したものだ。
そう、小便の結晶は、物質界の影であるゼロポイントフィールドが、逆に物質界に影を投影した影として干渉して出来上がった、『影の影』なのだ。
その本質は『波動』であり、それはこの世界の森羅万象の影響を受けて『波動の干渉』により姿を変え得る。
「……水面に石を投げると、波が起きるじゃろ。それが、ボウゲンじゃ。
そこに風が吹いたり、もう一個石を投げて別な波を立てれば、元の波の形は変わるじゃろ。
……『進化』っちゅうのは、そういうもんじゃ。」
──分かんねぇ。何言ってんだコイツ。
観客席が静まり返る。
「とっ、とにかく、ボケカシウス選手、『厳しい戦いの中で新たな自分を見つけ、一段階強くなった』、そういうことですね、博士?」
有無を言わせぬ同調圧力をかけ、ボウゲンファイターが脱線した実況を軌道に戻す。
「……うむ、よう理解しておるのォ、ファイターや。
……ええか、アレは進化しよったら、もう『ボケカシウス』じゃない。
アイツは、『ボケカスレイヤー』になるんじゃけェ。」
ボウゲン博士が、スベったことを察し、お茶を濁す。
博士の解説が終わると、ステージ上の青い光の繭が凄まじい閃光を放つ。
全員、見ていられず目を閉じる。そして、数秒ののち、閃光がおさまる。
二階からスマホで動画を取っていた買い物客は、カメラをやられたのか、スマホをバシバシ叩いて何やら怒鳴っている。
ステージの上では、その光の繭があった部分に、一体のボウゲンが経っている。
進化を終えた、ボケカシウス改めボケカスレイヤーだ。
のっぺりとしたナマズのようだった滑らかな輪郭は刺々しいヒレに覆われ、その口元には鮫のような鋭い牙が不規則に並んでいる。
超常現象に呆気にとられ、静まり返る観客席。
ボケカスレイヤーの代紋魔法陣が稲妻と共に煌々と青い光を放ち始めると、観客たちは我に返ったようにざわめき出す。
そして、ボケカスレイヤーが侮辱系暴言の詠唱を開始する。
「テメェみたいなザコが勝てるわけないじゃろうがい!ワシはこの大会、昔から見とる古参やぞ!
ええか、テメェらケツの青いヒヨッコは、黙ってワシの言うことを聞いとればええんじゃい!!
経験値が違うんじゃボケ!!」
勝利を確信し、残忍な笑みを浮かべるボケカスレイヤー。
ドーンと、雷のような電撃がステージ全体を包み込む。
──これを待っていたとばかりに、ロジハラゴンの巨大な一つ目が爛々と輝く。
そして、代紋魔法陣から放出される緑色の光の粒子が、長大な数式のような文字列となり、上空を埋め尽くしてゆく。
「あのー、嘘つくのやめてもらっていいっすか?
『昔から見てる』って言いましたけど、この大会、今回が初めてなんですよね。
で、仮に見てたとしても、『見てた』ことと、『強い』ことの間に、因果関係、あります?」
──これは致命傷だ。進化により獲得した、ボケカスレイヤーの刺々しいヒレが脱落して床に落ちて溶け、小便に戻ってゆく。
「……ウム、早まったのォ、ボケカスレイヤー。落ち着いていけば勝てた戦いじゃった。
ボケカスレイヤーは、進化によってパワハラ系の属性を身に付けた。
アレは『経験値ポジ取りマウンティング』の戦術としては正しいが……相手は論破系。
論理の整合性チェックが甘かったのォ。」
ボウゲン博士が残念そうにつぶやく。
──マウントを取り、相手より上の立場のポジションを取れれば、パワハラ系は強力だ。
しかし、その機会は基本的に初回の一度しかなく、それに失敗した以上、パワハラ系に挽回の機会はない。
「それって、なんだろう。『長くいるだけで偉い』っていう、年功序列の幻覚ですよね?」
瀕死のボケカスレイヤーに、容赦なくロジハラゴンが致命の一言を詠唱する。
──秘奥義、『老害認定』だ。
ボケカスレイヤーは、ガクリと膝をつく。
体表がダラダラと溶けて液体の小便に戻り、バトルステージの床に小便の水たまりを広げてゆく。
その足元の代紋魔法陣の光は、今にも消え入りそうに弱まっている。
「おおっと!これは決まったぁッ!ボケカスレイヤー選手、前時代の害悪のレッテルを貼られてしまったッ!
抜け出せるかッ!」
ボウゲンファイターのカウントが入る。10、9、8……。
しかし、ボケカスレイヤーは立ち上がることが出来ない。
敗戦したボケカスレイヤーは泣きべそをかきながら、かなめ君のクーラーボックスに帰っていった。
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「りく君、これは僕の完敗だよ!
……友達とのバトルでは負けなし、ジム所も1つ攻略したところで、僕は天狗になっていたみたいだ。
君のような強敵と渡り合えて、いい経験になったよ。
……僕を倒した男として、応援してるよ。絶対、初代チャンピオンの栄光を勝ち取ってくれよ!」
敗北して尚爽やかに、かなめ君は右手を差し出す。
「本当に、光栄だよ、かなめ君!
僕のロジハラゴンがここまで追い込まれたのは初めてだ。
……ああ、勿論さ。この先の戦いで無様に負けたら君に失礼だ。
見ていてくれ、かなめ君!僕はかならず頂点に立って栄光をつかみ取り……そして『伝説のボウゲン』を手にするッ!」
勝利して尚驕らず、りく君はかなめ君の手を取り、堅く握手を結ぶ。
選手席の少年たちからは、割れんばかりの拍手が鳴り響く。
通りすがりの買い物客が、スマホを向ける。
「ガハハハッ!儲かったわい!本家への上納金、今月は厳しかったけェ、ホンマ、助かったわい!」
「オイコラぁ!予想屋ァっ!ワレ、このケジメどう付けるんじゃい!オラァッ、ここでエンコ詰めェやッ!」
観客席の大人たちもまた、少年たちの熱い戦いの余韻に浸っている。
通りすがりの買い物客が、顔をそむけて足早に通り過ぎてゆく。
「なるほどね。まさとし君の相手は、『論破系』か。
初めて対戦するタイプだね。どうだい?勝算のほどは?」
いたずらっぽい笑みを浮かべ、しげはる君がまさとし君に話しかける。
「うん、相手にとって不足はないよ。強敵だけど、負けるつもりはないさ。
……それよりしげはる君、君こそ、決勝戦まで負けるんじゃないよ!
決勝戦の相手は、君しかいないんだから!」
まさとし君もまた、いたずらっぽい笑みを浮かべてしげはる君の肩を叩く。
──喧嘩腰罵倒会。
ボウゲンバトル界の頂上決戦。
その熱い戦いは、始まったばかりだ。




