夢と暴言の世界①
「それではみなさん、この写真を見てください。」
月曜の3限、道徳の授業。
琴羽刈先生は、教室のモニターに雪の結晶のようなものを映し出している。
「これは、何か分かりますか?……そう、水の結晶です。」
琴羽刈先生が先ほど配ったプリントにも、モニターと同じ写真が印刷されている。
こちらは白黒コピーなので著しく見づらいが……。
見出しには、「水からの伝聞」と書いてある。
「少し拡大しますね。……どうですか、皆さん。とても綺麗ですね!」
琴羽刈先生は少し大袈裟にリアクションしながら言う。
……うん、まあ綺麗だ。だけど、普通の雪の結晶だ。
まさとし君は、特に何も思うことなくモニターに映し出された写真を見ている。
隣の席のしげはる君は、眠そうにあくびをしている。
「じつはこの結晶、凍らせる時に、『ありがとう』って声をかけているんです。
それでは続いて、別な結晶を見てもらいましょうか。
……見てください、皆さん。汚い結晶ですね!
さっきの綺麗な結晶とは、全然形が違いますねェ!」
琴羽刈先生の大きな声が、教室に響き渡る。
……こないだは見た目で判断してはいけませんって言ってたじゃん。
まさとし君は、下を向くとプリントに落書きを始める。
今モニターに映っているであろうその『汚い結晶』は、このプリントの裏に印刷されているのだろうが、正直全然見る気になれない。
前回の授業では、綺麗とか不細工とか、見た目で人を判断することはルッキズムという差別だ、そもそも見た目は主観であり、意味はないと言っていたではないか。
手のひらを返したように、今日は綺麗だとか汚いだとかの主観で結晶の見た目を評価する。
まさとし君は不信感を覚え、モニターを見る気を失い、隣のしげはる君の方に目をやる。
しげはる君はボケーっと口を開けて、モニターを見つめて固まっている。
……何が映ってるんだろう?
絶対見てやらないと思っていたモニターだったが、まさとし君は何が映っているのか気になってきた。
「このとても汚い結晶は、実は、凍らせる時に『馬鹿野郎』って罵倒して凍らせています。
ね、どうですか?皆さん。」
こらえきれずにしげはるくんの視線の先のモニターを見たまさとし君は、動けなくなった。
……か、かっこいい。
その結晶のあまりのかっこよさ、力強さに目を奪われた。
ポカンと口を大きく開き、時計の針が進むのも忘れ、じっとモニターを食い入るように見つめる。
先ほど琴羽刈先生が見せた一番目の結晶は、整った六角形だった。
その6つの頂点から均等に放射状の枝が伸び、これぞ雪の結晶、という見た目の幾何学模様を描いていた。
まあ綺麗だが、それ以上でも以下でもない。
それに対し、今モニターに写っている結晶……
外形は丸型だ。しかしその輪郭は、絡み合った有刺鉄線のようなトゲトゲのラインで構成されている。
その円形の内側には、『暴』という漢字のような模様が浮き出ており、その背後には交差した日本刀のような模様が現れている。
まさとし君は、その力強い結晶の姿に心を奪われた。
手元のプリントを裏返し、モニターに映った結晶の画像と見比べ、感嘆のため息をつく。
……尚、帰ってからお父さんにこのプリントを見せた際、『まるでヤクザの代紋だな』と言っていたが、まさとし君にはその代紋という言葉の意味がわからなかった。
兎に角まさとし君は、この結晶の力強さ、逞しさ、男らしさの虜となった。
──写真じゃなくて、ナマで見たい。
そんな衝動が、まさとし君の心を満たしていった。
「おお……。これは……。」
隣の席から、つぶやき声が聞こえる。
しげはる君もまた、穴の開くほどプリントを凝視し、ひっくり返したり傾けたりしながら、モニターの画像と見比べている。
彼もまた、この結晶に世界が変わるほどの感銘を受けているようだった。
琴羽刈先生はモニターに二つの結晶を並べて映し出す。
右側には最初の『ありがとう』の結晶、そして左側には『馬鹿野郎』の結晶が映っている。
「はい、それでは皆さんに質問をします。
この二つの写真、どちらが綺麗でしたか?
手を挙げて答えてくださいね。
……では、最初の、右側の写真の結晶が綺麗だったと思う人!」
クラスのみんなが一斉に手をあげる。
……まさとし君としげはる君以外の。
「うんうん、そうですね、皆さん。」
琴羽刈先生は満足そうに目を細めている。
「それでは、二枚目の、左側の汚い言葉をかけた結晶、これが綺麗だったと思う人、いませんね?」
まさとし君は、ばっと勢いよく、真っ直ぐに手をあげる。
──そして、しげはる君もまた、勢いよく手をあげる。
「……えっと。……まさとし君?しげはる君?」
琴羽刈先生はあからさまに戸惑って見える。
「あ、さっき手を挙げ忘れたのかな?そうだよね?」
まさとしくんはフルフルと首を振る。
そしてしげはる君もまた、遠心力で目玉が飛び出さないか心配なくらいの勢いで首を振っている。
「ええと……今の先生の質問は、『どっちが綺麗か』だよ?
右側の方がよかった……でしょ?」
『こっちの方が綺麗です!』
まさとし君としげはる君の声が重なる。
琴羽刈先生は泣きそうになっている。
「ねえお願い……『右側の写真』って言って。」
琴羽刈先生は懇願するが、これは譲れない。
右の写真でしょ?いいえ、左です。という押し問答を数ターン繰り返していると、終業のチャイムがなる。
あと2分続いたら泣いていたであろう琴羽刈先生は、ようやく解放されたとばかりに満面に安堵の表情を浮かべる。
「はい、それでは道徳の授業、おしまいです。」
****************************************************
その日の帰り道。
まさとし君は、あの結晶が忘れられない。
猛ダッシュで家路を急ぐ。
「ただいまー!」
「あら、おかえりまさとし。学校はどうだった?オヤツ食べる?」
お母さんが出迎えてくれるが、まさとし君は忙しい。
靴を玄関に脱ぎ捨て、ランドセルを廊下に放ると、一目散にキッチンに駆けてゆく。
そして冷凍庫を開けると、大きな声でこう叫んだ。
「ばかやろー!!!」
お母さんは放心したように立ち尽くし、オロオロとしている。
「……ま、まさとしっ!!アンタ、頭がおかしくなっちゃったの……?」
その日の食卓で、まさとし君はお父さんと話をした。
「ガハハハ、まさとしィ!お前は面白い奴だなァ。で、できたのか?いかつい結晶は?」
まさとし君は首を横に振る。
ワクワクしながら氷ができるのを待っていたが、出来上がったのは結晶どころか、ジュースに入れるのがちょうど良さそうなただの四角い氷だ。
先生は嘘をついていたのだろうか?
「だけどなぁ、まさとし。お母さん、ビックリしてたぞ?
可哀想だから、あんまり驚かさないであげてくれよ。」
お父さんはそう言ったが、まさとし君は諦める気になれない。
晩御飯を食べてから、冷凍庫を開けると、こんどは考えられる限りの汚い言葉を、大きな声で叫んだ。
「あほー!ぼけー!うんこたれー!」
お母さんは涙を流しながら、へなへなとその場にへたり込む。
その日まさとし君は、お父さんにお説教を食らった。




