突発爆裂系のボウゲン①
「うわ~、すっげぇ!かっこいい!」
まさとし君は、教室で羨望の目を浴びている。
そのシャツの襟元には、岩本組のヤクザ代紋……もとい、ジム所バッジが教室の照明を反射して燦々と輝いている。
ボウゲンジム所バッジ。それは日夜そのボウゲンに磨きをかけるカリスマボウゲントレーナーの集う、『ボウゲンジム所』のマスターからその実力を認められた証。
そのバッジを持つということは、一流のボウゲントレーナーであることの証明であり、またその迫力ある意匠とそこら辺のオモチャとは一線を画す品質のバッジそのものが、ボウゲントレーナーの羨望の的だ。
……ということに、男子小学生の流行ホビー界に漂う真偽不明の噂話では定義されている。
そのジム所バッジの実物を誇らしげに襟元に輝かせて、まさとし君は登校してきたのだ。
まさとし君の周りに、ボウゲンバトルにハマる男子生徒が集まってくる。
「あッ、おはよう、まさとしくん!」
ガラガラと教室の扉を開けると、しげはる君が入ってくる。
……なんと、しげはる君の襟元にも、金色の光を反射するバッジが付けられているではないか!
その意匠は、まさとしくんが付けているものとは若干異なっている。
「おはよう、しげはるくん。
あれっ?しげはる君もバッジ貰えたんだ!おめでとう!
ところでそれ、僕のバッジとはちょっと違うみたいだけど、もしかして別なジム所の?」
気になったまさとし君は、聞いてみる。
岩本ジム所のマスターからは、『呂敬統会』には他にもジム所があると聞いている。
しげはる君、どこのジム所に行ったんだろう。
「フフン、よくぞ聞いてくれたね、まさとしくん。
おじいちゃんに紹介してもらった、隣町の水野ジム所のバッジだよ。
……おじいちゃん、いろんなところのジム所に顔が利くみたいなんだ。
そうだ!まさとしくん、君もバッジ持ちだよね?
ここはひとつ、バッジ持ち同士で、バトルしようか!」
そう言うと、しげはる君はクーラーボックスを降ろしてパチンと蓋のスナップを外す。
「望むところだよ!君は僕のライバルだからね。
……さあ、行ってこい、アルチュウ!」
まさとし君もクーラーボックスに手をかけたところで、アレっ、と驚きの声を上げる。
「あれ?しげはる君、イテマウドンと……そのボウゲンは?」
なんと、しげはる君のクーラーボックスからノソノソと這い出してきたのは、いつものイテマウドンだけではなかった。
ブクブクと太った亀の化け物、イテマウドンの隣には、下水溝から這い出してきたような棘だらけのドブネズミの怪物のような結晶が鎮座していた。
「ああ、これかい?
フフッ、これは僕の新しいボウゲン、『オラァット』だよ。」
しげはる君は得意げに言う。
「どうしたまさとしィ、気になるけェ?」
明らかに小学生ではないシワがれた声と共に、ガラガラと教室の扉が開く。
カランコロンと下駄を鳴らしながら、和服姿のボウゲン博士が当たり前のように入ってくる。
「あッ、博士。……どうやって出てきたんですか?」
毎度逮捕されているボウゲン博士なのだが、平然と小学校の教室に入って来ていること以上に、どうやってこの短期間で出所してきたのかということの方が気になる。
「あァ?ワシくらいになるとのォ、人権派弁護士っちゅうヤツも知り合いにおるんじゃけェ。
あの先生にちィとナシをつけてもらえばのォ、サツなんぞナンボのモンでもないわい。」
へぇ、そうなんだ。大人の世界って凄いなァと、まさとし君は感心する。
「ねえ、博士。……あれ、どういうカラクリなんですか?
