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水からの暴言  作者: 叡愛禅師
ボウゲンジム所攻略③
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皮肉系のボウゲン②

「どうも、刑事さん。草野氏の件について──保釈請求に必要な前提条件の確認をしに参りました。

まずは、『違法に取得された証拠』の排除。

これが認められれば、そもそも拘留要件が消滅しますので。」


警察署の面会室。籾芥子もみけし先生はパイプ椅子にふんぞり返って相対する刑事たちと交渉している。

「いんや〜、さっすがは御高名な籾芥子もみけし先生ですなぁ!ご立派な御高説、恐れ入りますわ。

ほいじゃが、こちとら紙一枚あれば十分なお仕事しとるだけですんで。裁判所のお墨付きもろてましてな。

……筋も手続きも、先生にご指導いただかんでも、ちゃんと踏んどりますわ。」

そう言うと刑事は、ズーっと汚い音を立てて茶をすする。


「……まあ、先生はええ御身分ですからお暇でしょうが、ウチらは汗水たらして動かにゃならん現場の人間なもんでしてね。

できれば、これ以上お時間ばっか取らんと、さっくりお引き取りいただけりゃ助かるんですがなァ。」

馬鹿にしたような半笑いを浮かべ、刑事たちは『逮捕状出てるモンが文句あるかいボケぇ、帰れ帰れ』という内容のことを言う。


しかしそこは百戦錬磨の籾芥子もみけし先生だ。警察のイヤミに動じず、淡々と言う。

「ああ、状が出てたんはこちらも存じとりますがな。こちらが言うてるのは、ガサ入れそのものの是非ではなく、その執行方法についてなんですわ。

……顧問、ちょっと失礼しますね。」


籾芥子もみけし先生はボウゲン博士の着物の襟をめくり、首筋についた青アザを見せる。

博士の背中の彫り物とは明らかに色合いの異なる、ドス黒い痣を、勝ち誇ったように指さす籾芥子もみけし先生。

博士は「ごふッ!?」と変な声を上げ、額に脂汗をにじませる。

ついさっきアルチュウの氷結小便で冷やした部位ではあるが、既に氷は溶けている。

「さあ刑事さん。これが合法的な捜査の際にやむなく受傷させた、制圧痕に見えますかな。

違法捜査による押収物は、証拠能力が排除される。ご存じでしょう?刑事さん!」


警察は面白くなさそうにフンと鼻息を出す。

「……はぁ〜、出た出た出た。

先生の十八番、『なんでもかんでも違法捜査』。いやぁ、ほんま、ご立派な見立てで。」


もう一人の刑事が、鼻をほじりながらつまらなそうに言う。

「そらね、現場いうもんは教科書どおりにゃいきまへん。

わしらも忙しゅうてねぇ、先生のご希望通りの優雅な制圧なんざ、なかなか時間が取れんのですよ。

……で?そのアザ一個で、うちのガサ全部チャラにしよう、って魂胆で?

ま、先生くらい弁が立つようでしたら、ドス振り回して暴れ回るヤクザ共でも大人しゅう言うこと聞かせられるんでしょうがのぉ、現場じゃなかなかそうも言うてられんのですわ。」

皮肉たっぷりに、『現場も知らん素人が綺麗事抜かしてんじゃねぇ』というようなことを言う。


「あのですなぁ、刑事さん。抵抗の有無は、暴行の度合いを無制限に正当化しません。

裁判所も、目的に必要な範囲を超えた実力行使は違法と何度も判示しているのは、この商売長くやっておられるアンタらならわかるでしょう。

そこで──今ここで確認させて下さいや。」

籾芥子もみけし先生は、肩で息をしているボウゲン博士の頭を両手で引っ掴むと、ボキボキっと音を立てながら、首の後ろを警察官達に向ける。

「ほぐおぁっ!?」

博士は、どこから出したのかよくわからない声で絶叫をあげる。

鼻水を垂らし、目が潤んでいる。


「さて刑事さん、こんな怪我をされとるわけです。どうやったらこんなになるのか……。

アンタら、さっきから、捜査は適法に行われたと抜かしておられるわけですが、そこまでおっしゃるなら、動画の一つも残ってるんでしょうなぁ?」

勝ち誇ったように唾を飛ばしながら啖呵を切る籾芥子もみけし先生。

ヘッドロックのような体制となり、眉間にしわを寄せた苦しそうな顔でフウフウと苦しそうな息を吐くボウゲン博士。

苦々しい顔で口を閉ざす警察官。

難しい話についていけず、クーラーボックスからアルチュウとゴクツブシを取り出して机に乗せて戯れているまさとしくん。


十秒ほど固まったのち、たまらず籾芥子もみけし先生の腕を振り解き、「うごぁ〜!」と熊のような呻き声をあげて机に突っ伏すボウゲン博士。

顔を横に向けると、机の上でまさとし君と戯れているアルチュウをちらりと見る。

そして無言で、首筋を指差す。


「何じゃいワレ、また治療して欲しいんかいな。

ワシの小便は高こうつくで?年金暮らしの無職ジジイに払えるんかいな。

……ま、ええわ。しゃーない、もう一肌脱いじゃるわい。

オラアァッ!喰らいやがれこん糞ジジイ!」

そう言うとアルチュウはぴょこんと博士の前に飛び出すと、顔面目掛けて放尿する。


「ブホッ!?バカタレ……ゲホッ、反対じゃ反対!」

「おお、スマンかったのぉ!わりゃ頭のてっぺんがハゲ散らかしとるけぇ、見間違えてしもうたわ!

