儀式系のボウゲン④
「ほォ~、ええ声しとるのォ、ワレェ。」
唐突にアルチュウの声が響く。
その身体は度重なる儀式系暴言の口撃を受け、部分的に溶けて液体に戻った小便が滴っている。
特に亡霊に殴られたり、刺されたりした幻影を受けた部分は酷く溶け、ダラダラと床に落ちた小便が水たまりを作っている。
アルチュウが一歩一歩、歩を進めていく。
その足が机の天板に触れるたびに、浮き出た代紋魔法陣が発光してアルチュウの身体を青白く照らし出す。
アルチュウの周りで、パチパチと稲妻が爆ぜる。
「ホンマ、ケツで喋っとるかと思うたわい。ええ声じゃのォ。
どりゃ、ワシがもっとええ声にしてやるけェ、頭床に擦りつけて礼言わんかいバカタレがあっ!」
そう怒鳴りつけると、アルチュウは後ろを向き、四つん這いになる。
アルチュウの肛門がブチコラスの顔を向く。
「往生せいやァこのド阿呆がァ!」
するとアルチュウは、ブゥ―――ッ!と大きな音でブチコラスの顔面目掛けて屁を放った。
アルチュウの尻から噴出した冷気のモヤのような煙が、モクモクとブチコラスを包み込む。
ブチコラスはゲホゲホと咳込んでいる。
「ワレェ、いきなり何さらすんじゃいこン糞ボケがァ……ありゃ?」
額に青筋を立てて激昂するブチコラスであったが、自らの身体の異変に気づく。
──アルチュウの侮辱系スキル、『屁を放つ』。
これは補助系のスキルで、屁リウムガスを相手に嗅がせることで、その声を1オクターブ上げる効果がある。
……これが、見事に決まった。
ここで初めて、ブチコラスの額から一筋、溶けた小便が汗のように伝う。
「畜生め、ふざけた真似しよって!奥歯ガタガタ言わしてやらァ!
舐めとんのかテメェ、コラぁ!
ぶち殺すぞワレェ!
いてまうぞコラぁァァァ!」
ブチコラスは再び、『三連逆上』を詠唱する。
先ほどアルチュウを極限まで苦しめた、極道の血統に連なる者に与えられた権威の暴力。
しかし──アルチュウは余裕の表情を見せている。
「ガハハハッ!おどりゃ、すっかりええ声なりよったのォ!
どうじゃい、次は『ママ~!おもちゃ買って頂戴!』って言うてみぃや!
サマになるでぇ!」
アルチュウは机の上で仁王立ちになり、ブチコラスを見下ろすように言い放つ。
ブチコラスの脅迫を、儀式系暴言に昇格させるスキル、『怖いお兄さん』は発動しなかった。
アルチュウを苦戦させた亡者の亡霊のような影は、どこにも現れない。
「ふむ、アルチュウめ、上手いことやりよったのォ。
あがぁオムツ履いた餓鬼んちょみてぇな声にされちゃあ、極道の貫目もお終いじゃ。
……『儀式系』のキモはのォ、脅迫の内容を『マジでやれる』かどうかは関係ないんじゃ。
『マジでやれそうに見える』かどうかにかかっておる。
──そう見えなくなった時点で、『儀式系』の効果は自分に跳ね返って来るんじゃ。」
感心したようにアルチュウの戦いを見つめながら、博士は腕を組んで解説する。
いわば『儀式系』の術者は、脅した内容を『マジでやれる』者の仮面をかぶった状態だ。
その仮面を維持するため、型と作法に則り、『やれる者』のステレオタイプを再現する。
では、何らかの要因でこの『仮面』が剥がれたら……
術者は、ただのイキってる痛いヤツでしかなくなる。
「ブチ殺すぞワレぇ!
舐めんじゃねぇぞボケぇ!
エンコ詰めさすぞコラぁァァァ!」
涙声で恫喝するブチコラスではあるが、コミカルな甲高い声ではアルチュウにダメージを与えることはできない。
「いいぞ、アルチュウ!トドメだッ!」
まさとし君は拳を固く握りしめ、アルチュウに声援を送る。
アルチュウの足元の代紋魔法陣が煌々と発光し、青い光の粒子が立ち昇る。
そして、アルチュウの右手に集まると……そこには、ボイスレコーダーのような結晶が生成されていた。
「さっきから何じゃいワレぇ!
物騒なことばかり抜かしよって、おどりゃ訴えられる覚悟はキマっとるんじゃろうのォ?
……出るところに出て慰謝料ふんだくったるけェ、証拠録音させんかい!
