突発爆裂系のボウゲン③
「ワレェ!コラぁ!おどりゃ、ようもワシの可愛い舎弟を弾きよったのォ!
ケジメ取らすぞボケぇ!」
凄まじい剣幕でイテマウドンが突進してくる。
足元の代紋魔法陣は煌々と赤色の光を放ち、そこから立ち昇った光の粒子があちこちで爆炎を立ち昇らせる。
貫禄の脅迫系ボウゲンの本気の恫喝。その迫力に、バトルを見守る男子たちが目を見開く。
「ボウゲンバトルは勝ち抜き戦じゃけェのォ。二戦目のバトル開始じゃ。」
ボウゲン博士が二戦目の開幕を宣言する。
しかしアルチュウは先のオラァット戦の疲労が残っているように見える。
「ふむ……ちィとアルチュウは厳しいかも知れんのォ。
……ありゃ、『酒を飲む』のデバフ、『前後不覚』の状態異常なんじゃけぇ。
頭のキレが命の侮辱系には、致命的じゃ。」
先のオラァット戦で大酒を飲み、頭のネジを外すことで辛くも勝利したアルチュウ。
しかし強力なスキルには当然デメリットもある。
──時間経過により、知性が一時的に下がってしまうのだ。
だがしかしこれは、男と男の真剣勝負だ。
ここで勝負を投げ出すわけにはいかない。
……頑張れ、アルチュウ!
まさとし君は祈るように、握った手に力を籠める。
「あァ?なんじゃいメタボ亀ェ。わりゃ口が臭ぇけェのォ。ほれ、鼻がもげてしもうたわ。」
そう言うとアルチュウは鼻のパーツを外してみせる。
実体が小便を凍らせた結晶だけに、身体の変化はある程度自由自在だ。
しかし……アルチュウの詠唱には、今一つキレがない。
本来であれば『口臭ディス』はもっと強烈な口撃だ。
生物は本能的に、病原体を避ける。匂いというのは、その病原体を見分けるための重要な指標。
相手を病原性廃棄物の次元に貶めるという強力な効果に加え、一方的に糾弾するだけで発動できる根拠不要の使い勝手の良いスキルなのだが……イテマウドンはダメージを受けた様子はなく、ピンピンしている。
「ンだとコラぁ!舐め腐りよって!ついでにテメェの首ももいでやろうかこの野郎!」
イテマウドンはいきり立ってアルチュウに詰め寄る。
その手には、鎌のような結晶が握られており、その刃先でアルチュウの首元をツンツンとつつく。
イテマウドンの暴言が巻き起こす地獄のような業火が、研ぎ澄まされた刃に映り込む。
アルチュウの額に、溶けた小便が滲み出る。
ボウゲン博士は注意深くイテマウドンの凶器脅迫攻撃を観察する。
「フム……凶器は使うておるが、脅迫しとるだけじゃのォ。ルール内じゃけェ、続行じゃ。」
博士は判定を下す。
紳士のバトルホビーであるボウゲンバトルの公式ルールにおいては、暴力行為は反則だ。殴る蹴る凶器で攻撃するなどの物理的な攻撃があった場合、その時点で失格負けとなる。
しかし、凶器を見せつける脅迫は、れっきとした『抑止力』のスキル。どのタイミングでどう使うかはボウゲンバトルにおける戦略の一つだ。
「やれるもんなら……やってみんかいやワレェ!反則になりてェんか?おォ?
やっぱしおどりゃ脳味噌が足りとらんのォ。脂肪はそがぁ余分に付いとるのに、可哀想なやっちゃわい。」
アルチュウは絞り出すように言う。
存在そのものが脅迫タイプであるイテマウドンから繰り出される脅迫タイプの暴言は、術者の属性と暴言の系統が一致することによる相乗効果で凄まじい威圧感を発揮する。
アルチュウは今、深酒によりその知性の大半が消失している上、物凄い剣幕で怒鳴りつけられながら、刃物を首に突きつけられて脅されているのだ。
「なるほどのォ。この状況で『知性ディス』『体型ディス』の複合スキルを発動させたのは流石はアルチュウといったところよのォ。……じゃけんどのォ……。」
──だが、その暴言の詠唱に精彩を欠いている点は、否めない。
ボウゲン博士が頬の古傷を指でなぞりながら見守る前で、アルチュウの代紋魔法陣は急速に光を失ってゆく。
そして、口では絞り出すように侮辱の言葉を吐きながらも、消耗により輪郭を保てなくなった体表がダラダラと溶けて液体の小便に戻ってゆく。
アルチュウの足元には、大きな小便の水たまりが出来ていた。
……そのまま押せッ、イテマウドン!
