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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

過保護も過ぎれば恋となる

作者: 秋津ゆう緋

 ふと気がつけば、あれだけ響いていた蝉の鳴き声がピタリと止んでいた。――そして次の瞬間、目の前に知らない天井が広がっていた。

 ……嘘、知ってた。実家の天井と同じだこれ。白地によくわからない点や短線がまだらに入っている、あの天井板である。しかし、どうやらここは実家ではないらしい。


「起きたか」


 傍らから声がして、目玉を動かして声のほうを見た。どういうわけか身体がだるかった。


「……林?」

「ああ」


 同居人だった。むっすりと眉間に皺を寄せておれを見下ろしている。逆光なのも相まって、なんというか。


「林、顔こわい」

「開口一番それかよ」


 眉間の皺がより深くなった。


「倒れてる馬鹿を見つけて一一九番した恩人になにか言うことは」


 そこで視線を下げると、手の甲に点滴が刺さっていた。直近で覚えているのは、教授に頼まれて外倉庫の整理をしていたこと。そして今日の気温はなんと三十五度。わあ、猛暑日。

 ということは、だ。


「あー……大変、心配をおかけしまして……」

「まったくだ」


 深々と頭を下げたいところだが、寝そべっている身ではかなわない。せめてとしおらしく告げると、林はふんと鼻を鳴らした。

 たぶん、というか確実に熱中症。一人で作業していたから危なかった。もし発見されていなかったら、そう考えるだけで恐ろしい。誇張でもなんでもなく林は命の恩人だった。


「……見つけたとき、心臓が縮んだ」

「ごめん」

「声をかけても返事がないし、びっくりするくらい火照ってるし」


 静かな口調に罪悪感が募った。林の手のひらが、おれの頬に触れた。包むようにして撫でられる。頬を滑る指がひやっこくてきもちいいと思った。病室は涼しいけれど、まだ体内に熱が籠っている感覚がある。


「お前は目を離すとすぐ危ない目に遭う」

「それに関しては本当申し訳なく……」

「なかなか目を覚まさないし、本当に肝をつぶした」

「……ごめん」


 運が悪いというべきか間が悪いと言うべきか、おれは生粋の不運体質だ。今日みたく熱中症になるのはもちろん、歩いているだけで鳥のフンを被ったり自転車に突っ込まれかける。階段ではちょくちょく足を踏み外すし、レジではなぜかお釣りが少なかったりする。カフェでのんびりしていても隣のテーブルのカップルが喧嘩を始めて、彼女が投げたコップの水を浴びるし、電車に乗るとそこそこの確率で痴漢に遭う。もはやそういう星のもとに生まれたとしか思えない。

 とはいえ、そうやって不幸に見舞われるたびにいつも助けてくれるのが林だった。小学校が同じで、ずるずると同じ進路に進んでいまでは同じゼミにいる。林いわく、ほっとくとそこらで身ぐるみはがされて野垂れ死にかけそうとのことで、それはもう甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。感謝すればいいのか申し訳なく思えばいいのか悩むところだが、へたに遠慮するときつく説教されるのでありがたく受け取ることにしていた。あとおれが手を出すとロクな結果にならないっていうのもある。

 おれが受験当日に転んで捻挫したせいで試験時間に間に合わない……なんてこともなく、文化祭で他校の不良に絡まれてクラスの売り上げをカツアゲされる……なんてこともなく、海水浴でクラゲに刺された挙句あわや沖に流され……なんてこともなかったのは、ひとえに林のおかげだ。林がいなければおれ、たぶん軽く五回は死んでそう。嘘。今日の熱中症で六回目。

