皮肉系のボウゲン④
「よし、行けッ!アルチュウ!あんなのに負けるな!」
ゴクツブシの敗北。悔しいが、こちらにはまだアルチュウがいる。
……頼んだぞアルチュウ!お前なら勝てる!
「コラァ!おどりゃ身体が臭ッせェんじゃい!
小便臭ッせェ畜生が、生意気にもパタパタと扇子なんぞで扇ぎよったら、臭いが散らされてしまうじゃろうがい!!
ワレ、便所にでも落ちたんかコラ。便所の臭い撒き散らしよって、近所迷惑考えんかいボケぇ!!」
アルチュウが取調机に飛び乗り、ヨロシオスににじり寄る。
そして、周囲でバチバチと稲妻を散らす青い光の粒子を立ち昇らせながら、暴言を詠唱する。
……『体臭ディス』か!いいぞ、アルチュウ!
まさとし君はアルチュウの放つ強烈な一撃に手を叩く。
体臭を糾弾することで相手の価値を排泄物の次元にまで墜とし、相対的に優位に立つのは侮辱系の常套手段だ。
ヨロシオスが、手をプルプル震わせながら扇子をパタリと閉じる。
顔は引きつった笑いを浮かべているが、目が笑っていない。
しかし、ヨロシオスは即座に体制を立て直し、カウンターの暴言を詠唱する。
「いや~、そら気づきませんでしたわ。わざわざ教えてくださって、助かりましたわ。
そないに犬みたいにワシの匂いをクンクン嗅いで、ホンマ、熱心な事ですなァ。
そんだけ匂いを気にされるいうことは、日ごろからご自分の体臭にもさぞかし気を使われてはるんでしょう?
ご立派ご立派。尊敬しますわぁ!」
アルチュウの一撃を受け、体表が少し溶けて液体に戻った小便が汗のようにヨロシオスの体表を伝っている。
しかし、それを気にかける素振りもなく、代紋魔法陣を発光させたヨロシオスは、白い光の粒子を立ち昇らせて周囲の空間を飽和させてゆく。
……なんだ、『テメェ、ワシの匂いをストーカーみたいに嗅ぎよって、キモいんじゃ!テメェも大概に臭ッせェんじゃいボケぇ!』っていう侮辱を丁寧に言っただけじゃないか。
これなら、アルチュウの侮辱の方がずっと強いや。
まさとし君がそう思った刹那、アルチュウの周りに漂っていた白い光の粒子が一気に爆ぜ、フラッシュのように輝くとアルチュウの姿を包み込む。
思わず目を閉じたまさとし君。再び目を開けると、アルチュウの体表が溶け、液体に戻った小便がぽたぽたと取調机に垂れ、机の上の調書に黄色いシミを作っている。
……どういうことだ?時間差でダメージ?
あの程度の悪意、アルチュウには効く訳がないのに……。
まさとし君は、怪訝な表情を浮かべる。
「……純粋な悪意の深さはアルチュウに分があるようじゃのぉ。
しかし皮肉系も侮辱系も、系統が近いけぇ、どちらもお互い口撃が通りづらい。耐性は互角じゃのぉ。
ただし、皮肉系にはアレがある。……アルチュウには、ちぃと分が悪いやもしれん。」
ボウゲン博士の表情は険しい。
「そうなの博士?迫力だったらアルチュウの方が強いし、押してるように見えるんだけど……。」
その視線の先では、体勢を立て直したアルチュウがヨロシオスに食ってかかっている。
互いの金玉の大きさを比較する天秤の結晶をその手に生成したアルチュウ。
──『大艦巨砲主義マウント』の構えだ。
「わりゃションベン臭え割に金玉が小せぇのォ!そがぁ情け無ぁモンぶら下げて、恥ずかしうないんかいコラァ!」
両の皿に乗せられた、両者の金玉を象徴する結晶。当然それは、規格外のモノを持つアルチュウの側に傾く。
……上手いぞ、アルチュウ!大艦巨砲主義マウントに持ち込めば、こちらの勝ちだ!
まさとし君は、ニヤリと口角を上げる。
しかし、ヨロシオスは平然としている。
「いや〜、アンタさんみたいな、脳味噌より金玉の方が大きい方にはかないませんわ。」
涼しい顔で褒めているような貶しているような得体の知れない暴言を詠唱すると、再び扇子を広げてパタパタと扇ぐ。
……何ッ?『大艦巨砲主義マウント』がッ?
まさとし君は、愕然とする。再び、時間差でフラッシュのような閃光が辺りを包み込んだかと思うと、アルチュウの手にあった天秤の結晶は風化した岩石のようにボロボロと崩れ落ちる。
アルチュウの体表から、融解した小便が滴り落ちて水たまりを広げる。
「ええかまさとしィ。……『怒鳴坂の定理』っちゅうモンがあるんじゃ。
……少し難しい話になるがのォ。これは科学的に証明されておる、純然たる事実なんじゃけェ。」
──暴言学の権威、怒鳴坂教授による、『V = M × Log₂ ( 2 + C × G ) / ( 1 + T¹·² )』の公式のことだ。
Vは皮肉系の暴言で受ける精神的ダメージだ。
Mは理解できた悪意、Cは理解に要した時間や思考などのコスト、Gは表面上の意味とのギャップ、そしてTは皮肉への耐性であり、これをこの公式に当てはめると、受けるダメージの基礎値が出る。
要は、皮肉を言われてから時間をかけて頭を使った分だけ。
くみ取った悪意の深さが表層的な意味よりも深ければ深い分だけ。
受けとめた悪意は『足し算』ではなく、『掛け算』で増幅されていくということだ。
「こう見えてワシゃ大学出とるけぇのぉ。紅琴中忠大学の……うん?
バカタレ!バトル中に寝るんじゃ無いわ、まさとしィ!
……あれを見んかい。勝負が動くど。」
小学生に高度な数理モデルなどわかるはずがない。
パチンと鼻提灯を破裂させたまさとし君が、目を開ける。
なんと、アルチュウが、腰からぶら下げている徳利を手に取ると、その中身を喇叭飲みし始めた。
「おどりゃさっきから随分ワシのことを褒めよるけぇ、すっかり気分がようなってしもうたわい。
……どりゃ、酒の肴に、もう一回褒めさらせやコラァ!」




