儀式系のボウゲン③
応接室の空気が一変する。
机の上に立つアルチュウは、金玉の大きな狸のような小便の結晶。
対するは、冷蔵庫から出てきたばかりのトカゲ型のボウゲン。
四つん這いで地面を這うその背中は、太さのマチマチな無数の棘が生えている。
規則性の全く感じられないその棘の配列が、見る者の不安感を掻き立てる。
そしてその棘のない部分の体表は、刺青のような模様が一面を覆っている。
このトカゲ型のボウゲンは、四つの目でアルチュウを見据えながら、その小さな身体からは想像もできないような大声で名乗りをあげる。
「ハァ?何をボケさらしとんじゃいこの畜生めがァ!
ワシは『ブチコラス』じゃァ!
極道舐め腐りよったら承知せんぞコラァ!」
自らを『ブチコラス』と名乗ったトカゲ型のボウゲン。足元にうっすらと代紋魔法陣が浮き上がり、紫色の光を帯びる。
そしてすかさず、まるでヤクザのように脅迫系暴言の詠唱を始める。
「馬鹿野郎テメェ、コラぁ!
ブチ殺すぞワレェ!
ドタマかち割ったろかいコラぁァァァ!!」
その声は重く、空間に響くようなリズムでアルチュウに襲いかかる。
「ほう、『三連逆上』か。
一言目で幅を、二言目で奥行きを、三言目に高さを制することで、全方位から暴言を敷き詰める隙のない一撃じゃ。
……タダの『脅迫系』ならそこで終わりじゃがのォ……。
見てみィや。」
ボウゲン博士の指差す方向、アルチュウの隣の空間にはおどろおどろしい亡者の亡霊のような影が、怪しい光をたたえながら浮遊している。
その亡霊の一体が、金属バットのような物を虚空からつかみ取る。
そしてそれを、アルチュウの頭に勢いよく振り下ろす。
「なッ!……何をッ!」
まさとし君は驚いて声を上げる。
凶器を見せつける脅迫はルール上認められているが、それを直接使った物理攻撃は即座に失格。
それが、非暴力がモットーの紳士のバトルホビー、ボウゲンバトルの公式ルールだ。
アルチュウは、たまらず目を閉じる。
体表が一気に溶けて小便に戻り、バシャリと音を立てて長机を濡らす。
しかし、亡霊の振り下ろしたバットはアルチュウの頭を打ち砕くことなく、スカっとすり抜ける。
実体が無いようだ。金属バットの亡霊は足元からスーッと消滅する。
最後に残った顔がアルチュウをあざ笑うかの如く邪悪な笑みを浮かべ、消滅する。
ゆっくりと目を開けたアルチュウの目の前には、余裕の笑みを浮かべたブチコラスが仁王立ちしている。
……あの亡霊は、ブチコラスの暴言の詠唱が生み出した幻覚だ。
直接的な危害を加えるものではなく、ただの視覚エフェクトにすぎない。
ボウゲンバトルのルール上は何の問題もないが、アルチュウはリアルな恐怖と痛みのイメージを叩きこまれ、身震いしている。
「……まさとしィ。あのブチコラスが他の脅迫系と違う点が何か、分かるかいや?」
ボウゲン博士はおもむろに口を開く。
「おどれは立派なボウゲントレーナーじゃ。
アルチュウもかなり強いボウゲンじゃが……身も蓋も無い話をすれば、暴言を浴びて身体を得た、小学生の小便の結晶に過ぎん。
──じゃが、アレは本職極道の小便に、本職極道の本気の暴言を叩きこんでしばき上げた、ボウゲン界のサラブレッド……実質、極道そのものなんじゃけぇ。
……つまりな、『マジでやりかねん』恐怖を相手に植え付けるんじゃ。」
──仮に一般人が「ブチ殺すぞワレぇ!」と吠えたとする。
しかし、その暴言を受けた者は恐怖を感じることはあっても、実際に殺されると覚悟することは稀だ。
だが……ヤクザが同じことを言ったらどうか。
暴言学の権威、怒鳴坂教授はその論文、『脅迫論』の中でこう述べた。
『基礎脅迫力 = 言葉の意味 × 認知された実行確率』であると。
