皮肉系のボウゲン⑥
「あ〜、出すモン出したらスッキリしたわい。
……ン?何じゃい、この小汚ねぇ畜生は?
寄るないボケェ、ワシゃ潔癖なんじゃけぇ!」
酔いの覚めたアルチュウは、泣きべそをかいているヨロシオスを口汚く罵っている。
ヨロシオスは無言で涙を流している。体の表面が2割程溶け、辺りには大きな小便の水たまりが出来ている。
その足元の代紋魔法陣の発光は弱々しく、今にも消えてしまいそうだ。
「……誰のせいだと思ってんの。
やめてあげて、アルチュウ。──君の新しい、兄弟なんだから。」
──バトルに敗れた、ヨロシオスのような野生のボウゲン。
そのエネルギーの源泉である、『根拠のない自信』を、信頼と絆によって回復してくれるマスターを持たない以上、そのまま自信を喪失し、通常は消滅する。
まさとし君は、アイテム『アニキサカズキ』のカプセルを開ける。
……ここに来る前、600円をボウゲン博士に支払って買ってきたものだ。
月々1500円のまさとし君のお小遣いから考えると、安い買い物ではない。
使い時を考えて使わねばならないアイテムだが、今がその時だ。
アルチュウの足元の幾何学模様が発光し、立ち昇った光の粒子が三宝のような氷の結晶を生成する。
まさとし君はカプセルから取り出した小さな盃と徳利を、氷の三宝に乗せる。
すると、アルチュウの代紋魔法陣の幾何学模様をなぞるように青い光が走り、それと同調するように徳利から霧が立ち昇る。
「こ、これは一体……?」
籾芥子先生が、驚きの声をあげる。
「こうやると、アルチュウとヨロシオスは兄弟になるんだ。
そうするとね、兄弟の絆ができて──ヨロシオスは、自信を取り戻すんだ。
君を死なせないよ、ヨロシオス。」
徳利から立ち昇った霧が辺りを包み込み、そこにアルチュウの放つ光が和室のような幻を投影する。
雪洞の明かりが、部屋を静かに照らしている。
まさとし君は、徳利を手に取り、盃に清酒を注ぐ。
その様子を、ボウゲン博士、籾芥子先生が見守る。
警察官はキツネにつままれたような顔で、先ほどまでリノリウム貼りだった、畳張りの床をさすっている。
「ほなまさとしィ。……やり方はこないだ教えちゃったけぇ、やれるな?」
ボウゲン博士がまさとし君の肩を叩く。
「ハイ、練習したので、任せてください。
……籾芥子先生。
僕が媒酌人をやるので、見届け人をやってください。」
まさとし君は正座し、両の拳を床につける。
籾芥子先生も、見よう見まねで正座する。
ボウゲン博士は、頼もしそうに後ろから見守る。
「これより、古式の作法に則り、兄弟盃の儀を執り行います。
兄となられます、アルチュウ殿。
既に任侠の筋を通し、舎弟となられますヨロシオスの命を預かる覚悟は決めておられると存じますが……」
まさとし君の、静かな、そして厳かな声で上げられる口上が、幻の座敷に響く。
前回の、ゴクツブシの盃事は、ボウゲン博士がお手本を見せてくれた。あのあと、猛練習したので、所作は完璧だ。
アルチュウが、盃を両の手に取り、中の酒の九割程を喉に流し込む。
そして、盃を三宝に静かに戻す。
「続きまして、舎弟となられます、ヨロシオス殿。任侠の道とは……」
正座の体制のまま、まさとし君はヨロシオスに体を向け、舎弟の心得の口上を述べる。
ヨロシオスが盃を納め、晴れてアルチュウの舎弟となった。
「よろしくね、ヨロシオス!」
盃事を恙無く取り仕切り、満面の笑みを浮かべたまさとし君が、素の小学生としての喜びの言葉をヨロシオスに投げかける。
まさとし君の襟元に輝く代紋バッジから光の粒がほとばしり、この先の渡世の行く末を祝福するが如く、アルチュウとヨロシオスに降り注ぐ。
籾芥子先生は、幻でも見るように、その光の粒の動きを目で追っていた。
「オウ、見事じゃ、まさとしィ!作法は完璧じゃのォ。
……男と男が盃の縁で兄弟になる……いつ見てもええもんじゃ。」
ボウゲン博士は腕を組み、フンフンと頷く。
「ところで、坊ちゃん。
──ソレ、お酒だよね。君が買ったの?誰から?」
先ほどから呆けた顔でアルチュウとヨロシオスのボウゲンバトルから盃事までを眺めていた警察官が、我に返ったように言う。
まさとし君は、チラリとボウゲン博士の方を見る。
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「わりゃ何さらすんじゃいボケェ!神聖な盃事を汚すんじゃねぇ!
離さんかいワレぇ!」
ボウゲン博士は、先ほどの刑事達二人に取り押さえられ、手錠をかけられそうになって暴れている。
「子供に何を売り捌いとんのじゃいコラァ!
……アッ!痛ってェ!何さらすんじゃいボケぇ!公務執行妨害の現行犯じゃ!」
暴れる博士の肘が顎に入った警察官が激昂する。博士の手にガチャリと手錠がかけられる。
もう一人はヘッドロックの体勢だ。博士の首がグキリと音を立てる
「ぬわーッ!首、首ィ!
先生、こりゃ警察の暴力じゃ!違法拘束と違うんかい!……なァ先生!何か言わんかいッ!」
籾芥子先生は、呆然と立ち尽くしている。
ヤクザと付き合っているとはいえ、なんだかんだ言って籾芥子先生もカタギの人間だ。
目の前で行使される本物の暴力には、耐性がない。
「……まさとしィ!
先生は優秀じゃけェ、どうせまたワシも、草野の兄弟もじきに出て来るけェのォ!
『アニキサカズキ』の代わり、また取りに来いやァっ!」
部屋からしょっ引かれていくボウゲン博士が、最後にまさとし君に向けて叫ぶ。
「馬鹿野郎テメェ!逮捕容疑何だか分かっとんのかいコラぁ!
警察舐めんじゃねぇ!」
警察官の罵声と共に、バタンと取調室の扉が閉まる。
暫く無言で立ち尽くすまさとし君と籾芥子先生。
「……先生、草野さんと……博士、ホントに帰ってくる?」
まさとし君は、籾芥子先生に問いかける。
「ええ、先ほどは大木顧問が要らん事を言ったので失敗しましたが……あれだけ不必要に事務所が荒らされていたのです。警察の横暴は明らかですので、草野組長の保釈請求は通るはずですよ。
請求が通りましたら、連絡して差し上げますよ。」
籾芥子先生は、微笑みを浮かべながら答える。
「……あの、博士は?」
籾芥子先生は、無言で目を逸らす。
「それでは、ごきげんよう、少年。
私は次の案件がありますので、ここで。」
そしてさわやかに挨拶をすると、颯爽と取調室を出て行った。
「……帰ろっか、アルチュウ。」
まさとし君はアルチュウと、ゴクツブシ、そしてヨロシオスをクーラーボックスに宝物のように大切そうにしまうと、家路についた。




