パワハラ系のボウゲン①
「コラぁ!そがぁへっぴり腰でどうすんじゃい役立たずめ!クソぉ捻り出すつもりでケツの穴に力入れんかい!
ったく使えねぇモヤシ野郎が!テメェみてぇな穀潰し、とっとと船降りやがれ!」
冷たい雨が降りすさぶ中、船長がまさとし君に怒鳴りつける。
「……くゥ、痺れる!ジム所のおじさん達も凄かったけど、ここも強そうな暴言が飛び交ってる!
あれは……脅迫系の暴言みたいだけど、ちょっと違うかな?
……ねえ博士、あれはどんなタイプの暴言ですか?」
そして何故か隣には、防波堤に釣りに来ている家族連れが見たらドン引きするようなゴツい釣竿を構えたボウゲン博士がいる。
「ええところに目ェ付けよったのォ。
確かにありゃションベンちびるような剣幕で怒鳴っとるけェ、脅迫系に聞こえるんも無理はないがのォ。
ありゃぁのォ、『パワハラ系』じゃ。」
まさとし君は、ポケットからメモ帳を取り出す。
しかし、降りすさぶ雨と荒れた海からの波しぶきでずぶぬれになり、シナシナになっている。
気にせず、びしょ濡れのメモ帳を広げる。暴言の求道者たるまさとし君にとって、この程度どうということはない。
冷たい雨と荒れ狂う波が甲板を叩きつけ、船全体が軋む。
「テメェら、何をブチブチくっちゃべっとるんじゃいオラァ!
やる気ねぇなら海に叩きこむぞボケぇ!」
船長は激昂する。
「あっ!これは今度こそ、『脅迫系』ですね?博士。」
「うむ、そうじゃのォ。おどれもよう勉強しとる。その調子で精進しィや。」
そして船長はまったくこたえていない穀潰し二人に頭を抱える。
「親方ァ!手ェ貸してつかぁさい!……こいつぁでけェ!」
古参の漁師が船の後方で声を張り上げる。
「何ィ!おし、待っちょれ!今行くわい!
……このクソの役にも立たねえタダ飯喰らいめ!テメェらに仕事はねェ!冷凍室の掃除でもやっとれこのバカタレがぁっ!」
何故かまさとし君は、マグロ漁船に乗っている。
そして何故か同じ船に、ボウゲン博士も乗っている。
……今日は、しげはる君と釣りに出かけるはずだった。
まさとし君は、乗る船を間違えたのだ。
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「しげはるゥ。……まさとし君、凄いな。
……アジが絶滅してしまう。」
穏やかに凪いだ海に浮かぶ遊漁船。甲板の上で、しげはる君とお父さんは、ドン引きしたように立ち尽くしている。
その眼の前では、ガタイのいい若者が次々に大物を釣り上げている。
「親方ァ!こがぁ雑魚、チマチマ釣っとったら油代にもならんですぜ!網ィぶち込んだりましょうや!」
30㎝程のアジを生簀に放り、手際よくエサをかけて釣り糸を垂らす。
「正敏の旦那ァ……無茶言わねぇでつかぁさいや。こがぁ釣り船で根こそぎやっちまったら、漁協に睨まれちまいますけぇのォ……。」
船長も、ドン引きしている。
「お父さん……。アレ、まさとし君じゃないよ。
まさとし君、どこに行っちゃったんだろう……。」
そう、しげはる君は、船に乗る前まではまさとし君と一緒だった。
しかし、目の前の「正敏」氏は、名前が同じだけで別人だ。
──話は、2時間ほど前に遡る。
「しげはる君ゴメン!ちょっとおしっこ!」
アルチュウの入ったクーラーボックスを首からぶら下げたまさとし君は、釣り船『第三励彩丸』に乗り込む直前に、尿意を催した。
「え~!……しょうがないなァ。先に乗ってるからね。『だいさんれいさいまる』、間違わないでよ!」
駆け足で公衆トイレに駆け込むまさとし君を後に、しげはる君はお父さんと一緒に船に乗り込んだ。
船の前では、名簿を片手に船長が予約の確認をしている。
「へい、大木 重信サンと、しげはる君ですかいのォ?あとお連れのまさとし君は……?」
「トイレに行ってます。来たら乗せてあげてください。」
「へぇ、わかりましたよォ。いぃっぱい釣れるとええですのォ、坊ちゃん。」
しげはる君は、初めての船釣りに大はしゃぎだ。船のアチコチを冒険して回る。
「あぁ、アンタが『まさとし君』ですかいのォ?……最近の子はええモン食っとるけェ、ガタイがええのォ!」
「へぇ、ワシが、『正敏』じゃ。これがワシのお世話になる、『第三労災丸』で?」
「おゥ、そうじゃ。これがワシの船、『第三励彩丸』なんじゃけェ。立派な船じゃろ?」
「大将、今日から暫くお世話になります。しっかし、こがぁ小ざっぱりした船でマグロを……?」
「ガハハハ、そりゃアンタの腕次第じゃろうがい!……ささ、乗んなされ。」
船長とまさとし君のやり取りが聞こえる。
……まさとし君、あんなシブい声だったかな?
少し気にはなったが、しげはる君は目の前でブルンブルン唸っているエンジンに夢中だ。
人違いに気づいたのは、すっかり沖に出てしまった後だった。
「フゥ、トイレが遠いよ。
……あれ、船どこかな?たしか『だいさんれいさいまる』って言ってたけど……。」
トイレから戻ったまさとし君は、辺りを見回す。
そこに、やたらとゴツい、大型漁船が見えた。
大漁旗と一緒に、『第三労災丸』と刺繍された派手な旗が風を受けてはためいている。
「あのー、おじさん。ぼく、まさとしです。
この船、『だいさんれいさいまる』ですね?
楽しみにしてたので、よろしくお願いします。」
まさとし君は船の前に立つ、人相の悪いオヤジにちょこんとお辞儀をし、丁寧に挨拶をする。
「ン?……あァ、テメェが今日からウチの船に乗る、『正敏』っちゅう若い衆かい。
随分と小せぇが……最近の若ぇモンは色んなのがおるけェの。これが多様性っちゅうヤツなんじゃろうて。
少子化だか何だかで困っとったとこじゃけぇ、よう来てくれたのォ。ささ、早よう乗らんかい!」
船長はそう言うと、押し込むようにまさとし君を船に乗せた。
そして何故か船の中にボウゲン博士がいた。
「おォ、まさとしィ!ワレ、こがぁヤクザな船に乗りよるたぁ、一体何をやらかしよったんかいのォ?
……あァ、ワシけェ?弁護士の先生が裏で手ェ回してくれて、何とか出てきたがのォ、ちィと先生が下手ぁ打ちよってのォ。フダが出てしもうたんじゃけェ……。
ウチの筋のモンが今左翼の先生んとこに挨拶に向こうとるんじゃが、ナシが付くまでこうやって身体を躱しとるんじゃけェ。」
……流石博士だ!よくわかんないけど、難しい言葉をいっぱい知ってて凄いや!
きっとしげはる君が祖父であるボウゲン博士を連れてきたのだろうと思ったが……しげはる君の姿はどこにも見つからなかった。




