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水からの暴言  作者: 叡愛禅師
ボウゲンジム所攻略②
23/52

生理嫌悪系のボウゲン③

「待たんかいワレェ!」

アルチュウの野太い声が響く。

泣きべそをかきながらクーラーボックスを開け、片足を突っ込んでいたゴクツブシが、動きを止める。

アルチュウはツカツカとゴクツブシに歩み寄る。

「わりゃそれでもこのアルチュウ様の舎弟かい!……ほぉんに、情っさけないやっちゃのォ。

ワシの盃はそんなに軽いもんか?おォ?

わりゃ、一遍小便でツラぁ洗って頭冷やさんかい!」


そう言うとアルチュウはその無駄にでかい金玉を手で支えて狙いをつけると、ゴクツブシの顔面めがけて放尿する。

「フゴっ……!?あ、兄貴!やめてつかぁさい!……オゲェぇええ!」

馬鹿でかい鼻の穴からアルチュウの小便を吸い込んでしまったゴクツブシが、盛大に嘔吐く。

「あァ?コラ!兄貴分に向かってその態度は何じゃいワレェ!

……そんじゃぁ、消毒したろやないかい!」


そうゴクツブシを怒鳴りつけるとアルチュウは、腰からぶら下げていた徳利を喇叭飲みし、ブーっとゴクツブシの顔面に吹き付ける。

ゴホゴホと咳き込むゴクツブシに、アルチュウは威厳に溢れた声で言う。

「ほう……ええ面構えになりよったのォ。小便の穢れに、清めの酒。

白も黒も両方備えて清濁合わせ飲む、深い男の面構えになりよったじゃなかろうがい。

……今のおどれなら、あがぁ世の中も知らん青二才、イチコロじゃろうて。

キッチリ、タマぁ取ってこんかい!」


アルチュウが、ポンとゴクツブシの胸をどつく。

その瞬間、アルチュウの代紋魔法陣から立ち昇った青い光の粒子がゴクツブシの胸に集まる。

アルチュウが手を離すと、そこには、バッジのような氷の結晶が生成されていた。


「兄貴、これは……?」

アルチュウは、答えない。無言で、徳利に口を傾け、ゴクリと喉を鳴らしている。

しかしその眼は、頼もしそうにゴクツブシの顔を見据えている。


「なるほど……。分かりました、兄貴。」

ゴクツブシは小さく頷く。そして、目を閉じる。

足元の代紋魔法陣が、ボウっと光を放ち、下からその顔を照らし出す。


黒い霧が立ち昇り、ゴクツブシの周りで渦を巻く。

ふくよかな胴回りがみるみる引き締まり、隆々とした大胸筋が盛り上がる。

側頭部からは針のような細い結晶が伸びだし、その隙間から知性を覗かせるがごとくバーコード状に頭頂部に覆い被さる。

火の粉のような光の粒子を周囲に渦巻かせながら、目を開いたゴクツブシが口を開く。


「……ありがとうございます、兄貴。

私は少し、背伸びをして自分を演じすぎていたようです。

お陰で目が覚めました。」

今までのしわがれた声とは打って変わった、芯の太く張りのある、しかし落ち着いて自信に満ちた声。

光に満ちた凛々しい目で、アルチュウを見る。


ゴクツブシは体を回し、キショッピーの方を向く。そしてギロりと目を見開いて睨みつける。

「……さて。キミが気にしている匂いや脂。

それを私は誰よりも知っている。

……努力して戦ってきた人間だけが持つ、本物の『厚み』だ。」

代紋魔法陣の赤黒い光が、一層の輝きを増す。


「あれっ?

