脅迫系のボウゲン②
アルチュウとイテマウドンのボウゲンバトルはまだ続いている。
二匹とも、一歩も引かずに罵詈雑言を並べ立てている。
「ンだとコラぁ!もう一遍言うてみィ!ブチ殺すぞワレェ!」
脅迫系らしいイテマウドンの一撃。赤い光の粒子が立ち昇り、周囲で炎のように爆ぜる。
爆炎がイテマウドンの透き通った身体を照らし出し、その迫力の三段腹を際立たせる。
アルチュウのメンタルに直接的な大ダメージが叩き込まれる。
「ほう、あれは脅迫系の王道スキル、『殺害予告』じゃ。
自分の生命を守ることは、生き物の遺伝子に刻まれた本能じゃ。『殺害予告』は、そこを突く。
技の難度は高くないが、威力は安定して大きい。脅迫系の戦いは、この『殺害予告』を軸に組み立てていくのが定石じゃ。」
大木翁は、解説を述べる。
……凄い、これがボウゲンバトルかッ!
初めて挑むボウゲンバトル。目の前に繰り広げられる激闘に、まさとし君は心を躍らせる。
……負けるな、アルチュウ!君の実力を見せてくれッ!
まさとし君は力を込めて拳を握りしめる。
『殺害予告』を受けたアルチュウは、一瞬ひるんで見えた。
バトル開始時にはキンキンに冷えて霜が降りていたアルチュウの身体の表面が少し溶け、元の液体の小便に戻っている。
しかし、それも束の間。
今度はアルチュウの足元の代紋魔法陣が青い輝きを増し、光の筋を立ち昇らせる。
バチバチと稲妻が走り、あたりの空気がピリつく。
「もう一遍言うてやらな分からんのかい、この境界知能がァ!ほなアホでもわかるようにゆっくり言うたるわい!
『メ・タ・ボ・や・ろ・う』、ワシはこう言うたんじゃボケェ!」
侮辱系の面目躍如たるアルチュウの暴言!
脅迫系が豪速球で相手メンタルを直接叩く物理攻撃なら、侮辱系は差し詰め変化球を叩き込む特殊攻撃だ。
アルチュウの周囲でバチバチと爆ぜていた稲妻が一つにまとまり、ドーンと雷鳴が鳴る。
「アルチュウも負けてはおらんのォ。
あれは、侮辱系の王道スキル、『知能ディス』じゃ。
……人間は知性により自然界の王者になった。高度な知性は、人間だけが持つ、人間のアイデンティティじゃ。
それを侮辱することは、即ち人間の尊厳を貶めるということ。
更にアルチュウは、『体型いじり』のスキルも複合させておる。……上手いな、アルチュウは。」
腕を組んで解説する大木翁。
その目の前で、尊厳を打ち砕かれたイテマウドンがこめかみに青筋を立ててギシギシと歯ぎしりしている。
体表が一気に溶けて教室の床に垂れ、小便のシミを作る。
「な、な、何じゃとこのタコぉ!」
激昂したイテマウドンは、足元の代紋魔法陣を発光させる。
その右手に赤い光の粒子が集まり、カッと光ったかと思うと氷結し、金属バットのような氷の結晶が生成される。
「これでドタマかち割ったるわ!覚悟せぇ!」
凶器を突き付けられたアルチュウは一瞬固まって見える。
顔は引きつり、ダラダラと汗のように液体に戻った小便がアルチュウの身体を伝う。
教室の床には、小便の水たまりが出来ている。
「あのー、お爺さん、アレって武器ですよね?
……いいんですか、アレ?」
まさとし君は大木翁に質問する。
大木翁は先ほど言った。これは暴言をぶつけ合う戦いであると。
つまりこれは非暴力を貫く、スポーツマンシップあふれる平和なバトルホビーであるとまさとし君は理解していた。
武器を手にしての暴力は、スポーツマンシップに欠ける反則行為に思えてならなかった。
「いんやぁ、別にええぞ?『手ぇ出さん』限りはな。
道具を『見せる』カマシはルール上何の問題も無い。
それを実際に使って相手のボウゲンに物理攻撃を加えた場合は、即失格となる。
じゃけんど、見せつけるだけなら、ドスでも、チャカでも、空母でも、何を持ってきても問題にはならんぞ?
