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水からの暴言  作者: 叡愛禅師
ボウゲンジム所攻略③
34/54

狂気系のボウゲン⑤

「待ってください、博士!」

まさとし君の声が響く。

全員、まさとし君に注目する。


「最後のイカレヴィシャスの攻撃、ルール違反じゃないですか?」

「ホゥ、それはなぜじゃ、まさとしィ。相手に直接危害を加えず、カマシを入れるだけなら、凶器を使った脅迫は禁止されておらんぞ?何がアカンのか、説明してみぃ。」

ボウゲン博士は試すようにまさとし君と目を合わせる。


「確かに、イカレヴィシャスはバイショックスに直接手を出していません。

……でも、あんなにガラスを撒いたら、間違って踏んづけちゃう!

これって、ルール違反の物理攻撃スレスレじゃないですか?」

まさとし君は、勇気を出して指摘する。


「なるほどのォ、そこに気づいたか、まさとしィ。

……今のおどれの発言、実は『狂気系』のボウゲンへの正当な対処法……『ルールで縛る』口撃じゃ。」


──こちらの論理を受け付けず、逆に理解不能な論理で恐怖に陥れてくる狂気系。

一見、攻略不可能な無敵のボウゲンに見えるが、いくつか対処法はある。

その一つが、個人間の喧嘩という枠を超えた、上位のルールで縛り付けてやることだ。

いかに狂気系と言えど、個人の枠組みを超えた上位の論理に抗うことはできず、ルールからの逸脱は上位の力で排除する大義名分を与えることとなる。


「……しかし、トレーナーによる直接口撃もまた、ルール違反じゃ。

残念じゃったのぉ、まさとしィ。おどれの指摘はスジが通っとるが、それでひっくり返す訳には……」


「そうじゃ兄貴ィ、今回はワシが勝ったんじゃけぇ、さっきの兄貴の勝ち分のゼニ、ワシに返してくれや。

一勝一敗じゃけぇ、お相子じゃろうて?」

草野組長の言葉で、ボウゲン博士の額に冷たい汗が流れる。


「……トレーナーの力でひっくり返すことはできんが、おどれもボウゲンを出して、草野の兄弟をブチのめしちゃれば、筋も通るのぉ。

ワレ、まさとしィ!早うアルチュウを出さんかい!そんで、あの外道をぶっ倒してやらんかい!」

ボウゲン博士は、手のひらを返してまさとし君を鼓舞する。


「……ありがとう、博士!じゃあはい、挑戦料の400円!

じゃ、しげはる君、見ててね!」

まさとし君は、挑戦料の400円を払うと、クーラーボックスの蓋をギィっと開ける。

中から、白い冷気が立ち上る

「──よし、行ってこい、アルチュウ!」

そして箱の中から、ノソノソと筋肉質な設樂焼きの狸のようなボウゲンが現れる。

金玉がやたらと大きく、腰にはブラブラと徳利をぶら下げている。


「何じゃいワレェ……オウ、そこにおるんは犯罪者のジジィやないかい!

一丁前に娑婆の空気吸いよって……何ィ?あそこにおる小汚ねぇ四つ足の畜生に、絶対勝ってこいだぁ?

そがぁ面倒くさぁ事さして、ワシに一体何の得があるんじゃい?」

ボウゲン博士はアルチュウに耳打ちし、手を合わせて拝むような格好をしている。


話を聞き終わったアルチュウは、足元の代紋魔法陣から青い光を立ち昇らせ、バチバチと稲妻を身に纏う。

「……まぁ、そこまで頭下げられちゃったら、ワシも一肌脱いでやらん事もないがのォ。

──ワレぇコラ!

おどれがそこでふんぞり返っておると、そこの年金暮らしのジジィがヤクザにゼニを強請られるそうなんじゃけぇ、ワシゃ鉄砲玉に飛ばされたんじゃい!

張ッ倒してやるけぇ、覚悟せぇやボケェ!」


イカレヴィシャスに躙り寄るアルチュウの言葉に、全員、ボウゲン博士の方を向き、軽蔑の眼差しを向ける。

ボウゲン博士は、プイと顔を背けると、バツが悪そうに言う。

「……レディー・ファイトなんじゃけぇ!」


****************************************************

イカレヴィシャスは、アルチュウに負けじと啖呵を切る。

「あァ?テメェにタマぁ取られるまでもねぇわい!