博士、ゴクツブシ、もう一回立ち上がってくれたのは嬉しいんだけど……。

……なんだか、迫力がなくなっちゃった。」

まさとし君は、首を傾げる。


「まさとしィ。おどれにはそう見えるかいのぉ。

……ありゃぁ、『進化』じゃ。『パワハラ系』から、『意識高圧系』に進化したんじゃけぇ。

そしてアレはもはやゴクツブシじゃ無い。……『ゴクツブシヤク』に、進化したんじゃけぇ。」

ボウゲン博士は、水割りのグラスを長机に置くと、懐から煙草を取り出して咥える。

後ろに控える水野組の部屋住みが、すかさずライターを取り出して火をつける。


「ちょっとマジ無理なんすけど。

汚ったねぇ小便浴びて、それから一回口に含んだ酒浴びてるんでしょ?

……あー、ムリっすわ。酔っ払いのションベンの匂いするんで、半径1m以内に入らないで貰えます?」

キショッピーが触覚を引っこめ、足で鼻の辺りを押さえる。

代紋魔法陣に煌々と照らされながら、『汚物認定』のスキルを発動するキショッピー。

進化したとはいえ、相手は先ほど撃破したゴクツブシだ。負ける要素はないとばかりに、余裕の表情で暴言を詠唱する。

キショッピーの立ち昇らせる、緑色の霞が辺りを覆う。


しかし、ゴクツブシヤクの周囲で渦を巻く火の粉が、その霞を焼き尽くすように発光し、消し飛ばす。

「フン、キミは清潔さを武器にしているつもりのようだがね。

私たちの世界で武器になるのは結果だけだ。

ところでキミが何を成し遂げたのか、そこまで言うのなら聞かせてくれないか?」

ゴクツブシヤクは、鼻で笑ってみせる。


「凄い。ゴクツブシヤク、全然堪えてないみたい。

……それどころか、キショッピーを押している。

なんだか、これまでゴクツブシヤクに不利だったバトルの空気が変わったみたいな……。」

「オウ、そこに目ぇ付けよるたぁ、わりゃ中々勉強しとるのぉ。

……そうなんじゃ。『生理嫌悪型』は意思でコントロールできん本能の領域に作用する強力な暴言だけに、相手の土俵に乗ればほぼ間違いなく負ける。」

灰皿にタバコを押し付けながら、ボウゲン博士はまさとし君の疑問に答える。


「……ゴクツブシヤクはのぉ、パワハラ系の『ポジション取り』を発展させて、土俵そのものを作り替えとるんじゃけぇ。

意識が高うなりすぎて、周りが見えんようになっとるけぇ、ゴクツブシヤクは無敵じゃ。

……今、場の雰囲気を作っちょるんは、キショッピーじゃのうて、ゴクツブシヤクなんじゃけぇ。」

ボウゲン博士の視線の先では、ゴクツブシヤクが不敵な笑みを浮かべている。


──ポジション取り。それはあくまで、既存の秩序の中での序列に過ぎない。

パワハラ系は結局のところ、他の誰かが作り上げた秩序の中で威張り散らしているだけに過ぎない。

だから、その秩序に含まれる価値観に縛られることになる。


ならば、その秩序そのものを作り上げた者は誰なのか。

それは、組織を作ったり再編したりする者とイコールではない。そこに命を吹き込む者のことだ。

つまり、自分の作った価値観を周りに承認させるだけの正統性を示すことが出来る者。

端的に言えば、万人が納得せざるを得ないくらい筋の通っている者であり、人はそれを『意識高いヤツ』と呼ぶ。


この次元に座る者には、周りの雑音は届かない。自らの価値基準を貫いて評価するからだ。

そして周りの者は、この次元に座る者に逆らうことはできない。なぜなら、その周りの者の属する集団の秩序や枠組み、価値観を定義するのは、この『意識高いヤツ』であり、逆らうことはその集団内での死を意味するからだ。


「うっ、うっせぇよキモジジィ!

