脅迫系のボウゲン①
「ワレェ!どついたろかいコラぁ!」
……よし、いいぞイテマウドン!相手は怯んでいる!
しげはる君は足元でドスの聞いた声を放っている、甲羅から棘の生えた亀のような小便の結晶に心の中で声援を送る。
短い言葉に最大限の殺意を込めた暴言の詠唱を終えたこの結晶──イテマウドンの足元に展開した魔法陣のような幾何学模様が、赤く光を帯びる。
「はン、お前、そがぁ重たい甲羅しょって、どうやってワシをどつく言うんじゃい?
威勢のいいクチ聞く前にそのだらしねぇ体絞ってから来んかい、このメタボ野郎がぁ!」
……いい返しだ、アルチュウ!しげはる君なんかに負けるな!
そしてまさとし君の足元で啖呵を切っている、金玉の大きな狸のような黄色い結晶は、今朝まさとし君の小便から誕生した、アルチュウだ。
アルチュウの足元に広がる幾何学模様もまた、暴言の詠唱が進むごとに淡い青色の光を強めてゆく。
赤と青の光の粒子が空中でぶつかり合い、パチパチと弾ける音を響かせながら、空気を震わせる。
教室の床で額をくっつけて罵詈雑言を飛ばしあう二体の小便の結晶──『ボウゲン』。
クラスメート達は興味深そうにまさとし君としげはる君を取り囲んでいる。
そして何故かまさとし君としげはる君の間に、着物を纏って足を肩幅に開き、腕を組んだ大木翁が立っている。
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「あ、おはよう、まさとし君。」
しげはる君が学校にきた。
……その肩にはクーラーボックスがぶら下がっている。
「おはよう、しげはる君。……それを持ってきたっていうことは、しげはる君もできたの?」
まさとし君の肩にも、お父さんから借りたクーラーボックスがぶら下がっている。
その中には、アルチュウが入っている。
「ふふふふ……見る?まさとし君。」
そう言うとしげはる君は教室の床にクーラーボックスを下ろし、パチンと蓋を開けた。
「だ〜、もう、暑いんじゃい!フタ閉めんとタマぁ剃り落とすぞワレェ!」
これまでの人生で聞いたこともない、凄まじく汚い呪詛の言葉を吐きながら出てきたのは、凶悪な顔つきの亀のような氷の結晶だった。
アルチュウのゴリゴリの筋肉質な身体に対し、イテマウドンは脂肪で身を固めているかのような肥満体型だ。身体もアルチュウより大きく、威圧感が凄まじい。
そしてその甲羅からは、無数の鋭い棘が生えており、うっかり触ろうものなら怪我をしそうだ。
体色はアルチュウと同じく、透き通った黄色い色。しげはる君の小便でできていることは明らかだった。
「イテマウドン、まさとし君に挨拶しな。」
しげはる君はこの亀の化け物に自己紹介を促す。
「あン?…ああ、何じゃい、ワシのマスターかい。
ワシはあんさんの小便から出来とるけぇ、実質親子の盃下ろされたようなもんじゃけぇの。
……マスターの言うことならしゃーない、ブチ面倒臭えが挨拶してやるわい。」
随分と横柄な物言いの凍った小便は、ちょこんとクーラーボックスから飛び降りると、まさとし君の方を向く。
「ワレェこのクソ餓鬼ぃ!よう聞けェ!聞こえんのならドリルでテメェの耳ん穴広げたる。
ワシはなぁ、『イテマウドン』っちゅうんじゃいコラぁ。覚えとけやアホ。
覚えられんのなら、テメェの背中に墨入れてワシの名前彫ったるけぇ、きっちり覚えろやボケ!」
このイテマウドン、その小さな体からは想像できないほどの大声で、まさとし君には到底考えつかないような汚い言葉を連発する。
まさとし君はあまりの迫力に萎縮しつつも、心が躍る感覚を覚える。
……暴言を浴びせた小便が、小さな生き物になって動き回る。
その超常現象を目にしたまさとし君は、暴言というものに興味を募らせていた。
ガラガラガラっ
唐突に教室の扉が開く。
しかし、そこに入ってきたのは琴羽刈先生ではない。
「あっ、おじいちゃん!…何しにきたの?」
着物の裾を翻らせ、カランコロンと下駄を鳴らしながら、しげはる君の祖父、大木翁が教室の中に入ってきた。
「おォ、立派な『ボウゲン』じゃのぉ、しげはる!ガハハハ!」
大木翁が豪快に笑う。
「のぉ、しげはる。ワレ、まさとしのチビにも教えたらんかい。
この『イテマウドン』っちゅうクソ生意気な亀をひり出した時のことをよォ。」
大木翁に促され、しげはる君が説明を始める。
周りにも、クラスメートが集まってきた。
大木翁の部屋でヤクザ映画を見せてもらい、世界観が変わるかのような衝撃を受けたこと。
その映画のセリフの中でも特に、強盗のシーンで、チンピラが質屋の店主にドスを突きつけながら言い放った、『ワレェ!こらオモチャやないで!いてまうぞコラぁ!ゼニ出さんかいボケェ!』という暴言に特に感銘を受けたこと。
「こないだ琴羽刈先生が言ってたじゃん。『馬鹿野郎』って声をかけたらあんな氷ができたって。
つまりね、汚い言葉を浴びせて凍らせると、かっこいい結晶ができるってことでしょ?