……オラァッ!これでどうじゃいハゲ!」

アルチュウは照準を変え、博士の首筋にジョボジョボと放尿する。

ピキピキと音を立てながら、博士の首筋が氷結してゆく。


「あぁ〜、生き返ったわい。……まったく、年はとるもんじゃないのォ。

あがぁ、ちぃと椅子から落っこちてぶつけたくらいで……。」

「オイ、今何つったジジイ。」

警察官の冷たい声が響く。

博士は、しまったという顔で目を逸らしている。

籾芥子もみけし先生は、あちゃ〜、という顔で頭を抱えている。

まさとし君は、相変わらず机の上のゴクツブシと戯れている。

アルチュウは、放尿を終えて金玉をプルプルと震わせ、竿の中に残った小便を振り撒いている。


「フッ……ハハハハ……なるほど、なるほど。

いやぁ、先生。『椅子から落っこちてぶつけた』──ご本人がこう証言されとるわけですが?

……おーい、調書取ったか?」

ゲタゲタと笑う刑事。ポケットから煙草を取り出すと、ライターを弾いて火をつける。

そしてプーッと籾芥子もみけし先生の顔面に煙を吹きかける。


「……それで何です?変な氷の妖精みたいなのと、ええ年こいた爺さんが、警察署の取調室でションベン撒き散らして遊んでるように見えたんですが、これが先生のところの法曹折衝のやり口ですかい。

いや〜、あまりに斬新な手法すぎて、ワシら警察には理解が及びませんわ!ガハハハ!」

刑事は、さらにバカにしたように言葉を重ねる。

籾芥子もみけし先生は、顔を赤らめてプルプルと震えながら下を向いている。


刑事は最後に、口角を吊り上げ、勝ち誇ったように言い放つ。

「……んで、ご用件は何でしたっけ?草野の保釈言いましたかな?

先生きってのお頼みとありゃあ、それもやぶさかじゃぁありゃせんと言いたいところですが、困りましたのぉ。

警官に殴られたと先生が言っていた本人から、『椅子から落ちてケガしました』って証言が出たわけですから。

……この調書で、どう裁判所を口説くつもりなんで──先生。」


──その言葉と同時に、机の上で水たまりを作っていたアルチュウの小便が、淡い光を放ち始めた。


****************************************************

「こ、顧問……。こりゃ一体……?」

籾芥子もみけし先生は、ガクガク震えながら、ボウゲン博士の着物の裾にしがみついている。

博士の着物の布地にしみ込んだアルチュウの小便と、籾芥子もみけし先生の手のひらの汗が混じり合う。


「ハハ……ハハハッ。先生は口だけを動かして御高説垂れるしか能がねぇと思ってたが、コイツぁたまげた。

手品までできる楽しいお方とあっちゃ、結婚できる位にはモテそうなモンだが、不思議なモンじゃのォ……。」

目の前の超常現象に腰を抜かしている刑事が、恐怖を紛らわせるために皮肉を言う。

すると、アルチュウの小便の光がひときわ強くなり、魔法陣のような白い幾何学模様が小便の池に浮かび上がる。

そして、中央の『暴』の文字のあたりから、光の柱が立ち上る。


「バカタレ!やめんか!これ以上悪意の込もった言葉を注ぎ込みよったら……手の付けられんようなボウゲンが生まれるんじゃけぇ!」

ボウゲン博士は、小便のしみ込んだ袖で警察官の口を押さえる。

警察官はフゴフゴ言いながら抵抗している。


「あれっ?博士。今日のトレーナーさん、別に暴言を言ってるようには聞こえなかったけど……。

むしろ籾芥子もみけし先生のことを褒めてたでしょ?」

まさとし君は首をかしげる。

──アルチュウのようなボウゲンは、小便のような汚い水に、暴言のような汚い言葉をかけて凍らせることで誕生するのだが……警察官の言葉は、迫力や悪意に欠けるどころか、相手を褒める綺麗な言葉に聞こえた。

それなら以前道徳の授業で見た、綺麗な結晶になってもおかしくないのではないか、そうまさとし君は考えたのだが……。


「むゥ、まさとしィ。おどれにはそう聞こえたか。

……まぁ、無理もないのォ。ありゃ『皮肉系』の暴言じゃ。聞こえの良い言葉の裏に最大限の悪意を込める。

上辺の言葉の意味と裏の悪意との対比により、その悪意を増幅させて相手にぶつける。

……気ぃ付けェ。ありゃ最凶格のボウゲンじゃ。糞をこねてこしらえた花の置物は、形は花でも本質は糞なんじゃけェ。」


魔法陣から立ち昇る光の柱が、一層の輝きを増す。

全員、目を庇って押さえる。

……ヨロシオス、ナァ。……ヨロシオス、ナァ。

落ち着いた、おっとりした声が響く。


目を開けると、そこにはやたらと目つきの悪い招き猫のようなボウゲンが、机の上にちょこんと立っていた。

ガリガリにやせ細ったその胸にはあばらが浮き、頬はこけているが、大きく見開かれた眼が爛々と輝いてまさとし君達を睨みつけている。

ふてぶてしさすら感じる、その威圧的な風貌は、毎日昼過ぎにまさとし君の家の花壇を掘り起こして糞を捻っては棒を持ったお母さんに追いかけ回されている、近所の野良猫の姿を思い起こさせた。


「むゥ、下手ぁ打ったのォ、刑事さんや。

……誕生してしまいよったんじゃけェ。

『皮肉系』のボウゲン、『ヨロシオス』が……。」

緊迫した博士の声が、静まり返った取調室に響く。


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