しげはる君は握りしめた拳に力を入れる。掌に汗がにじむ。
イテマウドンの勢いに、アルチュウは完全に押されているようだ。
この調子で脅迫すれば、勝てる。
しげはる君がそう思ったところで、イテマウドンは憤怒の表情を緩め、スッと鎌を降ろす。
敗北を覚悟していたアルチュウは、怪訝な顔でイテマウドンを睨みつける。
突如沈静化したバトルの展開に、見物していた男子たちはヒソヒソと静かにざわめく。
……どうしたんだ、イテマウドン?アルチュウは手強い。気を抜くと返り討ちに遭うぞ!
絶好の機会を見送ったように見えたイテマウドン。しげはる君は、焦りを感じた。
「おォ、こりゃぁすまんかったのォ。うっかりワシも頭に血ぃ上らせてしもうたわい。
なんといってもワシには可愛い舎弟がおるけェの。
敵討ちのことを考えとったら、バトルのルールのことなんざぁ忘れてしもうたわい。
わしゃ、おどれほど頭の出来が良くないけェのォ!」
そう言うとゼニ出せは二カリと微笑む。しかし、目は全く笑っておらず、軽蔑するようにアルチュウを睨みつける。
「ぬぅ、イテマウドンも今や貫目が上がっとるけぇ、闇雲に突っ込む戦い方じゃ無いのぉ。
……ありゃ『かっこいい自虐』、侮辱系の暴言に対する鉄壁の防御の構えじゃけェ。」
ボウゲン博士は、戦略的に緩急をつけてバトルの流れを支配するイテマウドンの戦いを感心したように見つめる。
侮辱系ボウゲンの基本戦術は、口撃によって相手の価値を引き下げることで、相対的に自分の価値を高めてマウントを取りにいくことだ。
ならば攻撃を受ける側が、あえて自らを侮辱しつつ、しかし場の空気を『侮辱された方が逆に価値が高まる』環境に作り変えることができれば──例えば今のイテマウドンのように、『大切な弟分のために、後先を考えず愚直に動くアツい漢なので、アホな行動が余計にかっこいい』という状況を作り出せれば、侮辱系の暴言は無効化されてしまうどころか、使うほどに相手を利することになってしまう。
まずい……。
まさとし君は、焦りを感じ始める。
「あーッ、そういやおどりゃ、『ぼっち』だったのォ!ガハハ!
『ぼっち』じゃぁ舎弟を持つワシの気持ちは分からんか。おどれも可哀想なやっちゃのォ!」
そういうとイテマウドンはガハハハと笑いながらアルチュウの頭をヨシヨシと撫でる。
……これで、アルチュウの心は完全に折れてしまった。
泣きべそをかきながらクーラーボックスに向かうアルチュウ。
高笑いしながらアルチュウを見送るイテマウドンの足元では、代紋魔法陣が青色の光を立ち上らせていた。
「ウム、恐ろしい奴よのぉ、イテマウドンは。
ありゃあ侮辱系スキル、『レッテル貼り』じゃ。」
ボウゲン博士は、ボソリと呟き、頬の古傷を撫でる。
『レッテル貼り』。これは、重厚な悪意を短い単語に凝縮させて相手に無理やり背負わせる暴言だ。
短い一言のレッテルの中には、複数の悪意がパッケージ化されて込められている。
相手の特徴に、ほんの一部でもそのレッテルに含まれる特徴が該当すれば、レッテルに含まれる悪意を全て背負わされることになる。
……そう、兄弟筋がおらず一匹で戦いを挑むアルチュウに『ぼっち』のレッテルを貼り、それに内包される『コミュ障』『陰キャ』『性格破綻者』『キモい奴』という悪意も同時に背負わせることで、瀕死のダメージを与えたように。
相手を選ぶが、ハマれば破滅的な威力を誇る、必殺のスキル──それが『レッテル貼り』だ。
「ここまでッ!勝者、しげはる!」
ボウゲン博士が勝利を宣言する。
アルチュウが……負けた。
まさとし君は目の前が真っ暗になった。
男子たちが歓声を上げ、しげはる君の肩をバシバシと叩いて祝福する。
しかし、しげはる君は少しも喜んでいる様子はなく、俯いている。そして、意を決したように口をひらく。
「待っておじいちゃん。僕はボウゲンを二匹使ったけど、まさとし君はアルチュウ一匹だ。
これじゃあ僕は本当の意味でまさとし君に勝ったとは言えないよ。」
クラスの男子たちは静まり返り、じっとしげはる君の顔を見つめる。
ボウゲン博士は感心したように目を細める。
「オウ、よう言ったのォ、しげはるゥ。それでこそワシの孫じゃけェ。
……そうじゃのぉ、まさとしィ。おどれにこれをやる。使うかどうかはおどれが判断せェ。」
そう言うとボウゲン博士は、まさとし君に白い粉の入った袋を手渡す。
「これを使わんなら、おどれの負けは決定じゃ。
じゃけんどもし、これをアルチュウに使うなら……勝負はまだ終わらんかもしれん。」
まさとし君は手の中の白い粉の袋に目を落とす。
マジックで、『ふしぎなクスリ』と書いてある。




