イレズミドレスアップチューン②
「なるほどのぉ。……で、ここに来たっちゅうことかいな?」
暴力団草野組事務所。まさとし君と、膝の上にちょこんとイテマウドンをのせたしげはる君が、ボウゲン博士と向き合って仕立ての良い革張りのソファに座っている。
先日の逮捕劇から一週間、人権派弁護士の籾芥子先生の尽力で、博士はスピード出所してきたようだ。
「……いやいや、プラズマモールさんや。ワシら反社やあらへんがな。
ボウゲンリーグ興業っちゅう……アッ、コラ、切るんじゃねぇ!」
背後では若衆が、ボウゲンバトル大会『喧嘩腰罵倒会』の準備に奔走している。
「そうなんだよ、助けてよ、おじいちゃん。
図工の先生にも、『刺青の彫り方なんて教えるわけないでしょ!』って怒られちゃって……。」
しげはる君は、先ほど彫刻刀で彫ろうとして失敗して、モグラのようになったイテマウドンの腹の彫り物をさする。
イテマウドンは鬱陶しそうにしげはる君の指を払いのける。
「おぅ、坊ちゃん!また来たんかい。
ゆっくりしてけや。
……オーイ、御客人が見えたら飲みもんでも出してやらんかい!」
草野組長も無事に出所してきている。部屋住みに指示を飛ばし、まさとし君としげはる君にジュースを持って来させる。
「ほぉ〜ん、坊ちゃん、モンモンに興味があるんかい?
モンモンはええぞ。ありゃ入れてみにゃぁ、その良さが分からん。覚悟の決まった男の証っちゅうやっちゃ。
……どうじゃ、坊ちゃんも……」
ボウゲン博士は草野組長の頭を引っ叩く。
「バカタレ!ワシの孫に何をアホな事そそのかしとるんじゃい!」
一喝するボウゲン博士に、草野組長は口を尖らせる。
「いんや〜、兄貴ィ。モンモンならアンタも立派なモンを入れとろうがい。
……なぁ、坊ちゃん。ちぃと見せちゃろうか?」
そう言うと、草野組長はスルリと着物を脱ぎ、褌一丁になる。
この世の怨念を凝縮して怨嗟の念をふりまくような、般若の見事な彫り物がまさとし君達を睨みつける。
まさとし君としげはる君はポカンと口を開け、組長の刺青を凝視する。
イテマウドンは、自分の腹の失敗作と草野組長の彫り物を見比べ、悶絶する。
「全く、そがぁ筋の通った立派なモンを見せられちゃ、ワシも見せんわけにはいかんのぉ。
どりゃ、ガキども。目ぇカッ開いてよう見さらせ!」
ボウゲン博士も、褌一丁になり見事な彫り物をさらす。
竹林から飛び出し、咆哮をあげる虎がまさとし君達を威嚇する。
まさとし君としげはる君は、おぉ……とため息を漏らす。
イテマウドンは羞恥に耐えられず、頭を甲羅に引っ込める。
傍から見たらソファに腰掛ける小学生二人の前で、だいぶいい年のヤクザ二人が褌一丁で刺青を晒しながらポージングをキメている異様な光景だ。
「……ところで、僕ら、今日何しに来たんだっけ?」
まさとし君が我に返って聞く。そしてその言葉に、全員我に返る。
気まずい沈黙ののち、ヤクザ二人はバツが悪そうに着物に袖を通す。
「……あの、リーダー。あんな模様が僕のボウゲンに入ってたらすごくカッコいいなと思うんですが、アレ、どうやって入れたんですか?」
しげはる君は、草野組長に質問する。
「あぁ、それはのォ……。先生、ちぃと子供らが挨拶しますけぇ、よろしくお願いしまっさ。」
帯を締めこんでいる草野組長は、事務所の奥に声をかける。
「親分さん、呼ばれましたかな。」
事務所の奥の扉がスゥっと開き、そこからボサボサの白髪頭をワサワサと揺らしながら、黒い作務衣姿の老人がゆっくりと歩いてくる。
「挨拶せェ、しげはるゥ、まさとしィ。
彫師の、墨鬼・洞括斎先生じゃ。」
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薄暗い奥部屋には畳の上に布団が敷かれ、その上に褌一丁になった若い衆がうつぶせに寝転がっている。
その顔は苦痛に歪み、額には玉のような汗が浮いている。
洞括斎は、口に焼酎を含み、若衆の背中にブーッと吹きかける。
すると、顔からㇲッと表情が消え、職人の顔つきになる。
針を手に取り、持ち上げる。
あたりの空気が乾燥し、ピリピリとした緊張感が漂う。
まだ筋彫りの段階ではあるが、うつ伏せに横たわる若衆の背には、怒涛の滝を遡る、力強い鯉の意匠が描かれている。