ボウゲンが二匹も、同じ箱に……。」
「その様子じゃと、おどれも一回やらかしとるようじゃのぉ。」
訳知り顔で博士がウンウンと頷く。
……そう、ボウゲンバトルは小学生男子のホビーだ。
小学生男子の習性として、収集癖というものがある。
一匹ボウゲンを手に入れた後は、二匹目が欲しくなるものだ。
そうして、また母親の目を盗んで、覚えたての新しい暴言と共に、冷凍庫で小便を凍らせる。
しかし……そこはやはり戦う言葉である暴言の結晶。二匹目が揃った瞬間、ボウゲン同士の喧嘩が始まるのだ。
まさとし君も、「ワレぇ!コンクリ詰めて沈められてぇんか、コラぁ!」と冷凍庫めがけて啖呵を切り、二匹目のボウゲンを誕生させたあと、アルチュウと一緒のクーラーボックスに入れ、意気揚々とバトルをしに出かけたことがあったのだが……暫くすると、クーラーボックスがピカピカと赤青に激しく点滅する。
そして「ワレェ!ドタマかち割ったるけぇ、覚悟せェやボケェ!」「あァ?何じゃいワレこの三下がァ!」とクーラーボックスの中から言い争う声が聞こえ、そのあと泣きべそをかくような声が聞こえ、そして静かになった。
蓋を開けると、そこには二匹目のボウゲン、蛇のような姿の結晶の姿はなく、溶けて元の小便となり、そこに「あぁ~、ええ小便加減じゃのォ、生き返るわい、ワレェ!」とオッサンが風呂に入っているような声を出して小便に浸かっているアルチュウただ一匹が残っていた。
まさとしくんは、捕まえたカマキリとバッタを同じ虫かごに入れておいたら知らぬ間にバッタを喰われていた虫取り少年のような心境になり、その日はさめざめと泣きべそをかいて過ごした。
「ほぅ、脅迫系ボウゲンのシタイイキングがのォ……。そりゃあ惜しいことをしたのォ。
……おゥ、しげはるゥ。おどれ、まさとしにどうやったんか教えちゃらんかい。」
ボウゲン博士はしげはる君の方を向くと、説明を促す。
「うん、分かったよ、おじいちゃん。あのね、まさとし君……」
しげはる君も、少し前に一匹犠牲にしたようだ。
ただの物言わぬ小便になってしまった、ゴキブリのようなボウゲンの最期を涙ながらに語っている。
ボウゲンは、いわば攻撃性と悪意の塊なので、二匹以上のボウゲン同士を一緒に置いておくとお互いを攻撃し始める。これは自然の摂理だ。
「そこで、コイツを使うんじゃ。……おどれもバッジ持ちじゃけェ、特別に預けてやるわい。」
ボウゲン博士は、懐から小さな徳利と盃のようなものが入ったガシャポンのカプセルのようなものを取り出し、まさとし君に手渡す。
「それでね、まさとし君。二匹目のボウゲンができたらね、今おじいちゃんがくれたアイテム、『アニキサカズキ』を使ってごらん。
……そうするとね、ボウゲンが喧嘩をやめて、兄弟みたいに仲良くなるんだよ。」
まさとし君はイテマウドンとオラァットの様子に目をやる。
「オゥ兄弟、おどりゃ兄貴筋がタバコ持ってんのが見えねえんかいコラぁ!所作ぁ叩き直したろかいボケぇ!」とイテマウドンが言うと、オラァットは「ありゃ、兄貴ィ!こりゃスンマセンでした!すぐ火ィつけますけェ!」と言い、ライターを取り出す。
「ホントだ!すごいやしげはる君!『兄貴』とか『兄弟』とか呼び合って、相手のために親切をしてあげるんだから、ホントにお兄ちゃんと弟みたいだね!」
まさとし君は感心する。
ボウゲン博士はウンウンと頷きながら、「おォ、男と男が盃を交わしたらのォ、兄貴は弟の人生を預かり、弟は兄貴のために身体を懸けるもんなんじゃけェ」と、兄弟盃の美学についての講釈を垂れている。