ワシらみてぇなヤクザもん、人生は太く短く。そういうもんじゃろがい!」

そう言うとイカレヴィシャスは先ほどのガラス片を取り出し、再び自分の胸にあてがう。

……理解不能な行動で相手を恐怖に陥れる狂気系スキル、『墨を彫る』だ。

一画、また一画とガラス片を水からの胸に這わせる。そのたびに、生き物のように代紋魔法陣からドス黒い炎が這い出し、イカレヴィシャスの腕に絡みつく。


「どうじゃいワレぇ!ワシのタマぁ取りに来た言うことは、おどれもタマぁ取られる覚悟はでき取るんじゃろうのォ!おォ?」

先ほどの『喧嘩上等』の彫り物の下に、『不惜身命』の文字を彫り込んだイカレヴィシャスが、怒鳴り声を飛ばしてアルチュウを威嚇する。


アルチュウは、固まって見える。

じっと、イカレヴィシャスの彫り物を見つめ、動けないでいるようだ。


「くっ、やっぱり強い!こんなの、どうやって倒せばいいんだ!

……アルチュウ、負けるなッ!相手のペースに呑まれるなッ!」

まさとし君は、声を枯らしてアルチュウを応援する。


「ワレぇ!アルチュウ!負けたら承知せんぞコラァ!

あがぁ舐め腐った目で見られて、恥ずかしぅないんかッ!

肘でもええから目に入れんかい!」

ボウゲン博士の応援にも熱が入る。


「……お、おじいちゃん……?」

しげはる君は、これまでの試合では見たことがない、ボウゲン博士の熱量にドン引きしている。


「……ほ~ん、何じゃいワレ。

こがぁ便所の落書きみたぁモンモン、流行っとるんかいな?ええ趣味しよるのォ、ワレぇ。」

沈黙を続けていたアルチュウが、口を開く。

そして、足元に落ちていたガラス片を拾う。

「……ほな、ワシもいっちょ、墨ィ入れてやろうやないかい。」

そう言うとアルチュウは、自らの腹にガラス片をあてがう。

それと同期するように、アルチュウの代紋魔法陣が……ドス黒い闇を吐き出し始める。


イカレヴィシャスは、呆気にとられながらその様子を見ている。

「あ~、痛ってェのぉ。

……こりゃ、飲まにゃやってられんわい。」

そう言うと、アルチュウは腰に下げていた徳利を手に取ると、口を付けて喇叭飲みをする。

一口、二口と喉を鳴らしたところで、アルチュウの手の震えがスッと止まる。

ゲェェップ……と盛大なゲップの後、再び、黙々と彫り始める。

……みるみるうちに、アルチュウの腹には立派な閻魔王の姿が彫りあがる。

「どうじゃい。ワシのモンモンの方が、そがぁ便所の落書きよか、貫目ッちゅうもんが、よう出とろうがい!」

アルチュウは、得意げに胸を張り、彫りあがったばかりの刺青を見せびらかす。

足元の代紋魔法陣の放つ光に照らされた閻魔王は、その妖しさを際立たせ、今にも動き出さんばかりの迫力あるオーラを放っている。


「す、すごいぞアルチュウ!……って、何やってんの!?

……もういいや、何でもいいから、負けるな!」

まさとし君はアルチュウの奇行についていけていないが、ヤケクソで声援を送る。

「………。クソッタレめ。」

自らの敗北を悟ったイカレヴィシャスは、羨ましそうに、アルチュウの見事な彫り物に見とれている。

「ふむ……小便の割には、なかなかどうして、やりよるわい。」

いつの間にか上着を脱いで自分の刺青を晒している草野組長は、アルチュウの彫り物と自分の彫り物を見比べている。少し、悔しそうだ。


「ほう、流石はアルチュウ。やりよるのォ。」

自分の勝ち分がかかっているアルチュウが優勢なのを見て、ボウゲン博士は落ち着きを取り戻して解説を始める。

まさとし君としげはる君は、何とも言えない視線でボウゲン博士を見る。


ボウゲン博士はプイと目を逸らし、解説を続ける。

「……狂気系のもう一つの攻略法、それは……こちらも、狂気を以て臨む。

これしか、ないんじゃけェ。」


──狂気系の暴言の源泉は、複素数の知性だ。ここに常人の持つ、実数の知性を以て向き合ったところで、その虚数成分から来る狂気を消し去ることはできないし、理解することもできないのは前に述べたとおりだ。


これと正面から向き合うには、相手よりさらに大きな狂気で呑み込む。

狂気には、狂気を以て対応するしかないのである。


「……ってことは、アルチュウ、君は……?」

まさとし君の視線から涼しい顔で顔を逸らすと、アルチュウはイカレヴィシャスに向き直り、トドメの一言を放つ。

足元の代紋魔法陣から、ドス黒い炎のような闇が立ち昇る。


「で、何じゃったかいのぉ。『覚悟』とか言うとったかいのぉ。おォ、コラ?

偉そうな事を抜かしとる割に、おどれの『覚悟』っちゅうのは大した事ないのォ。

……おどれも極道張りよるんなら、筋の通ったモンモンくらい、キチっと入れちゃらんかい、このカタギ崩れがぁッ!!!」

彫り物の影響で口撃力の大きく上がったアルチュウの一喝。

イカレヴィシャスはひとたまりもなく沈み、泣きべそをかきながら冷凍庫に帰っていった。


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