喧嘩腰罵倒会 開幕戦①
「オラァァっ!こん糞ボケがぁッ!おどりゃ脳味噌が糞でできとるんかい!?」
週末の親子連れで賑わう、プラズマモールのアトリウム。
場違いな怒声が響き渡る。
「あ〜ん、怖いよ〜!」
三歳位の女の子が泣き叫ぶ。
「見ちゃいけません!……さ、行くよ!」
そして母親はその子を抱き抱えると、小走りで走り去ってゆく。
「いいぞっ!そのまま押せッ、ボケカシウス!」
毛深い足の生えたナマズのような小便の結晶、ボケカシウスのトレーナーの男の子が声援を送る。
「ええぞコラァ!ワシゃおどれに張っとるけぇのぉ、サッサとタマぁ取ったらんかい!」
ビールを片手に観客席に座っている、スキンヘッドにサングラスの男がヤジを飛ばす。
──ボウゲンバトル界の頂上決戦、喧嘩腰罵倒会。
小便の結晶による、胆力と知力の戦いの火蓋は、切って落とされた。
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「ありがとう、お父さん。
……それじゃ、頑張ってくるね!」
走り去る父の車に手を振って見送る。
肩からクーラーボックスを下げたまさとし君は、郊外の商業施設、プラズマモールの入り口に立っている。
「よし!」
パチンと両の掌で頬を張り、気合いを入れる。
今日は、待ちに待った勝負の日、『喧嘩腰罵倒会』当日だ。
自動ドアの横に、紅白の幕が張られ、花輪が並んでいる。
『祝・喧嘩腰罵倒会開催 呂敬統会 本家』
『祝・喧嘩腰罵倒会開催 呂敬統会 岩本組』
『祝・喧嘩腰罵倒会開催 呂敬……
達筆な行書体の立て札が、それぞれの花輪に取り付けられている。
花輪の中央には、まさとし君の胸に輝くジム所バッジと同じ、トゲトゲの丸縁に暴の文字のロゴが太陽の光を反射している。
「みてー!お花きれい!」
小さな子供が指を指す。
「……はるなちゃん、ちょっと今日は別なお店にしよっか。」
顔を引き攣らせた父親が、その子の手を引いて引き返していく。
「……よし、行くぞ!」
まさとし君は自動ドアをくぐり、店内に足を踏み入れていった。
「えっと、会場は……。」
迷う要素はなかった。
アトリウムのど真ん中に、ステージが設営されている。
そして天井からは、達筆すぎて読みづらい行書体の『喧嘩腰罵倒会』の文字と共に、トゲトゲの丸縁に『暴』の文字のロゴ──暴力団呂敬統会の代紋だ──がしたためられた巨大な幕が吊るされ、ポップな内装の店内に異様なオーラを放っている。
そしてステージ前にはずらりとパイプ椅子の観客席が並べられ、そこには黒スーツや黒紋付に身を包んだ、どう見てもカタギではない人間がぎっしりと腰を下ろし、談笑している。
ステージには『喧嘩腰罵倒会・ボウゲンバトルステージ 提供:ボウゲンリーグ興業株式会社』というのぼりが建てられ、やり過ぎというくらいに目障りなLED装飾灯が点滅している。
ステージの右隣には、『ニコニコメダル販売株式会社』というのぼりの立っている屋台があり、コワモテのテキ屋の親父が店番をしている。
そしてステージの左隣には、『ジャパンエコリサイクリング株式会社』の屋台があり、パンチパーマに鉢巻きのテキ屋が店番をしながら暇そうにビールを啜っている。
「あっ、博士だ!」
紋付袴のボウゲン博士──いつ出所してきたのだろうか──の姿を見かけたまさとし君は、駆け寄ろうと半歩踏み出し、踏みとどまる。
何やら警察官と言い争っているようだ。
「ワレェ!おどれ、性懲りも無くこがぁ堂々と賭場ぁ開きよって!
今度という今度は実刑覚悟せェ!」
唾を飛ばしながらボウゲン博士を怒鳴りつける警察官。
遠巻きにスマホで動画を撮る買い物客の若者。
「あァ?おどりゃ、アヤぁつけるんも大概にせぇよコラァ!
