パワハラ系のボウゲン③
「ひえッ!何じゃいあのバケモンは!」
船長は、腰を抜かしたように後ずさる。
「あ、船長。さっき博士が説明した通りですよ。
おしっこに暴言を吐いて凍らせると、ああいう、動き回って暴言を吐くことしかできない、『ボウゲン』が出来るんです。
……ちなみに、これはぼくのおしっこ、『アルチュウ』です。」
アルチュウがぴょこんと船長の前に飛び出す。
「ああ、ワシ、アルチュウ言うモンじゃ。
自己紹介してやりたぁところじゃが、生憎ゴリラ語は分からんのじゃけェ。学が浅うてスマンのォ。
ゴリラは金玉が小せぇ言うが、あんまり怖がらせて、ワレん金玉、さらに縮こまらせて無くなってしもうたかのォ。」
そして180度体の向きを変えると、先ほど誕生したボウゲン、『ゴクツブシ』──どうせ、そんな名前だろう──に向き合う。
「まぁ、ナメクジ語はもっと分からんがのォ。
オウ、そこのデブナメクジ!どこに目ぇ付けとんじゃいコラァ!」
アルチュウの足元に代紋魔法陣が浮かび上がる。
青い光を立ち昇らせ、稲妻をパチパチといわせながら、アルチュウはゴクツブシににじり寄る。
「ムぅ、始まりよったのォ。『ボウゲンバトル』がのォ……。
まさとしィ!気ぃ付けェ!ありゃ小便だけじゃのうて、ゲロまで混じっちょる、筋の曲がりよった汚ねぇ水に、日常会話が暴言っちゅう筋金入りの危険人物が吐いた暴言が組み合わさった、手の付けられん外道なんじゃけェ!
気ぃ抜きよると、あっという間にタマぁ取られるで!」
あのボウゲン博士が真剣な顔で警告する。
つまり今回の相手は、これまでにないくらい危険なボウゲンということなのだろう。
極寒の冷凍室での戦いだというのに、まさとし君が握った手のひらに、汗がにじむ。
ゴクツブシが面倒くさそうに口を開く。
「何じゃい。ロクに仕事もしてなさそうなゴロツキが来よったのォ。
ゼニが無ぁからワシんところで便所掃除のバイトでも申し込みに来よったんか?あァ?」
ゴクツブシの足元にも代紋魔法陣が浮かび上がる。
赤黒い、夜の闇に包まれる前の太陽のような色味の光の粒子が、火の粉のように立ち昇る。
そしてそれはゴクツブシの掲げた左手に集まり、天秤のような結晶を生成する。
その両の皿の上には、ドス黒い色のゴクツブシと、アルチュウの影のような幻影がモソモソと蠢いている。
ゴクツブシがフゥーっと息を吹きかけると、その天秤はグーッとゴクツブシの影の方に傾く。
「……ほーん、やっぱりおどりゃ、プータローかい。
帰れ帰れ。ナメクジ語でも話しよるんならウチで使うてやらん事も無ぁが、何のスキルも無ぁ穀潰しに用はないわい!」
アルチュウの顔が引きつる。
「……まずい!カウンターか!耐えろ、アルチュウ!!」
まさとし君が声を上げるが、ボウゲン博士は首を振る。そして、さらに残酷な現実を告げる。
「……いんや。ありゃぁ、そがぁ生易しいモンじゃ無いわ。
ゴクツブシはのォ……アルチュウの『上の立場』を押さえたんじゃ。
アレは、『パワハラ系』のボウゲン。その攻撃は、『ポジ取りマウンティング』から始まるんじゃ。」
──例えば、面接官と求職者。
或いは、上司と部下。
そしてまた、買い手と売り手。
何なら、先輩と後輩。
相手との関係性による立場の違いは、術者を強くも弱くもする。
ゴクツブシは、初手の『ポジ取りマウンティング』でアルチュウとの関係性を『面接官と求職者』という立場に確定させ、『上の立場』に立った。
……この意味に、アルチュウはおろか、マスターのまさとし君もまだ気づいていない。
ただボウゲン博士だけがこの危機を看破し、警告を発する。
「気ぃ付けェ!ありゃ『圧迫面接』の構えじゃ!ネチネチと続く連続攻撃の構えなんじゃけェ!
気ィ抜いとると、あっという間にやられるぞ!!」
ボウゲン博士の切羽詰まった声が冷凍室に響き渡る。
しかし、アルチュウも、まさとし君も、いっこうに気にかける様子がない。
アルチュウの代紋魔法陣から、稲妻が立ち昇る。
「……ほぉ~ん、こら失礼しましたのォ。ナメクジ語なんて崇高なスキルが必要なシノギ回しよるんですかい。
アンタ、ナメクジ並みに頭がええんでっしゃろなァ!
いんや~、ナメクジとは知能のレベルが違うとるワシにはとてもとても向いとらんですけェ、他当たってつかぁさいや。」
……上手いぞ、アルチュウ!カウンター返しだ!そのまま押せッ!
相手の言葉を引用する、鮮烈な侮辱系暴言。まさとし君は、心の中で喝采を送る。
しかし、まさとし君の期待を裏切るかの如く、ゴクツブシの代紋魔法陣から赤黒い光が立ち昇る。
「あァ?ワレェ、なんか勘違いしとるんじゃ無ァか?
ワリャぁのォ、向いとらんのんじゃのうて、能力が無いんじゃい!」
強烈な一撃が、アルチュウを襲う。
ゴクツブシのスキル『人格否定』が炸裂し、アルチュウの体表が溶け出し、液体に戻った小便が汗のように伝う。
「……あれが、『パワハラ系』の恐ろしさよ。
人間にはのォ、一人一人、社会での役割ッちゅうもんがあるんじゃけェ。
人間は社会的な生き物じゃけェ、その役割を果たしていることを認めてもらわんと、自分の存在意義を見失うんじゃ。
……その『役割』を果たしているかどうかを評価する立場の相手から、それを否定されたらどうなるか……おどれにもわかるじゃろ。」
肌を指すような冷凍室の空気に息を曇らせながら、ボウゲン博士が説明する。
──『パワハラ系』のボウゲン。それは、立場を笠に着て、この社会における『役割』を否定する。
それにより、相手の存在意義をへし折る。
人は皆、この社会での『役割』を果たすことにより『自分はこの社会に居ても良い』という自己肯定感を醸成する。
……この暴言を受けた相手は、最終的には自分の存在を自己否定するようになるという、恐ろしい暴言だ。
ボウゲン博士は、渋い表情で腕を組んでいる。
……なんて恐ろしい暴言なんだ!
まさとし君は、握り込んだ拳に力を入れる。
「気を付けろ、アルチュウ!これまでの相手じゃないぞッ!」
まさとし君の切迫した警告が、冷凍室の凍てつくような空気を震わせる。