じゃあ、物凄く汚い水に物凄く汚い言葉を浴びせたら、物凄くかっこいい結晶ができるはずだよね?
……おしっこをコップに入れて、冷凍庫に入れてね、こう言ったんだよ。
『ワレェ!いてまうぞコラぁ!ゼニ出さんかいボケェ!』ってね!」
クラスメートの男子達は、メモを取りながら熱心に聞いている。
女子達は少々引きながらも、興味深そうだ。
「ガキ共、よう覚えとくんじゃ。この小さな生き物は、『ボウゲン』と言うんじゃ。
さっきしげはるが言うたように、小便にいかつい言葉を浴びせて凍らせた時に生まれる、悪意の妖精みたいなモンじゃ。
そうじゃまさとしィ、ワレ、おどれのボウゲン見せぇ。
……できとるんじゃろ?いかつい奴が。」
大木博士がまさとしくんにボックスを開けるよう促す。
パチン。
まさとし君のクーラーボックスが開く。
「うっわ、暑っつ。無理じゃ、わし。こんなん耐えられるん、余程頭悪うて発熱少ない奴だけじゃろうがい……おん?
何じゃいコラ、ワシのマスターかいな。何の用じゃい、ワレぇ!」
とてもマスターをマスターと思っていないような暴言を吐きながら、アルチュウがボックスから出てくる。
「むぅ!?これは、侮辱系のボウゲン、アルチュウか!これまたえげつない……。
相手の価値や尊厳を切り下げることで相対的に自分が優位に立ち、勝負を制するタイプのボウゲンじゃ。
しげはるのボウゲンとは正反対じゃのォ。
イテマウドン、アレは『脅迫系』じゃ。
己の内に秘めた怨嗟の激情をそのまま暴言に変換し、直接相手のメンタルを叩き潰すタイプのボウゲンじゃけぇ。
……こりゃあ、勝負はどっちに転ぶかのぉ。」
……え、勝負って何のことですか?
と問う間もなく、イテマウドンがアルチュウににじり寄る。
相手の額に自分の額を押し当て、啖呵を切る。
「ワレェ、どこに目ぇつけとんじゃボケェ!」
えっ!?と思う間に、アルチュウも応じる。
「っだとコラぁ!それよかツラぁ放さんかいワレェ!口が臭せぇんじゃアホンダラぁッ!」
アルチュウもまた、イテマウドンに負けず劣らずの剣幕で怒鳴り散らす。
「おっ、始まったのぉ。『ボウゲンバトル』じゃ。」
……えっ?ボウゲンバトル?
怪訝な顔をするまさとし君に、大木翁は説明する。
「この世界にはのぉ、『暴言』という言葉があってのぉ。
悪い人はそれを脅迫に使ったり、喧嘩に使ったりするんじゃ。
じゃがのォ、そがぁ違法行為に暴言使いよったら、逮捕されてしまうけェの。」
大木翁は一呼吸つき、怒鳴り合っている二体のボウゲンに目を落とす。
その足下にはうっすらと幾何学模様が浮かび、淡い光を放ち始める。
「そこでこうやって『ボウゲン』を召喚し、ボウゲン同士を戦わせる。
……これなら、傷つけるのも傷つくのも人間じゃない。人間様は高みの見物を決め込むだけでええんじゃけぇ、無問題じゃ。
このボウゲン同士の戦いを、『ボウゲンバトル』と言うんじゃ。」
アルチュウとイテマウドンはときたま額が触れる程の距離で、罵詈雑言を飛ばし合っている。
二体のボウゲンの足元の幾何学模様は光を強め、くっきりとした輪郭を視認できるほど煌々と輝いている。アルチュウの足元には青、イテマウドンの足元には赤の幾何学模様が、魔法陣のように広がる。
……丁度、先日の道徳の授業の際見せられたのと同じ、有刺鉄線のようなトゲトゲの丸縁の内側に漢字の『暴』のような文字、その背景には日本刀のような意匠が交差している魔法陣だ。
お互いの、ヤクザの代紋のような、赤と青の代紋魔法陣から発せられる光がぶつかり合い、激しく点滅する。
大木翁は続ける。
「ボウゲンは、いわば言葉の精霊、言霊みたいなヤツじゃ。
所詮はクチだけの奴等じゃけぇ、血が流れるような戦いにはならん。
……じゃが、体は傷つかんでも、心は傷つく。
このボウゲンバトルの目的はの、相手のメンタルを削り切って『すんませんでした』と言わせることなんじゃ。」