墨鬼・洞括斎の作であることが一目でわかる、今にも動き出しそうな活力に溢れた、芸術的な彫り物だ。
洞括斎の針が、若衆の背中の下絵をなぞる。
その針が皮膚に入るたび、若衆の眼がカッと見開かれ、額に汗が浮かぶ。
「オぅ、ナオキ。ワレぇ、情け無ぇツラぁ晒すんやないど。
この程度の痛みに一々この世の終わりみてぇなツラしとったら、エンコ詰める時どうするんじゃい。
……今日はおどれがカタギの世界と縁を切って、コッチの渡世張る肚ぁ決めよった、目出度い日やないかい。もっとええツラぁせんかいや。立派な男になるんじゃろがい!」
草野組長が、布団の上でフウフウ言っている若衆を励ます。
迫力ある意匠に心を躍らせていたまさとし君としげはる君ではあったが、洞括斎先生の針が若衆の背中の皮膚の下に潜る様子を見て、背筋を震わせる。
「うっわ、痛そ……。」
しげはる君は、ドン引きして呟く。
「……昼間にワシの腹を彫刻刀で彫っておった奴の言葉とは思えんで、マスター。」
イテマウドンは恨めしそうにしげはる君を睨みつける。
「ほぉ~ん……ほう。」
いつの間にかクーラーボックスから這い出てきたアルチュウは、先日自分で入れた閻魔王の彫り物と、布団の上でフウフウ言っている若衆の彫り物を見比べ、物足りなそうにしている。
そしてじっと洞括斎の手先を見つめる。
「さて……。よう我慢なすった。今日はここまでじゃ。」
洞括斎先生は、作務衣の袖で汗を拭う。
「ありがとうございます、先生。ほぉんに、ウチの若い衆を立派な男にしていただいて。
……オーイ、先生が一仕事終えられたぞ。酒の一杯も出してやらんかい!」
草野組長は部屋住みを呼び、洞括斎へのもてなしの酒を用意させる。
「あの……洞括斎先生?」
しげはる君は、恐る恐る声をかける。
「はて、どうされた、坊ちゃん。」
洞括斎先生は柔和に応答する。
「あのー、先生の彫る模様、すっごくカッコいいなって思って。
僕のイテマウドンにも、カッコいいドラゴン、彫ってもらえますか?」
イテマウドンは「はごっ!」と変な声を出す。
洞括斎先生は、困ったように苦笑する。
「ホッホッ、ワシの墨を褒めてくれるのは有難いがのォ。
こちとら、遊びでやっとるわけではなくてな。
……さっきのお客と同じのを入れるとしたら、200万円、ってところかいのぉ。」
「……!!
……そんなに……。そっかぁ、そんなおカネ、僕にはとっても払えないや。」
しげはる君は、しょんぼりした表情でイテマウドンを見つめる。
イテマウドンは、胸を撫で下ろして安堵の息を吐く。
「あ~、痛ってェ、痛ってェ!
やっぱ飲まにゃやってられんわい!」
アルチュウの声に全員が振り向く。
……何と、アルチュウは、徳利を喇叭飲みして痛みを誤魔化しながら、勝手に洞括斎先生の針を手に取り、先日自分で彫った閻魔王の彫り物に手を加えている。
「おー、こりゃええ道具じゃのォ!」
そう言いながら、閻魔王の周りに地獄の情景が彫り足されてゆく。
手を休め、徳利を手に取る。ゴクリと、アルチュウの喉が鳴る。
すると、痛みと禁断症状からプルプル震えていたアルチュウ手の震えが止まる。
スゥっと、アルチュウの顔から表情が消え、悟りを開いたかのようなオーラを発し始める。
そして黙々と手を動かし、胴回りに閻魔王の裁きを受ける亡者のおどろおどろしい姿が彫りこまれてゆく。
腹回りにはびっしりと彫り物が入り、遂に墨を入れる場所が無くなる。
しかし、アルチュウの手は止まらない。
そこで唯一残った空白地帯──自分の金玉に針を刺していく。
「なッ!コラァ、何を勝手に……うん?」
道具は職人の命であり、それを勝手に振れる事はその職人を激昂させる行為だ。
洞括斎も多分に漏れず、アルチュウの暴挙に顔を真っ赤にして立ち上がったところではあるが……同時に、本物の仕事を目にした際、敬意と称賛を以て相対するのもまた職人の性だ。
アルチュウの金玉に彫り込まれる、この世への未練を凝縮させたような亡者の姿は、職人・洞括斎の眼を釘付けにする程度には、訴えかけるものがあった。
「なァ、小っこいの。
……見せてくれや。おどれが、他に何を彫れるんか。」
アルチュウの金玉をじっと見つめる洞括斎が、真剣な顔で口を開いた。




