パワハラ系のボウゲン④
アルチュウとゴクツブシの鍔迫り合いは続く。
アルチュウはいまだに『ポジ取りマウンティング』の呪縛から抜け出せずにいる。
本質的な『貫目』そのものはたった今誕生したばかりのゴクツブシを凌駕しており、年下上司に対する年上部下のような感覚でゴクツブシの詠唱するパワハラ系暴言に持ち堪えているが、『立場の違い』は圧倒的な貫目の差を拮抗させるまでに大きい。
長期戦に、アルチュウには疲労の色が見える。
全てが凍りつく極寒の冷凍室にいながら、その体表は溶けて小便に戻り、テカテカと照明を反射している。
「ワレェコラ、偉そうな事抜かしよるたぁ、おどりゃどこに出ても恥ずかしゅうないような、ええお仕事されとるんじゃろなァ?あァ?
どがぁシノギ回しよるんか、言うてみんかいボケぇ!」
膠着する戦いの中、アルチュウは懸命に侮辱系スキル、『職業ディス』を発動する。
「……パワハラ系が強いのは、『相手より上の立場』にポジ取りしているからじゃ。
なるほどのォ、侮辱系なら、相手の価値を毀損して、ゴクツブシのポジ取りを帳消しにできるやもしれん。
じゃがのォ……。」
面接官ポジションからアルチュウを恫喝するゴクツブシ。アルチュウは、その立場を侮辱系の暴言で引き下げることで、自らの優位を取り戻そうとしている。
代紋魔法陣から発せられる青白い光に照らされたアルチュウは、その試みが成功したように見える。
しかしボウゲン博士の解説は、歯切れが悪い。
ゴクツブシは、フンとつまらなそうに鼻白む。
「あン?ワシゃフリーの自由業よ。少なくとも一本独鈷で自分の足で立っとるけぇのォ!
それに引き換えわりゃ何じゃい!人間の子供の脛齧ってブツクサ文句ばかり抜かしよる、しょうもないニートじゃろうがい!
学生気分が抜けとらんのォ。社会人舐めたらアカンでワレェ!」
赤黒く燻るような代紋魔法陣から、ドス黒い霧のようなものを立ち昇らせながら、アルチュウに堂々と言い放つ。
……凶悪なカウンター、『社会の厳しさ説教』が、アルチュウに残された精神力を容赦無く刈り取る。
「……やはりな。
パワハラ系の『ポジ取り』は、構造的な立場によって決まるんじゃ。
アルチュウがクチでどんだけこき下ろしてみたところで、ヤツの社会的な立ち位置は変わらん。
──ゴクツブシにとっては、犬に吠えられた程度にしか、堪えんのじゃ。」
ボウゲン博士は、額に一筋の汗を流す。
その汗は冷凍室の冷気に当てられ、たちどころに凍りつく。
しかし、心を折られたアルチュウは、自らの輪郭を維持することができない。体表が、ダラダラと溶けて小便に戻り、ボタボタと床に流れ落ちてそこで凍りつく。
アルチュウは、遂に片膝をつく。
足元の代紋魔法陣はアルチュウの精神状態を反映するかの如く、消え入りそうな弱々しい光になっている。
その姿を見下ろすゴクツブシの口角が上がり、ニヤリと笑う。
そして、その肉付きの良い体の周りに、ドス黒い霧が立ち昇る。
ゲロの成分で脂ぎった表皮がひび割れ、無数の棘が生えてくる。
牙は長く伸びて唇からはみ出し、額には第三の目が縦に開く。
「あ~、道理で何じゃい、臭ッせェ匂いがするわけじゃ。ワレみてぇな寄生虫がおると、空気が腐りよるけぇのォ。同じ空気吸うてる思うと気分悪いわい。」
先ほどまでのゴクツブシとは一段階低くなった、ドスの効いた声が響く。
ボウゲン博士は、驚愕する。
「……何ィ!?『進化』じゃとォ?
