皮肉系のボウゲン⑤
「いやァ、ホンマ、褒めろ言われましても、どっから褒めたらよろしいんやろか。困りましたのォ。」
ヨロシオスは、突然のアルチュウの飲酒に驚きつつも、気を取り直してイヤミを言う。
足元の代紋魔法陣が、ゆっくりと白い光を強めてゆく。
「……まぁ、何と言いますか、昼間っから酒なんぞお飲みになって、ええ御身分ですなァ!尊敬しますわ。
ホンマ、羨ましいですわ。ワシにはとてもとても、忙しうてそないに優雅な真似は出来まへんわ!」
その言葉と共に、白い光の粒子がヨロシオスの足元から立ち昇り、周囲を浮遊する。
……来たな。物凄い意味ギャップだ。まともに喰らったらひとたまりもない。
耐えろ、アルチュウ!
まさとし君は、心配そうにアルチュウを見つめる。
ボウゲン博士の解説では、理解に要した時間などのコストが加速度的に暴言のダメージを引き上げる。
未だに、アルチュウはヨロシオスの意図を理解した様子はない。
ヨロシオスの放った白い光の粒子は、フワフワとアルチュウの周りを漂っている。
10秒……20秒……。
時計の秒針がカチカチと進む。
これだけの時間が経っているのだ。この悪意を理解すれば、アルチュウの心をへし折るだろう。
「……アルチュウ!暢気に飲んでいる場合じゃないぞッ!やられるぞッ!!」
まさとし君は気が気ではない。切迫した声が、取調室に響く。
しかし、アルチュウは──ニヤけながら、徳利を口に運ぶ。
「ガハハハ、ワレ、中々見どころがあるのォ。
あァ、わしゃそんなに『ええ身分』の『優雅』な男に見えたんかい。
ほな、ワレもワシぐれぇに貫目の通った、立派な男になれるように精進せェや。」
そう言ってのけると、アルチュウは徳利に口を付け、傾ける。
アルチュウの喉が鳴る。
それと同時に、アルチュウの周りを漂っていた白い光の粒子は、フェードアウトするように消滅する。
「フム、気づいたようじゃのォ。アルチュウは。」
ボウゲン博士は、感心したようにウンウン頷いている。
「えっ?どういうことですか?博士?
……アルチュウ、なんだかダメ親父みたいなオーラが出始めてるんですけど……。」
まさとし君は首をかしげる。
先ほどまで威勢よくヨロシオスと張り合っていたアルチュウ。
何だか今は、ボウゲンバトルを放棄して暢気に酒を飲んでいるようにしか見えない。
足元の代紋魔法陣は、不規則なリズムで点滅しており、立ち昇る光すら酒臭い。
「ええかまさとしィ、さっきの公式を思い出すんじゃ……待て待て、寝るな!思い出さんでええ!
……皮肉系の暴言は、裏の意味を理解してしまうからダメージを受けるんじゃ。
そんなら、酒飲んで酔っ払って、表面上の言葉の意味しか分からんようになりよったら──
さて、どうなる……?」
──先ほどの『怒鳴坂の定理』。
皮肉ダメージの補正は、『理解できた悪意』との掛け算だ。
それなら、酒を飲んで認知能力を失ったり、言葉の裏に秘められた悪意が理解できなくなった場合はどうなるか──
0には何をかけても0である。……そう、口撃無効となるのだ。
アルチュウのスキル、『酒を飲む』の効果であるIQ減衰。これは、そもそも言葉の裏に込められた意図を理解できなくなるので、皮肉系に対しては鉄壁の守りともなり得るのだ。
「ゲェップ……。
ところでワレぇ、ワシのどこら辺が『ええ身分』に見えて、どう『優雅』だったんか、ちィと説明してみィやコラァ!
『尊敬する』ワシになら、説明できるじゃろうて。のォ?」
焦点の定まらない目で明後日の方を向きながら、アルチュウが大声でヨロシオスに話しかける。
ヨロシオスは……返す言葉がない。当たり前だ。身分高そうとも、優雅とも思っていないし、尊敬もしていないのだから。
焦りの色を浮かばせるヨロシオス。取調机にポタポタとヨロシオスの身体を構成していた小便が滴る。
「むゥ、やりよるのォ。
……あれは、『皮肉系』の天敵である『論破系』のスキルじゃ。
皮肉系はのォ、確かに決まれば強い。ダメージは掛け算じゃけえのォ。
……じゃけんど、強力なその分、弱点も多いんじゃけェ。」
──皮肉系の暴言は、表面上の言葉の意味と裏の悪意のギャップが威力を増幅させる。
これを破る口撃の一つが、論破系の『具体化信仰』のスキルだ。
これは、高度に抽象化された概念を悪として糾弾し、数字とエビデンスで裏打ちされた具体的なデータを出し直すことを要求するというもの。
ネチネチと、重箱の隅を突くように反復詠唱することで、連続口撃にもつなげやすい。
……そしてこれをやられると、暴言に意味のギャップを仕込むことが出来なくなり、もはや皮肉型として成立しない。
ヨロシオスの口撃は、封じられてしまったのだ。
生まれたてでまだ皮肉系以外のスキルがないヨロシオスは、ここで詰んでしまった。
「いいぞ、アルチュウ!あと一息だ!トドメの一撃、やっちゃえ!」
まさとし君は喝采をあげる。
「……んぁ?……ゲェっぷ。」
アルチュウは、キレのない声で返事をする。
呂律が回っていない。
「いかん!『酒を飲む』の副作用の状態異常、『前後不覚』じゃ!
IQが完全に無くなってしもうたぞ!
知性依存型の侮辱系属性にとって、IQの消滅は致命的なんじゃけぇ!」
……なんということだ!
まさとし君は天を仰ぐ。
いかに相手の口撃を封じたとはいえ、こちらが口撃できなければ相手を倒すことはできない。
「……どうするんだよ、アルチュウ!」
勝利を目前にして知性を消失させ、明後日の方向を向いてふらふらと突っ立っているアルチュウを恨めしそうに見つめながら、まさとし君は怨嗟の声を吐いた。
「いけん!……ちぃとお花を摘みに行かせんかいコラぁ……。」
唐突に奇声を上げたアルチュウ。フラフラとヨロシオスの方に千鳥足で歩き出す。
「うん?……臭ッせェし、ここかいのぉ。」
そして呆気に取られているヨロシオスの前に立ち止まる。
アルチュウは、そのまま、ヨロシオスの顔面に放尿した。
「なるほど、そう来たか。アルチュウ。
……ありゃ皮肉系のもう一つの弱点、『狂気系』の攻撃じゃ。
皮肉系は論理の暴言。……ああいう論理外の存在に対処する術は、ない。」
……違うと思うよ、博士。
まさとし君は思う。
……酔っ払ってバカになって、トイレの場所が分からなくなっちゃったんだよ。アルチュウは。
恍惚の表情で酒臭い小便を弾くアルチュウの前で、ヨロシオスはさめざめと泣きべそをかいていた。
アルチュウは、勝利した。