つまり、ヤクザの「ブチ殺すぞワレぇ!」は一般人のそれとは受け取られ方が異なる。
連中は、本当にやりかねない。それどころか、やった経験のある者もいる。
だから、ヤクザの脅迫を受けた者は、「コイツは脅しているだけ」とは思わず、それを現実的な脅威としてくっきりした痛みのイメージと共に評価するのだ。
実際、このような例はいくらでも存在する。
相手を実際殺すことのできるヤクザによる「ブチ殺すぞワレぇ!」だけが特別な訳ではない。
人事権のある上司からの「降格させるぞ無能!」
弁護士を騙る者の「期限までに誠意ある対応が無い場合、訴訟も辞さない。」
何なら、激昂した親の「おどりゃ勘当じゃ!学費も仕送りも止めたるわ!」
──これらは全て、極論を言えば『マジでやりそうに見える者』が、『マジでやりかねない内容』を言葉にして述べているだけだ。
その言葉は、相手に『マジでやられた』らどうなるかを具体的に想起させる。それは大抵、取り返しのつかない未来だ。
相手がその情景を思い描き、二の足を踏んだ瞬間を逃がさず、術者はさらに言葉を重ねて退路を塞ぐ。
こうして、恫喝が成立する。
シンプルでありながら、対処法の限られる強力な暴言、それが『儀式系』なのだ。
アルチュウは態勢を立て直し、ドンと足元を踏みしめる。
そこを起点に、アルチュウの足元の代紋魔法陣に青い光が広がる。
稲妻をバチバチと爆ぜさせながら、アルチュウは強力な侮辱系暴言の詠唱を開始する。
「何やら物騒な事をキャンキャン吠えよるのォ、ワレぇ!
情け無う地べた這いずり回りよって、何を一丁前に……」
「やかましい、黙らんかいボケぇ!いてまうぞコラァ!」
しかし、アルチュウの暴言の詠唱は、ブチコラスの一言でピシャリと潰される。
それと同時に、またどこからともなく亡霊のような影が現れる。
今度は、匕首のような刃物を持っている。それを腰ダメに構えると、亡霊は狂気的な笑みを浮かべながらアルチュウに突っ込んでいく。
目の前で再び繰り広げられる凶行の幻影に、まさとし君は目を閉じる。
そして再び目を開けると……また、その亡霊は音もなく消えていった。
あとに残ったアルチュウは、失禁したかの如く、ダラダラと体が溶けて液体に戻った小便を垂らしている。
「……そして、ブチコラスの『極道らしさ』を形作っているもの……それが、『型と作法』じゃ。
相手から極道として恐れられるには、極道のステレオタイプを踏むのが手っ取り早い。
ブチコラスの暴言は極論、声色や話す内容も含め、ヤクザのテンプレートに沿って、ヤクザの言いそうな言葉の定型文を述べているのに過ぎん。
──『儀式系』と言われる所以よ。型と作法に従って、極道らしさを守らんと、補助スキル『怖いお兄さん』が発動せんのじゃ。」
ボウゲン博士は『儀式系』の核心に触れる。
──そう、『マジでやる』『マジでできる』かではなく、マジでやりかねんと相手に『思わせる』ことが、この儀式系の成立条件だ。
それを可能にするのは、マジでやりかねん奴になり切ることだが、その為にはそのマジでやりかねん者の『型と作法』をしっかりと踏むのが有効だ。
例えばかつてのローマ法王。彼は神の力を使えるわけではないが、教皇衣やラテン語、厳粛な儀式による『型と作法』で、マジで神罰が下るかも……と思わせ、破門を振りかざして恫喝し、時の皇帝さえ跪かせた。
精々が飲食店を恫喝しミカジメ料をせしめる程度のヤクザとは次元の違う話ではあるが、これも立派な『儀式系』の暴言の術者の姿だ。
……こんなの、どうやって立ち向かったらいいんだッ!
劣勢のアルチュウの背中を見つめながら、まさとし君は焦りを募らせる。




