悪役令嬢を極めましょう
悪役令嬢に転生してしまった。
いきなり気付いた衝撃の事実。
ここは、タイトルは忘れたけど前世の私がどハマりしてた乙女ゲームの世界。私がここにいるという事は、前世の私は死んだのだろうか。
いや、私の事なんてぶっちゃけどうでもいい。
大切なのは、目の前のソファーにちんまり座っている御年五歳の幼い王子様が、前世の私が愛してやまなかったラザール殿下という事!
紺色の巻き毛にくりくりとした灰色の瞳。うっすらと微笑んでいるようで、その目は冷たい。
ああ、この年齢で既に表情を失われていたのですね。でも尊い。
私とラザール様の間に会話は無いというのに、私は飽きもせずラザール様をうっとりと眺めていたのでした。
この国の第一王子ラザール様は、幼い頃から優秀で、当然皆の期待を背負って育ちました。この国の未来を担う身への教育は厳しく、やがてラザール様は「自分は国のために存在しているんだ」と思うようになってしまうのです。
自分の意思を押し殺して、国のためになる事を優先に動く。
そうやって我慢を重ねるラザール様からは、いつしか表情が無くなりました。
優秀だが孤高の王子ラザール様が変わるのは、15歳になって王立学園に入学してから。
聖魔力が発現して聖女候補となったため、平民ながら学園に入学することになった少女と出会うのです。
デフォルトネームは「フラワー・レインボー」。一周どころか三周くらい回ったようなこの名前が妙に好きだったので覚えています。
この世界の聖女の仕事は、水や土の浄化と、魔獣に聖魔力を撃ち込んで討伐する事。ラザール様とフラワーは協力して各地の浄化を行います。
国のためと義務的に働くラザール様は、汚れた土地の人々が困っていることに怒ったり悲しみながら仕事をして、浄化が済むと皆と大喜びするフラワーに戸惑いながらも惹かれていくのです。
そして三年生の時、魔獣の大発生の討伐に二人は駆り出され、ラザール様はフラワーを庇って大怪我をします。
「何故ご自分の御身を大事になさらないのですか!」
と、血まみれで横たわるラザール様に縋りつくフラワーに
「……私は、初めて国より大切な物を見つけたんだよ」
と、ラザール様は初めて微笑むのです!
ああっ、思い出しただけで涙が!!
あ、私はベロニカ・ベロニクス(この名前もどうよ)。ベロニクス公爵家の娘で、もうじき五歳。ラザール様の半年後に生まれた時、女児と分かった時点で婚約者にほぼ内定。五年経っても他に目ぼしい女児が生まれなかったため、本日は初の顔合わせとなっております。
ラザール様にうっとりしてる私の様子に、間も無く「内定」は「決定」に変わるでしょう。
私の役回りは、王立学園でフラワーをイジメる悪役令嬢です。次期王妃の座に執着し、ラザール様の興味を引く女性は全て敵。特にフラワーを目の敵にして、引きずり落そうと暗躍します。それが逆にラザール様とフラワーを近づけるのですが。
私、ラザール様の幸せのため、力の限りイジメさせていただきますわ!
