狂気系のボウゲン②
「あれっ?まさとし君!新しいボウゲンを連れてるね。」
イテマウドンをクーラーボックスから出したしげはる君。先日まさとし君のパーティーに加わった、ヨロシオスに興味津々だ。
「ふっふっふっ……。このはんなりした暴言、『ヨロシオス』は、今までのボウゲンとは一味違うよ?
仲間にする時、アルチュウもだいぶ苦戦したからね。」
──ボウゲンバトルは、少年ホビーだ。
男子小学生の心をガッチリ掴む要素として、バトルの面白さだけではなく、コレクション性という要素もある。
このように少年たちは、激しいボウゲンバトルの裏でレアボウゲンを見せ合い、静かなコンプ合戦を同時並行で行うのだ。
「そういうしげはる君も、何か新しいボウゲン、持ってるんでしょ?」
しげはる君はまさとし君と並ぶ、トップトレーナーだ。
イテマウドンとオラァッタ意外何もないわけがない。
「ふっふっふっ……草野リーダーとの戦いの時に見せてあげるよ。」
「アッ、ズルい!
……まぁでも、草野リーダーと戦うのは僕だけど、バトルの後でちゃんと見せてね。
じゃぁ……レディー、ファイト!」
ボウゲンバトルの火蓋は切って落とされた。
まず動いたのは、イテマウドンだ。百戦錬磨のボウゲンだけに、貫目が高く勢いのパラメータが高い。
ヨロシオスににじり寄ると、額をピッタリとくっつけてドスの効いた声で恫喝する。
「ワレェ、どこに目ぇ付けとんのじゃい!
舐め腐った目ぇさらしよって、喧嘩売っとんのなら買うたるで?おォ?」
イテマウドンの周囲に爆炎が立ち昇り、二体のボウゲンの姿を赤々と照らし出す。
脅迫系の先制攻撃、『因縁を付ける』だ。
発せられる言葉そのものに意味はない。
しかし、その勢いと声量がキモであるこのスキルの口撃力は、言葉の意味には依存しない。
ヨロシオスの額を、溶けた小便が伝う。
「いんや〜、こらスンマセンなぁ。
あんたさん、あんまりに立派な腹ぁしとりますさかいに、ついうっかり見惚れとったんですわ。
いや〜、こんなつまらんモノをジロジロ見てしもうて、恥ずかしい限りですわ。」
体勢を立て直したヨロシオスが、反撃に出る。
代紋魔法陣が煌々と輝き、白い光の粒子が立ち昇って蛍のように空中を浮遊する。
相手の言葉に乗っかり、自分を下げる表面上の意味の言葉で飾りつつ、その裏に地の底まで相手を下げる意味を仕込んだ、悪意の塊。
数秒の沈黙ののち、裏の悪意を理解したイテマウドンの額にビキビキと青筋が浮き上がる。
白い光の粒子が一斉にフラッシュのように発光し、イテマウドンの姿を霞ませる。
そのの足元に、バシャバシャと溶けた身体から滴り落ちた、小便の水たまりが出来上がる。
「しげはるもまさとしもトップトレーナーじゃけぇのぉ。
どうじゃい兄弟、小便とは思えんくらいに口が回るじゃろう。」
ソファに腰を下ろし、部屋住みから水割りを受け取りながらボウゲン博士が口をひらく。
「こりゃ大したもんじゃのぉ、兄貴ィ。
……こりゃぁ、ウチの若い衆とも張り合えるくらいに弁が立つのぉ。」
草野組長は、感心しながら、水割りのグラスを傾ける。
「そいでのぉ、兄弟。……この戦い、どう転ぶと思うや?」
グラスを置き、ボウゲン博士が仰々しいクロコ革の財布を出す。
「おぅ、やるか、兄貴ィ!……そうじゃのぉ、見たところあの薄汚ねぇ野良猫みてぇなヤツ、頭がキレそうじゃけぇのぉ。
……どら、アイツに一本、張ったろうかい。」
草野組長もまたテカテカと照明を反射するクロコ革の財布を出し、一万円札を数枚、場に出す。
「ほう、ぶっ込みよったのぉ。……ほなワシは、しげはるのイテマウドンにいっちょ、張ったろうかい。」
ボウゲン博士も、同じ枚数を長机に乗せる。
「これで面白くなってきたのぉ。……はて、どう転ぶかいな。」
賭博を始めたダメ親父達を背に、ヨロシオスとイテマウドンの戦いは激しさを増してゆく。
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「くっ……さすがまさとし君。……なんて強さだ。」
百戦錬磨の暴言のイテマウドンが、目に見えて苦戦しているようだ。しげはる君の額に、汗が流れる。
「………。」
イテマウドンは、険しい顔で一言も返せずにいる。
身体の表面がだいぶ溶けている。
足元の小便の水たまりはだいぶ大きくなり、代紋魔法陣の発光も弱々しい。
「よし、相手が弱っている!畳み掛けろ、ヨロシオス!」
まさとし君が声援を送る。
「いや〜、さっきから黙りくさって、どうなさったんで?
