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水からの暴言  作者: 叡愛禅師
二匹目のボウゲン
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パワハラ系のボウゲン⑤

アルチュウは尚もすさまじい剣幕で怒鳴り続ける。

額に青筋を浮き立たせて罵詈雑言を並べたてるその周囲で、次々と地獄の業火が立ち昇り、ハイキブツの横顔を照らしている。

ハイキブツはタジタジだ。進化が解け、元の太った豚の姿の、ゴクツブシに戻っている。


「しかしアルチュウ、末恐ろしい奴よのォ。完璧に脅迫系の暴言を使いこなしておる。

パワハラ系にしろ、存在否定系にしろ、侮辱系とタイプ相性が良くないけぇのォ。

……自分の属性とは違えど、ああやって脅迫系に手を変えちゃったんは、正解よ。」


アルチュウの剣幕に押され、ゴクツブシは縮こまって涙目になってオロオロしている。

その精神も追い込まれ、自らの輪郭を維持できないようだ。体表が溶け、ボタボタと床に液体に戻った小便を垂らしている。

それでもアルチュウの脅迫系暴言の詠唱は止まらない。容赦無く、ゴクツブシのメンタルを削り込んでゆく。


「……そしてパワハラ系に多いんじゃが、イキがっとるだけの小物っちゅうヤツは、本質的な貫目の高けぇ奴が、ちぃと本気の怒りっちゅうヤツをコツンと当てちゃるだけで、簡単にメッキが剥がれるモンなんじゃけェ。

イキがったところで、ゴクツブシは所詮産まれたての赤ん坊。

これまで数多のボウゲンを相手に死線を潜ってきた百戦錬磨のボウゲン、アルチュウとは格が違うんじゃけェ。」


遂にゴクツブシは、アルチュウの足元にひれ伏し、頭を地面にこすりつけ始めた。

涙と鼻水が、床に垂れて溶けた小便と混じり合い、凍り付いて鏡のように天井の照明を反射している。


「それにのォ……まさとしィ!今のワレは代紋のバッジ持ちよ。

これを持っろりゃぁのォ、『組織の威光』っちゅうモンがボウゲンに備わって、相手はバックに付くやべぇ奴に勝手に恐れおののいて、こちらの口撃の効き目が上がるんじゃ。

……特に、ちぃぽけな自分を大きく見せるタイプの奴には、マジモンのやべぇ奴の威光っちゅうのは、効果覿面なんじゃけェのォ。」


まさとし君は、襟元で蛍光灯を反射しているジム所バッジを撫でる。

……そうか、岩本のおじさんが、アルチュウに力をくれたんだね。

ありがとう、おじさん!


「サテ、頃合いかのぉ。

まさとしィ、ワレ、選びよれ。

……あのゴクツブシをアルチュウの舎弟に付けちゃるか、それともこのまま消滅させるか。

ワレ、こないだ渡した、『アニキサカズキ』は持っちょろうのォ?」


……えっ……?消滅?舎弟?

まさとし君は何のことか理解できず、目を瞬かせる。


「……ほれ、しげはるが二匹目の暴言を連れておったじゃろう?

ありゃぁのォ、こうやって戦わせて倒して、兄貴としての貫目の違いっちゅうモンを見せつけた上で、『アニキサカズキ』を使うて兄弟の契りを結ばしちゃるんじゃ。

……そいで、どうすっとや?」

博士は、まさとし君に選択を迫る。

まさとし君は、迷いのない目を博士に向けて口をひらく。


「……決まってますよ、博士。

仲間が増えるのは嬉しいです。『アニキサカズキ』、使います!」

ポケットをゴソゴソやり、まさとし君は『アニキサカズキ』を取り出す。

ガシャポンのカプセルのような球の中に、アルチュウサイズの徳利と、盃が入っている。


「よう言うた。新しい若い衆を迎え入れる覚悟を決めたっちゅう事じゃな?