──それが、脅迫系のスキル『抑止力』っちゅうヤツじゃけぇの。」
当たり前のことじゃろうといった風に、大木翁はフンフンと頷きながら解説する。
しかし、次の瞬間……。
「ワレェェッ!!死にさらせボケェっ!!!」
イテマウドンはアルチュウの頭に金属バットをクリーンヒットさせる。
アルチュウは吹き飛ばされて壁にぶち当たり、フラフラとよろめくと、そこにぶっ倒れた。
大木翁は、唖然と口を開く。
しげはる君は、自分のボウゲンの暴挙に衝撃を受け、目を覆う。
周りを取り囲んでヤジを飛ばしていた男子達は、その場に固まり静まり返る。
「あ、アルチュウ!?」
まさとし君が駆け寄ろうとしたところで、大木翁の割れ鐘のような声が響く。
「そこまでッ!勝者、アルチュウ!」
ひん曲がったバットの結晶を手に持ったイテマウドンは、やば……やってもうた、という顔でオロオロしている。
「ボウゲンバトルは非暴力がモットーの紳士のバトルホビーである。
よって、イテマウドンは、暴力行為により反則負けとする!」
厳かに、大木翁が宣言する。
その瞬間、クラスメートがわーっ!と歓声をあげた。
……そこに、サスマタをかまえた教頭と、拳銃をかまえた警察署の暴対課の刑事が教室に雪崩れ込んできた。
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「放さんかいコラァ!ワシはただ孫の顔を見にきただけじゃろうがい!」
手錠をかけられ、刑事にひったてられた大木翁が呪詛の言葉を振り撒いている。
「黙らんかいワレェ!その成りでンな戯言、誰が信じるかい!おどりゃ、どこの組の者じゃい!」
暴対課の強面の刑事も負けじと暴言を撒き散らす。
「……のぉ、まさとしィ。こりゃ、どっちがヤクザかよう分からんのォ。」
先ほどあれだけの耳を塞ぎたくなるような暴言を吐いていたアルチュウが、大人たちの剣幕にドン引きしている。
「しげはるゥ!まさとしィ!ワシは無実じゃけえ、三日もすりゃ不起訴で出てくるでな。
またバトル見せてくれや!」
パトカーにぶち込まれた大木翁が最後に叫ぶ。
「アホかテメェは!立派な不法侵入じゃボケェ!」
そしてその声は暴対課の刑事の怒鳴り声にかき消される。
その日は授業どころではなくなり、全員早退となったのち保護者会が開かれた。
一ヶ月後……
「ワレェ!おどれ、コンクリ詰めて沈めたろかいこのチンピラぁ!」
「っだとコラぁ!テメェ、やれるもんならやってみやがれ三下がぁ!」
「コラぁ!一遍小便でテメェのツラぁ洗って出直して来んかいこのボンクラがぁっ!」
教室は、暴言に包まれていた。
「あちゃーっ、負けちゃった。……次は負けないぞ!」
「ナイスファイト!またやろうな!」
「やったーッ!五回目にしてやっと勝てた!あー、嬉しいな。」
そして肩からクーラーボックスを下げた男子達が、片や勝利の喜びを噛み締め、片や次戦でのリベンジを誓い、だが共通して爽やかにお互いのフェアプレーを讃えあい、再戦を誓いあっていた。
「……シクシク……。はいみなさん、次は算数ですよ。」
琴羽刈先生は何故か泣いている。
ボウゲンバトルがブームになったときは、烈火の如く怒り、皆に説教し、やめさせようとしていたが、無駄だった。
キリスト教。共産主義。公民権運動。大衆に起こった動きを当局が締め付けるほどに、その炎はより強く、そして激しく燃え広がることは、歴史が証明している。
ボウゲントレーナーは学校側が締め付けを強めるほどに増え続け、統制が効かなくなっていた。
琴羽刈先生は、ボウゲンバトル禁止を諦めた。
「おぉ、また来たか、ガキども。またヤクザ映画見てくか?」
大木翁は結局不起訴処分となり、しげはる君の家に帰ってきた。
今日も新しい暴言を求め、学校帰りの子供達がしげはる君の家に遊びに来る。
今では大木翁は子供達から『ボウゲン博士』と呼ばれている。
そして……
ボウゲンバトルブームはまさとし君の学校だけではおさまらなかった。
いまやそのブームは県下一帯に広がり始めた。