でもそれまでは、十分ラザール様を愛でたいと思います。ああ尊い。
□□□□□ ラザール □□□□□
「参りますわよ! フラワー」
「どんと来いですザマス。ベロニカ様!」
ベロニカの水魔法が、ベロニカの周りに沢山の氷のブーメランを生み出す。
腕を上げたなベロニカ。先週までは真っ直ぐにしか進まない氷の矢だったのに。
「行け!」
ベロニカの合図で、氷のブーメランが楕円の軌道を描いて一斉にフラワーに襲い掛かる。
四方八方からの攻撃にもフラワーは動じず、一瞬で自分の周りにドーム型のシールドを作った。
「強化ザマス!」
強化されて光るシールドにぶつかったブーメランが次々と粉砕し、水になる。
観客席のギャラリーから感嘆の声が上がった。
最初の頃は、薄いシールドを自分の前に出すのが精一杯だったのに、フラワーも腕を上げている。
王立学園の昼休み。
魔術演習場では、ベロニカによる自称「フラワーイジメ」が行われている。
放課後にダラダライジメるよりも、お昼休みの10分15分に集中してイジメた方が効率がいいそうだ。分からん。
どうでもいいが、観客席のギャラリーが回を追うごとに増えているのだが。
ベロニカは、私の婚約者だ。
家柄、容姿、知性、どれをとっても次期王妃にこれ以上相応しい女性はいない。
「ラザール様! 今日は暑いので屋内と屋外、日向と日陰の気温の違いを調べましょう!」
「今日は寒いので、御者が凍えない設計の馬車を考えてみましょう!」
「今日は雨なので、洪水が起こったら何が必要か考えてみましょう!」
幼い頃から、およそ貴族令嬢が興味を持つとは思えない遊びの誘いをしてくる少女だった。
「だって、ラザール様は私とお茶を飲みながらお話をするだけなんてつまらないでしょう? 私は、ラザール様と楽しく過ごしたいんです」
と言うベロニカは、私よりずっと年上のようだった。
二人の遊びは年齢が上がるごとに難しい問題設定になり、考えついた二人のアイディアが実用化された事もある。
ベロニカは、まさに理想的な王妃だ。
そんなベロニカが、王立学園に入学してから一人の少女をイジメている。
「あなた! 王立学園の生徒となったのなら、それに相応しい品位のある言葉遣いをなさいませ!」
最初は、入学間もないフラワーの平民言葉への注意だった。
真っ赤になって唇を噛みしめていたフラワー。
翌日からフラワーはおかしな「ザマス」を使いだした。それが上品な言葉なのだと思っているらしい。何なんだ「ザマス」って。(平民が信じている上流階級の言葉だそうだ)
さすがに王家から教師を派遣するべきかと思っていたら、翌日食堂へ向かう女子生徒のグループにフラワーが混ざっているのを見つけた。貴族の中に溶け込んでいる。
「今日は何食うの?」
「『食う』じゃなくって、自分が食べるなら『いただく』、他の人なら『召し上がる』よ」
「二種類もあるんだ!」
「『二種類もあるのね』よ。もう!」
笑い声が上がる。
調べてみると、フラワーがベロニカに注意されて「ザマス」を使い出した事で、あの子は平民言葉を直す気が無いのだと思ってた他の生徒たちが思い違いに気づき、フラワーに言葉遣いを指導するようになったそうだ。
それがきっかけとなり、フラワーはクラスに溶け込んだ。
ベロニカは、自分が注意する事によって他の生徒を動かしたのだ。
それからベロニカは、魔術演習場でフラワーをイジメるようになった。
訳も分からずに連れてこられ、最初は防御もままならずにコテンパンにされていたフラワーだが、回数を重ねるごとに徐々に反撃できるようになってきた。
イジメが終わると、見ていた生徒たちがアドバイスやアイディアを持って来てくれるのだそうだ。
友人たちとそれを検討し、攻撃魔法が得意な生徒に指導してもらう。
フラワーは、ついこの前聖魔力が発現したとは思えないくらい成長した。
これは、現在の聖女が高齢で魔獣討伐に行くのもままならない状況なので、フラワーが聖女に就任したらまず討伐に駆り出されるのを見込んでいるのだろう。
「イジメ」と言いながら自分のためにここまで……と、フラワーはベロニカに感謝しているのだが、友人たちに「ベロニカ様があえて言葉に出していない事を口に出してはいけない」と注意されているのでお礼が言えない。
そんなフラワーなので、憧れのベロニカに会うと緊張して「ザマス」が復活するそうだ。
フラワーがシールドを消した。反撃に移るようだ。
期待に観客が息をのむ。
フラワーは、手のひらから出した聖魔力を、細く細く伸ばして長い紐のようにしたと思ったら、それを持ってヒュンヒュンと回し出した。まるで鞭だ。
鞭を振るう聖女……前代未聞だ。