 林はおれにとって友人で恩人で、もはやいない人生なんて考えられない存在で――


「思ったんだが」

「ん?」

「お前はいっそ俺に監禁されるべきじゃないか」

「……ん?」


 ――前言撤回、このまま傍にいたら危ないかもしれない。


「なんて?」

「お前はいっそ俺に監禁されるべきじゃないか」


 一字一句再現してくれた。おれの聞き間違いじゃなかった。


「い……やいやなんでそうなるわけ」

「お前あまりにも危なっかしいんだよ。今日だって一コマ授業が被らなかっただけでこれだろう。GPS仕込んでおいて正解だった」

「そんなことしてたの!?」


 飼い犬かおれは。


「だ、だからって監禁はないだろ! 犯罪じゃん……」

「俺と一緒のとき以外家から出るなってだけだ。あとGPSとカメラとバイタルチェックさえ仕込ませてくれたら他は好きにしてくれていいから」

「なんか寛容そうに言ってるけど普通に不自由だろそれ! おれのプライバシーは!」

「いまさらだろ」


 そこで確かに、とうっかり思ってしまったのは不覚だった。

 林と出会ったのは小学三年生くらいだったろうか。それからずっと一緒、大学に進学してからはルームシェアまでしている。もはや林がいないときのほうが珍しくて、なんなら家族より近いかもしれない。林の言うようにお互いのことで知らないことなんてほとんどないのだ。

 ならば、いまさら監禁されたところで変わらない……のか?


「あと就職もするな。俺の目の届くところにいろ。一人くらいなら養える」


 いや変わるわ。騙されるな。

 そうだった、林は地元で一番大きな家に住んでいるボンボンだった。なにをトチ狂ったかおれと一緒にいるが、本来はもっと金のかかった私立とかでお仲間とキラキラ学生生活を謳歌していてもおかしくない。

 それがどうしてこんな地方の小さな公立に来て、しかも無駄な財力で幼馴染を囲い込もうとしているのか。猛暑で頭がおかしくなったのだろうか。


「……監禁は、だめだろ」

「仕方ないだろ。いい加減俺も我慢ならない」


 林がまた眉間の皺を深くする。そろそろ癖になっていそうだ。


「お前から目を離さざるを得ないたび、変なことに巻き込まれていないか、怪我をしてないかと心配になる。……実際今日は倒れてた」

「それは」

「俺の知らないところにいるのがもう耐えられないんだよ。お前がいつどこに行ったのか、誰と会ってるのか、誰と連絡をとってなにを話したのか、なにを食ったのか。俺の把握していないお前がいると不安になる」

「束縛強い彼氏かお前」


 なんかヤバいこと言ってる。おれの幼馴染こんなやつだったの。この調子じゃそのうちスマホまでチェックされそうだ。いや既にされていてもおかしくない。口の端が引きつった。拘束(点滴)さえなければいますぐ全力で逃げている。

 一万歩譲って、居場所の把握はいい。よくないが、今日みたいなことがあるから許容しよう。でもそれ以外は林の知ることじゃない、はずだ。


「……彼氏ならいいのか」

「よくないですね」


 そもそもお前おれのこと恋愛的に好きでもないだろうが。そう言い返すと、林は「……ほう」とよくわからん声を漏らした。な、なんだよ。

 林はしばらく黙っていたかと思うと、不意におれの枕元に手をついた。ぐっと顔が近くなる。名前を呼ばれた。悔しいことに一瞬どきっとした。


「好きだ。監禁させろ」

「嘘つけお前どんだけおれを監禁したいんだよ」

「嘘じゃない。好きだ」

「……は?」

「いま考えた。恋愛として好きだ。閉じ込めたいくらいに」


 幼馴染がおかしくなった。くらくらっと目眩がしたのは、頬が熱いのは、熱中症の名残だろうか。看護師を呼ぶべきかもしれない。

 なんとか監禁は嫌だと答えた。すかさず「好きはいいのか」と詰めてくる。こういうときばかり勘がいいやつだ。だんまりを決め込むおれに林が笑った。


「同棲ならいいか」

「……なにが違うわけ」

「愛がある」


 ――それならいいか、とちょっとでも思ってしまったおれも大概だった。

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