臭せぇだけじゃなくて、ハゲ散らかしやがって!マジでキモいわ!視界に入るんじゃねぇ!」

追い込まれたキショッピーは、破れかぶれになっている。

『キモがる』。これは詠唱が短く、相手を牽制するに十分な効果がある使い勝手の良いスキルではあるのだが……価値観そのものを定義してくるような、『意識高圧系』には効果は今一つだ。


ゴクツブシヤクは、余裕の表情で反撃を叩きこむ。

「はい、その発言アウト。侮辱罪の成立要件、キミが思うほど厳しくないんだよ。

まぁキミも未来ある若者だ。失言の一つや二つ、目くじらを立てず、大目に見ようじゃないか。

……しかし、気をつけたまえ。キミのように、表面的な外見で評価するが、そこがどう価値というものにつながるのかを語ることのない若者を私はたくさん見てきた。

誰一人、上には残らなかったよ。」


──人間の思考のレベルには階層がある。

第一層は生理欲求の次元。第二層は感情で一喜一憂する次元。第三層は経験を参照する次元。第四層は物事の構造を捉えて思考する次元……といった具合だ。

キショッピーの暴言は、攻撃力は凄まじいものの、あくまで感情以前の、生理的な次元のものだ。

しかし今のゴクツブシヤクは、第三層〜四層の次元で話をする。

キショッピーとは、思考の次元が違う。つまり、『相手の土俵に乗っていない』どころか、『相手の乗ることのできない土俵に作り替えた』のだ。


自分の思考の及ばない数段高い次元に乗せられると、会話は成立しないどころか、脱落するしかなくなる。

結局キショッピーは、泣きべそをかきながら、キッチンの冷凍庫に帰って行った。

「……若いね。

少し頭を冷やしたら、また私のところに帰ってきたまえ。

まずは我々自身の価値というものを定義しようじゃないか。

……結果というものは、確たる自己定義から生まれてくるものだからね。」

ゴクツブシヤクは、タバコを一本取り出して咥えると、ライターで火をつけた。


****************************************************

「いんや〜、さっすがは天下のゴクツブシヤク様!

なんやったかいのォ、『誰一人、上には残らなかったよ。』ってなァ!

さっすが、お偉いさんの言うことは違いますのォ!あァ?」

アルチュウは、徳利を片手にバシバシと先ほどまでゴクツブシヤクだったボウゲン──兄貴筋にイジられ、元のゴクツブシに戻った──の肩を叩いている。


ゴクツブシは、無言で縮こまっている。

表皮が溶けかけているので、クーラーボックスに戻してあげてほしい。


「さっすがは大木の叔父貴の筋の若い衆じゃ!

いんや〜、参ったのぉ!……来月は、『レインボー花田組バッジ』の限定キャンペーンをやりよるけぇ、また挑戦しにきてつかぁさいや!」

スキンヘッドが大袈裟に驚きながら、まさとし君のシャツの襟に、原価数十円の花田組の『ジム所バッジ』を取り付ける。

キャンペーンの広報も合わせて行い、リピーターの確保に余念がない。


「オラァ!離さんかいこの下等公務員がぁっ!無辜の老人になんちゅう狼藉を働きよるんかいこのバカタレがぁっ!」

その隣で、手錠をかけられたボウゲン博士が暴れ回っている。


「馬鹿野郎テメェ!暴れんじゃねぇ!

税金も払わねぇで、何を被害者ヅラしとんのじゃい!キッチリ追徴課税したるけぇ、覚悟しぃやこんボケカスがぁっ!」

マルサの屈強な職員が、スタンガンを取り出す。


「うげぁあああ!

……ま、まさとしィ!隣町には『草野』っちゅうワシの兄弟筋がおるんじゃけぇ!

400円持って挨拶に行きぃや!」


「この外道!子供からミカジメなんぞ取りよって!

至急、暴対課に連絡せぇ!暴力団の資金源のウラが取れたぞ!」

マルサの男衆が慌ただしく動き出す。

呪詛の言葉を吐きながら、博士はどこかへ連れて行かれた。


……次のジム所、『草野ジム所』か。

アルチュウ、ゴクツブシ!どこまで行けるか、僕に見せてくれ!


今日新しく手に入れた二つ目のバッジを右手で撫でながら、まさとし君はニコリと微笑んだ。


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