ありゃ、パワハラ系の上位互換、『存在否定系』のボウゲン、『ハイキブツ』じゃッ!」
進化したゴクツブシ……ハイキブツがアルチュウににじり寄り、啖呵を切る。
「ワレ、脛ッ齧りの要らない子やないかい。世の中を腐らしよる寄生虫め!腹ぁ掻っ捌いて世間様に詫び入れェ、ワレェ!」
雲海に轟く稲妻のように、ゴクツブシの黒い霧が点滅しながら発光する。
……その言葉に、アルチュウは完全に心を折られたように、沈黙した。
──人間は、社会……つまり人との関係性がないと生きていけない生き物だ。
そしてその関係性は相手から存在を認めてもらうことから始まる。
『パワハラ系』のボウゲンが撃ち抜くのは、あくまで相手の存在そのものは認めた上での『社会での役割』なのに対し、『存在否定系』のボウゲンは、その根底である『存在の承認』そのものを破壊し、相手の居場所を否定。精神的消失を狙う、強力なボウゲンなのだ。
「……まさとしィ、四の五の言うてられん!アルチュウを『進化』させぇ!
ホレ、これをやる!『ふしぎなクスリ』、早う使わんかい!
ラリチュウに進化さしてやりゃあ、話が噛み合わんようになってまだ勝ち目があるんじゃけェ!」
ポケットから『ふしぎなクスリ』の入ったパケットを取り出し、まさとし君に押し付けながら、切羽詰まったようにボウゲン博士がアルチュウを進化させるよう迫る。
まさとし君は、首を横に振る。
「嫌です!
あんなの……あんなのは、ボウゲンバトルなんかじゃない!
毎日強い暴言を勉強して、自分のボウゲンを強くして、アツい怒りとクールな理屈で戦うのが、ボウゲンバトルじゃないか!
こないだみたいな変なお薬で、頭おかしくして、それで勝ちを拾っても、嬉しくない!
……ダメ、ゼッタイ!」
そしてまさとし君はアルチュウに向き直る。
アルチュウをまっすぐに見据え、迷いのない声で命令する。
「アルチュウ!立て!負けるな!僕は君を信じてる!」
その時、まさとし君の襟に取り付けたジム所バッジが、一瞬煌めく。
すると、うなだれて意気消沈したアルチュウの身体が、淡く光を帯びる。
「あン?オラぁ、どうした?ビビってんじゃねぇぞ産廃!
道具がねぇなら貸してやんぞコラ!サッサと腹ぁ切らんかい!」
ハイキブツは短刀のような氷の結晶を生成すると、アルチュウに投げて渡す。
……しかしそれは、アルチュウの手によってはたき落とされる。
「小物風情が舐め腐っとるんじゃ無ェぞコラァ!」
ドスの効いた声を張り上げたアルチュウ。
その代紋魔法陣は、完全に光を取り戻した。
灼熱の地獄の業火のような真っ赤な光を放ち、激しく点滅する。
大音声の怒鳴り声に合わせ、立ち上った真っ赤な光の粒子が爆ぜ、爆炎を立ち上らせる。
そして先程ボウゲン博士が小脇に抱えて持ってきた一升瓶に手をかけると、底の部分を床に叩きつける。
砕け散った瓶の底から日本酒が床に飛び散り、一瞬で凍り付く。
「ああ~!ワシの酒がァ~!」
船長が、悲痛な声を上げる。
底が叩き割られ、ギザギザに割れたガラスの一升瓶を凶器のように構えると、アルチュウはズカズカと大股でハイキブツににじり寄る。
「ワレェ!ワシに盾突きよるたぁ、覚悟は決まっとるんじゃろうのォ!あァ?コラぁ!
わりゃ、ウチの代紋にコナぁかけよるんかい!ブチ殺すぞオラァ!」
……アルチュウが……立った!
急転直下の復活劇。何がアルチュウに力を取り戻させたのか、まさとし君にはわからない。
「行け!アルチュウ!」
まさとし君は声を張り上げ、アルチュウに声援を送る。
その横で船長は、アルチュウに叩き割られた一升瓶から飛び散った酒を回収しようと床を舐め回している。
「ほう、まさとしィ。やりよるのォ、ワレ。
……存在否定系の暴言を破るにはのォ、誰かが承認してやればええんじゃけェ。
これが、暴言と、そのトレーナーの絆っちゅうヤツなんじゃろうがいのォ。」
ボウゲン博士は腕を組み、ウンウンと頷いている。