そしたら、今回はワシが媒酌人をやってやるけぇのォ。

……次からはおどれが直に盃を下ろすんじゃけェ、所作と作法はしっかり見ときィや。」


そう言うと、博士は、『アニキサカズキ』のカプセルを開けると、小さな徳利と盃を取り出す。

それをアルチュウの前に差し出すと、呼応するかのようにその足元の代紋様の幾何学模様が反応する。

光の粒子がアルチュウの眼前に集結し、三宝のような氷の結晶が生成される。

ボウゲン博士は、その上にカプセルから出した徳利と盃を乗せる。

アルチュウの代紋魔法陣が暖かな光をたたえる。

すると、それに反応して、徳利から穏やかに霧が立ち昇る。


辺りは淡い霧に包まれ、アルチュウの代紋魔法陣が放つ光が、幻影のようなものを映し出す。


****************************************************

アルチュウの放つ光は、殺風景な冷凍室に和室のような空間を幻のように映し出している。

畳張りの床が広がり、奥には金屏風が立ち、床間には祭壇が立てられ、毘沙門天の掛け軸が架けられている。

厳粛な空気に、まさとし君は思わず背筋を伸ばす。

船長は目の前に広がる超常現象に理解が追いつかず、キョロキョロと辺りを見回している。


正座し、両の拳を床に付けたボウゲン博士が、厳かに口上を述べる。

「これより、古式の作法に則り、兄弟盃の儀を執り行います。

兄となられます、アルチュウ殿。

既に任侠の筋を通し、舎弟となられますゴクツブシの命を預かる覚悟は決めておられると存じますが、その覚悟のほどを今一度見つめ直し、肚定まりましたら、この盃、お心の分だけ、お飲みください。」


そして小さな白磁の盃と徳利がちょこんと乗った三宝をうやうやしくアルチュウの前に差し出す。

アルチュウは両手で盃を取ると、9割程を飲み干し、三宝に戻す。


「続きまして、舎弟となられます、ゴクツブシ殿。

任侠の道は荊の道。兄貴を支え、兄貴のために身体を懸け、兄貴から白い物でも黒と言われればそれを呑み込まねばならないという盃の掟は、既に重々理解されておられるかと存じます。

しかしこの盃は、出世盃。アルチュウ殿の舎弟になるという覚悟の程を今一度見つめ直し、立派な男となる決意を固められましたら、その盃を一気に飲み干し、お納めください。」


ゴクツブシの目の前に、先ほどアルチュウが口を付けた盃が差し出される。

ゴクツブシは両手で盃を受けると一礼し、残った1割を飲み干すと、盃を懐に納めた。


「盃を受け、アルチュウ殿の舎弟となられました、ゴクツブシ殿。

兄貴分の前にお進みください。

そして、『兄貴、よろしくお願い申し上げます』と、ご挨拶を申し上げてください。」


ゴクツブシは、アルチュウの前に正座し、両の拳を床に付ける。

そして、頭を垂れ、太い声で力強く言った。

「兄貴、よろしくお願い申し上げます!」


二体のボウゲンの代紋魔法陣が煌々と輝き、光の粒子を立ち上らせる。

その幻想的な光景と、アルチュウの凛々しい横顔に心を打たれたまさとし君の目から、感動の涙が流れ落ちる。


……その後ろで、バーンと大きな音を立て、冷凍室の扉が蹴破られた。


****************************************************

「オラァ!離さんかいこのド三下がぁっ!

ワシはちィと孫の友達と釣りに来とっただけじゃろうがい!」


後ろ手に手錠をかけられた、ボウゲン博士が甲板の上で呪詛の言葉を吐きながらのたうち回っている。


「黙らんかいボケぇ!

親御さんから捜索願が出とるんじゃい!可哀想に、こがぁマグロ漁船で働かせよって!

年端もいかん子供に、何をさらしとんじゃいワレぇ!」


屈強な海保の隊員3人が、ヤクザ顔負けの暴言を吐き散らかしながらボウゲン博士を押さえつけている。


「……まさとしィ!こりゃぁ年寄りへの暴行じゃァ!人権侵害じゃァ!違法捜査じゃけェ、ワシは無罪じゃァ!

すぐにまた出て来るけェのォ!また遊びに来んかい!」


「アホかテメェは!

児童労働なんてとんでもねぇ人権侵害しくさりよって、何がテメェの人権じゃい!!」


そう吐き捨てると、海保の隊員はボウゲン博士を巡視艇にぶち込み、荒波をかき分けて去っていった。

まさとし君は、別の海保の船に保護されている。

波しぶきをかぶったところが乾いて塩がシミのようになり、魚の鱗にまみれ、中々の酷い姿になったが、満足げに微笑んでいる。


「仲よくね、アルチュウ。よろしくね、ゴクツブシ!」

そう言うと、愛おしそうに、アルチュウとゴクツブシの二匹が入ったクーラーボックスをさすっている。


……次は、どんなボウゲンとバトルできるかな?

明日のバトルを夢見ながら、まさとし君は巡視船の医務室のベッドに横になった。


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