片やベロニカは大きな氷の片手斧を作り出して構えている。斧を振るう公爵令嬢というのも……。
一触即発!……と思った時、学園長が乱入してきた。
二人に何か言ったと思ったら三人で走り去って行く。
魔術演習場には、不完全燃焼のギャラリーだけが残された。
「珍しいなラザール。お前が執務中の私に会いたいとは」
ここは王宮。強引に国王の執務室に押し入り、部屋にいる人たちに目もくれずにずんずんと一番奥で執務をしている父へ向かった私に、父上がペンを置いて私に向き合ってくれる。
「緊急です。ベロニカとフラワーが魔獣討伐に派遣されたと聞きました」
学園長から聞いてどれだけ驚いたか。
「ああ、西の森で複数の魔獣が目撃されたので行ってもらった。魔導馬車の使用を許可したので、もう着いているはずだ」
「なぜ、そんな危険な所に魔獣討伐などやった事の無い学生を行かせたのです」
「学生と言っても、国一番の攻撃的聖魔力の持ち主と、それと対等に戦える水魔法の術者だ。十分に討伐に行けるレベルだと、王立学園の学園長も教師たちも太鼓判を押したぞ」
「魔術のレベルが高くても、彼女たちは騎士ではなく素人です。いきなり複数の魔獣を討伐とは」
何故そんな残酷な判断ができる。
「ベロニカたちには、予め協力を打診していた。徐々に討伐に慣れてもらう予定だったのだが……、緊急事態だ。待っていては民に被害が出る」
民のため。そう言われると何も言えなくなる。
「同行したのは騎士団でも魔獣討伐に長けている黒薔薇隊だ。それにプラスしてベロニカとフラワー。我が国で今、最も堅固な布陣だ。安心しろ」
「ベロニカが怪我をしたらどうするんです!」
安心などできるか! 両手を力一杯机に叩きつけた。
あまりに不敬な態度と私の大声に、部屋中の人の目が集まる。
私を咎める周りの目と反対に、父は笑みを浮かべていた。
「……お前にも、国より大切な人ができたか」
□□□□□ ベロニカ □□□□□
私とフラワーは、はしたなく地べたに座り込んで肩で息をしています。お借りした女性用の騎士服は、魔獣の体液でドロドロになってしまいました。
私が魔獣にダメージを与え、フラワーがとどめを刺す。
計画通りに動けたのですが、さすがに至近距離で魔獣と対峙する戦いは精神的に過酷でした。
魔獣の解体を終えた黒薔薇隊が戻ってきます。あの方たちの体力はどうなっているのでしょう。
失礼ながら、座ったままお出迎えです。
「お二人のおかげで無事に討伐が終了しました」
黒薔薇隊の隊長が労ってくれます。
「いいえ。騎士団の皆様のお力ですわ。皆様が魔獣を一匹ずつ私たちの前に誘導してくださったから、予定通りに討伐する事ができました。こんなに上手く魔獣をあしらえるとは、さすがは黒薔薇隊ですわね」
「お気付きでしたか!」
騎士の皆様が驚いています。
魔獣が行儀良く一匹ずつこんにちはするわけない事ぐらい、誰でも分かってますわ。
「気付きませんでしたザマス!」
……誰でも気付く訳ではなかったようです。
「これからは魔獣兵法を学ばなくてはいけませんわね」
「はいっ!!」
何で嬉しそうなのかしら。
ラザール様の命を守るため、三年生になるまで厳しくイジメますわよ。
その日は一泊して翌日ゆっくりと王都に戻ったのですが、その間に「次期聖女と次期王妃が魔獣から町を守った!」と広まっていて、王宮近くになると騎士団の凱旋が民に大歓迎されてパレードのようになりました。
フラワーと一緒に、馬車の中から手を振ります。
フラワーが皆に認識されるのは良い事なのですが、私は「次期王妃」じゃ無いのですけどね……。
「ただの平民のあたしがこんな大きな使命を果たせるなんて、夢みたいザマス……。ベロニカ様のおかげですザマス」
「フラワーが技術を磨いたからよ」
そしてあなたは二年後もっと大きな討伐をするのよ。ラザール様と。
こちらにも次々と王都の情報は届いて来て
「聖女候補が魔物討伐をしたと聞いた現聖女が『今すぐにも引退したい』と喜んでいる」
とか、
「ラザール殿下が騎士団団長に『次の討伐には自分を連れて行け』と詰め寄った」
とか……。
ラザール様はフラワーが心配ですのね。順調に愛を育んでいるようで何よりです。婚約破棄は、予定より早いかもしれませんわ。
ツクンと痛い胸は、気付かないふりをしましょう。
王宮に入り、討伐終了報告に皆で国王陛下との謁見の間に足を踏み入れたらいきなり何かに包まれて視界が塞がれました。
何が起こったか分からずジタバタする私は、自分がラザール様に抱きしめられているなんて、夢にも思っていませんでした。
2025年4月23日 日間総合ランキング
6位になりました!
ありがとうございます( ◠‿◠ )




