生理嫌悪系のボウゲン②
「なんじゃいワリャ!骨のないやっちゃのォ!
最近の若い衆はぬるま湯に浸かっとるけェ、いざという時クソの役にも立たんのじゃい!
一遍ワシんとこで所作ぁ叩き込んだろかい!おォ?」
バトル開始早々、ゴクツブシがオラつきながらカズキのボウゲン──キショッピー──ににじり寄る。
その足元に赤黒く発光するヤクザ代紋のような幾何学模様から火の粉のような光の粒子が立ち昇ると、ゴクツブシの左手に天秤のような結晶が生成される。
パワハラ系の成立条件を満たすための、『ポジ取りマウンティング』のスキルだ。
天秤の皿に乗ったゴクツブシとキショッピーの影。ゴクツブシの影の方に、皿がグーッと傾く。
ニヤリと邪悪な笑みを浮かべたゴクツブシが口を開く。
「……まぁ、おどれに耐えられるかのォ。ウチは、厳しいけぇの。」
……よし、いいぞゴクツブシ!上司ポジを取った!あとは思い切り行けぇ!
パワハラ系は、相手より上の立場に立ってこそ、その真の恐ろしさを発揮する。
逆にポジ取りに失敗すれば、それはただの脅迫系や侮辱系のボウゲンでしかない。
しかしゴクツブシは代紋バッジを持つまさとし君をマスターに持ち、アルチュウから舎弟の盃を下ろされた強キャラ。並の相手にポジ取りでしくじるようなことはない。
『最近の若者構文』を詠唱し、難なくキショッピーの上の立場を押さえたのだ。
しかし、得意げになっているゴクツブシの余裕は、長くは続かなかった。
緑色に光を放ち始める、キショッピーの足元の代紋魔法陣。
そこから光の柱が立ちのぼり、緑色のモヤのようなものが噴出し、辺りを包み込む。
「うっわ、何すかこの豚。油浮いててキショいんすけど。自分こういうの無理っすわ。
あのー、俺に絡んでくる前にちょっと風呂入ってもらっていいっすか?」
うっすら霞むそのモヤの中で、キショッピーは暴言を詠唱する。
……ふゴォオッ!
ゴクツブシが変な声を出す。その体表が少し溶けだし、額を小便が伝う。
霞の中でキショッピーは下から自らの代紋魔法陣の光に照らされ、蛍光色のように透き通った小便の氷で出来た身体を光らせている。
「あ……あれは……侮辱系?」
アルチュウですら苦戦した、上の立場を取られた状態での反撃を難なく成功させるキショッピーに、まさとし君は戦慄する。
「ふむ、まさとしィ。確かにおどれが言う通り、広い意味ではあれも侮辱系の範疇に入るやもしれんがのォ。
ありゃ『生理嫌悪系』なんじゃけェ。」
ボウゲン博士は、ソファにどっかり腰を落とし、部屋住みから水割りを受け取っている。
「どうでもいいんすけどオッサン、触ったら指くっつきそうっすね。
糸引きそうでキショいから触んねぇっすけど。
……寄んなや。あとツラぁ離せや。加齢臭が臭ぇし。」
キショッピーの追撃がゴクツブシを襲う。
「えっ……?『生理嫌悪系』……?」
「ウム。……ありゃ本能の次元で相手を蝕む、強力な暴言なんじゃ。
さて、どう出るかのぉ、ゴクツブシは?」
──人間に限らず、生物は本能的に不潔なモノを避ける。
それは、感染症や食中毒などに対する防御の本能だ。
生理嫌悪系の暴言。相手を『本能的に避けるべき不潔な存在』に貶め、理性の及ばない潜在意識の次元で相手の尊厳を破壊する、恐ろしい暴言だ。
まさとし君は己の尊厳を揺るがされ、滂沱の汗の如く溶けた小便を滴らせているゴクツブシを見つめながら、堅く拳を握りしめる。
……踏ん張れ!ゴクツブシ!この程度で折れていたら、パワハラ上司キャラは務まらないぞ!
「……えらい失礼したのォ、若造!
悪かったのォ、身だしなみが整うてなくて。じゃけんどのォ、わしゃおどれのようなゼニの無ぁプータローと違うてのォ、こがぁ上モノのブツを持っとるんじゃけェ!
……見さらせ、ド三下がぁっ!コレが資本主義の勝者の貫禄っちゅうヤツよ!」
そう啖呵を切ると、ゴクツブシはその短い腕を天に掲げる。
ゴクツブシの足元の代紋魔法陣が怪しい輝きを放つ。
そして、ドス黒い霧のような煙を立ち昇らせると、それは掲げられたゴクツブシの手のひらに集まり、赤黒い光を放って激しく点滅する。
光が消えると、その手のひらには、高級ブランド品の香水の瓶の結晶がが生成されていた。
「往生せぇや!青二才がぁッ!」
そしてゴクツブシは、その香水を自分に振りかける。
バニラの香りが、あたりに漂う。
「馬鹿ッ!
……やめろ、ゴクツブシ!相手の術に乗るなッ!それは罠だっ!」
まさとし君は血相を変えてゴクツブシを制止する。
しかし、時は既に遅かった。
「ぷッ……!
オッサンが若作りしてらぁ!だっさ!きっしょ!
あのー、何て言うか、超絶痛々しいんで、視界に入らないでもらっていいっすか?」
キショッピーの冷笑が響く。
数十秒、時が止まる。
まさとし君は、頭を抱えて目を逸らしている。
ボウゲン博士は、無言で水割りのグラスを口に運んでいる。
カズキは、ハナっからバトルには興味なさそうにスマホを弄って画面に見入っている。
ゴクツブシは、下を向いて固まっている。
体表がダラダラと溶け、ジム所の床に小便の水たまりをこしらえている。
ボウゲン博士は、コトリとグラスを長机に置くと、口を開く。
「……ゴクツブシ、早まったのォ。
小物にありがちなんじゃが、ボウゲンバトルは相手の土俵に乗っかった瞬間、勝負は8割決まるんじゃけェ。」
泣きべそをかきながら、スゴスゴとクーラーボックスに戻っていくゴクツブシを横目に、ボウゲン博士は敗因を解説する。
……ゴクツブシが……負けた!?
敗戦の衝撃に、まさとし君はジム所の床に膝をつく。