『ボウゲンリーグ興業』は喧嘩腰罵倒会を主催するただの芸能事務所。
『ニコニコメダル販売』は、記念品のメダルが欲しい奴にメダルを売るだけ。
『ジャパンエコリサイクリング』は持続可能な社会に貢献する、メダルなんかの金属資源買取業じゃろうがい!
これのどこに博打の要素があるんか、説明できるんか?おォ?」
ボウゲン博士は一歩も引かずに警察官を怒鳴りつける。
動画を撮っていた若者のツレが、袖をひっぱり動画撮影をやめさせる。
「なっ……!
……悪知恵ばかり回しよって!
ええか、どうせ全員、お前らの筋のモンじゃろう?ナンボ小細工しても、身内じゃったら……」
喚き散らす警察官に、ボウゲン博士はスッと紙を突きつける。
「どっからどう見てもカタギじゃろうがい!
よう見さらせ、これが証拠じゃ!……こりゃアソコの店番張っとる奴らの破門状じゃい。
ここに書いておろう、『右の者は今後当家とは一切の関係がございません』とのォ。」
勝ち誇ったように、ボウゲン博士は紙をヒラヒラさせる。
「……ぐぬぬ!
ええかコラ!ちぃとでも法令違反あったら、すぐしょっ引いて行くからのォ!
覚悟せぇやコラァ!」
捨て台詞を吐いて、警察官は去ってゆく。
「ガハハハ、おととい来やがれバカタレがぁッ!」
高笑いする博士に、まさとし君は駆け寄る。
「おはようございます、博士。今日はよろしくお願いします。」
「おォ、まさとしィ!来ると思っとったでワレぇ!
目ェかけとるけぇのォ、一発カマして来いや!
……ささっ、向こうが受け付けじゃ。しげはるもおるけェ、二人とも頑張れや!」
博士の指差す先には、折りたたみ机があり、受け付けの札がかけられている。
片目に眼帯を嵌めた、頬に傷のある角刈りの男が、パンチパーマの黒紋付の男の応対をしている。
「旦那ァ。今日は一山当てに……じゃなかった、観戦ですかい?」
「オウ、兄弟。精が出るのォ。……そうじゃ。一山張らせてもらおやないかい。」
「いや〜、今日はワシゃ破門って扱いになっとりますけぇ、その呼び方はやめてつかぁさいや。
……ほな、テラ銭……じゃなかった、『ご祝儀』をこちらに……。」
受付の眼帯男が指差す先には三宝が立てられており、山のようなご祝儀の封筒が積まれている。
パンチパーマは懐から熨斗のついた封筒を出すと、三宝に乗せる。
「ほな、楽しんで行ってつかぁさいや!」
眼帯男に見送られながら、パンチパーマは『ニコニコメダル販売』の屋台に向かっていった。
受付の眼帯男がパンチパーマを見送ると、まさとし君の順番だ。
「らっしゃい、坊ちゃん。エントリーですかいや?」
眼帯男は愛想良くまさとしくんに話しかける。
「はい!よろしくお願いします!」
まさとし君は、元気よく挨拶をする。
「そいじゃぁ、挑戦料の400円、頂戴しますで。
……はい、出場トレーナーバッジをどうぞ。」
挑戦料を支払ったまさとし君に、特別カラーの代紋……ジム所バッジが渡される。
喧嘩腰罵倒会出場者専用の、限定品のレアものだ。
「じゃぁ、坊ちゃん。頑張ってつかぁさいや。」
エントリーを終えたまさとし君は、出場者席に向かう。
パイプ椅子が一塊に並べられた出場者エリアには、ひと足先にしげはる君が座っていた。
「おはよう、まさとし君!
……いよいよだね、喧嘩腰罵倒会。
アルチュウ達の調子はどう?」
肩からクーラーボックスをぶら下げたしげはる君が、まさとし君に挨拶をする。
「あっ、おはよう、しげはる君!
うん、絶好調だよ!……バトル、楽しみだね!」
親友にして最高のライバルであるしげはる君に、まさとし君も挨拶をする。
「この戦いが終わるまで、僕たちは敵同士だ。
……楽しみにしてるよ、まさとし君!」
「望むところだよ、しげはる君!
決勝戦では僕と勝負するんだから、それまでは負けちゃダメだよ!」
そしてまさとし君はしげはる君と隣同士に座り、お互いの肩を叩き合った。