腹の具合でも悪いんで?……もしもーし?」
ヨロシオスがイテマウドンの前をぴょこぴょこ跳ねてウザ絡みする。
……しかし、イテマウドンの反応はない。
「…悪りぃな兄貴。こりゃ勝負あったようじゃのぉ。」
ホクホク顔の草野組長が長机の上の掛け金に手を伸ばす。
「待たんかい、兄弟。まだ勝負は着いとらんがな。……イテマウドンの沈黙は、戦略的なモンなんじゃけぇ。
その証拠に見てみぃ、ヨロシオスの暴言にキレがなくなっておろう。」
イテマウドンに賭けているボウゲン博士は、余裕の表情だ。
そしてボウゲン博士の見立ては正しい。
──皮肉系のボウゲンは、相手の発言の揚げ足をとるのが定石となる。
相手からの入力がなければ、当然その返しは表面的なものとなる。
……そう、イテマウドンはただ言葉に詰まって沈黙しているのではない。また、消極的に相手の口撃から身を守っているだけでもない。
これは無視系のタメ技、『黙って言わせとく』の構えだ。
イテマウドンの周りに、火の粉のような赤い光の粒子が漂い始める。そして、その数はどんどんと増えてゆく。
「……お気の毒ですなぁ。腹の調子があかんようでしたら、ワシの兄貴に医者の心得がありますんで、兄貴の小便でも……」
ヨロシオスが次のターンの挑発の言葉を口にしかけたところで、イテマウドンの目がカッと見開かれる。
そしてその姿がぬらりと揺れたかと思うと──一瞬のうちにヨロシオスの目の前に間合いをつめる。
額をピッタリとくっつけ、鬼の形相でこれまでとは段違いの声量、勢いで脅迫系暴言を詠唱する。
「ワリャアアア!!こん糞餓鬼ィ!!
黙って言わしときゃ好き勝手言いくさりよって!
ええでワレェ!表出ろやコラァ!ぶち殺したるけぇ、覚悟せえ!懲役がナンボのもんじゃいオラァ!!!」
イテマウドンの周りを漂っていた赤い光の粒子が、一斉に炸裂し、これまで見たこともない爆炎を巻き起こす。
代紋魔法陣は激しく点滅し、部屋全体をピカピカと強い光で赤色に染め上げる。
イテマウドンの背中の棘が一層鋭く伸びる。そしてその手には、一瞬のうちに鋭い刃物のような結晶が生成される。
「ちょっ……あの、お兄さん、落ち着い……」
「黙らんかいボケェ!ウチの代紋にコナぁかけよって、指の2〜3本も飛ばす覚悟は出来とるんじゃろうのぉ!あァ、コラァぁあッ!!!」
イテマウドンの凄まじい剣幕に、ヨロシオスはタジタジだ。
何一つ言い返すことが出来ない。
「ふむ、決まったようじゃのぉ。脅迫系の究極奥義、『イキリカチコミ』じゃ。
タメにタメた怒りを一気に解放する。そして理屈も論理もすっ飛ばして、勢いと迫力だけで致命の一撃を放つ。
……皮肉系は、ここぞという時にアレをやられると、弱いんじゃ。」
ボウゲン博士はニヤリと笑みを浮かべると、水割りのグラスに手を伸ばす。
──皮肉系の戦いは、論理の積み重ねだ。
それに対し、十分に強烈なエネルギーを持つ脅迫系の一撃を受けると、組み立ててきた論理が吹っ飛ぶ。
貫目が十分でない場合や、論理を吹っ飛ばすに十分なエネルギーが込められていなかった場合、脅迫系は返り討ちに遭い、窮地に落ちいるが、百戦錬磨でこの近所でも随一の貫目を誇るイテマウドンなら、問題ない。
さらに、『タメ』による静から動への対比が、このイテマウドンの口撃の威力を倍増させた。
心を粉々にへし折られたヨロシオスは、もはや輪郭を維持することが出来ず、バシャバシャと溶けた小便を足元に滴らせる。
そして泣きべそをかきながらすごすごとまさとし君のクーラーボックスに帰って行った。
「勝負あり。勝者、しげはる!
草野組長への挑戦を許す!」
ボウゲン博士は立ち上がると、厳かに宣言する。
「あちゃ~、勝ったと思ったんだけどなァ!
やっぱり強いや、しげはるくん!
……それじゃ、マスターとの戦い、頑張ってね!応援してるよ!」
まさとし君はさわやかにしげはるくんの勝利を讃える。
「ありがとう、まさとし君!
本当に、イテマウドンがあそこまで追い込まれるとは思わなかったよ。
……君は僕のライバルだ。君みたいな強いライバルを持てて、本当に嬉しいよ。」
そしてしげはる君もまた、さわやかにまさとし君の健闘を讃える。
二人は固く握手を結び、友情を一層深いものとした。