オラァ!ここに向かってさっきの言葉もう一遍喋らんかいコラぁッ!!」
アルチュウは、そのボイスレコーダーの結晶をブチコラスに向けると、録音ボタンを押す。
「まさとしィ。アレが、数少ない『儀式系』への対処の一つ、『手順を踏む』じゃ。
儀式系は、いわば実現性のない無理筋を、型と作法で実現させられそうに錯覚させるタイプのボウゲンじゃ。
じゃが……所詮、無理筋は無理筋よ。
脅迫にビビらず、正当な手順を踏んで対処してくるヤツには、勝ち目はないんじゃ。」
──ヤクザが「ブチ殺すぞ!」と脅迫しても、本当にブチ殺したら今のご時世懲役では済まない。
上司が「降格させるぞ!」と言ったところで、就業規則に記述が無ければ不当待遇で訴えられても何も言えない。
……これら儀式系の暴言は、大抵、『この人ならマジでやりそう』に見えるだけで、実際はやるハードルが目茶目茶高い、正当性に欠けるケースがほとんどだ。
それをステレオタイプ踏襲の儀式により作り上げた『マジでやりそう』な仮面の力で強引に納得させているだけであり、正当な制度の範囲の中で正しい手順を踏んで対抗すれば……その仮面は剥がれ落ちる。
アルチュウに完膚なきまでに叩き潰されたブチコラスは心を粉々に折られ、すごすごと冷蔵庫に帰っていった。
「──勝者、アルチュウ!」
博士が高らかに宣言する。
「やったのォ、まさとしィ!
そうじゃ、兄弟。ちぃとこっちに来んかい!」
博士はこのジム所のリーダー、岩本組長を呼びつける。
二体の手に汗握るボウゲンバトルに心を奪われていた岩本組長はハッと我に返り、博士の下に駆け寄る。
「へい、兄貴。どうされました?」
「オウ、このまさとし、中々見どころがあるじゃろうて。
じゃけんど、まだ盃はダメじゃ。未成年じゃけぇの。
……代わりに、代紋バッジの一つもくれてやらんかい!」
へい、わかりやした!と返事をすると、岩本組長は子分に命じてバッジを持って来させる。
「いや~坊ちゃん。あがぁ男らしい立派なタイマン見せられて、ワシらも極道の生き様ァ見つめ直させられちまったわい。
……このバッジにはのォ、ワシら『呂敬統会 岩本組』の代紋が刻まれとる。
これを付けりゃ、男としての貫目が上がるけェ、坊ちゃんの暴言のキレも良くなるんじゃ。
のぉ、坊ちゃん。ワシらもすっかりこの『ボウゲンバトル』ッちゅうモンに惚れちまったけェ、また遊びに来てくれや。
ワシらも暴言磨いて待っとるけぇの!」
そして岩本組長は、ガッハッハと豪快に笑う。
──そのとき、ボウゲンジム所の外から大きな声が響く。
『凶悪犯に告ぐ。今すぐ人質を解放して投降せよ。お前は完全に包囲されている。』
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結局、ジム所を包囲していた警察官にはまさとしくんが説明し、ヤクザたちにはお咎めなしとなった。
警察官は半信半疑だったが、人質とされていたまさとしくんが岩本組長達の無実を訴え、警察官たちは渋々引き上げていった……ボウゲン博士を連れて。
「なんでなんじゃいこのバカタレ!まさとしもワシらは無実っちゅうとろうがい!
おどりゃ、状も出さんで何さらしとる!筋はキッチリ通さんかいボケぇ!」
手錠をかけられてパトカーに乗せられた博士が罵声の限りをつくして抵抗する。
近所の家々からは何事かと人が出てきて、成り行きを見守っている。
「状もなにもあるかい!自分の胸に手ェ当てて考えんかいボケぇ!
……ええか、おどりゃ、こないだ釈放される時、組は抜けるっちゅう誓約書書いとったじゃろうがい!
何故ここにおどれがおって、子分らに指示飛ばしてふんぞり返っとるんじゃい!」
警察官も極道さながらの啖呵を切って博士の怒号を封じる。
「まさとしィ!こりゃ不当逮捕じゃけぇ!
すぐ出てくるけェ、またここに遊びに来いやァ!」
両脇をいかつい暴対課の刑事に挟まれ、博士は発射前に大声を張り上げる。
「馬鹿野郎!テメェ、なんちゅう場所で子供を遊ばしとるんじゃい!
組事務所に子供を連れ込むんじゃねぇッ!!」
暴対課の刑事が怒号を発すると、サイレンを鳴らしながらパトカーは走り去っていった。
まさとし君は、岩本組長からもらった代紋バッジを上着に取り付ける。
……かっこいいなァ!
先ほど繰り広げられたボウゲンバトルの成り行きを思い出しながら、惚れ惚れとした顔でバッジを撫でる。
……よし、呂敬統会には他にもボウゲンジム所があるってさっき岩本おじさんが言ってたな。
バッジ、コンプリートできるかな?
まさとし君は、代紋バッジのコンプリートという新しい目標を胸に刻み、家路を歩いていった。




