第五王子カーエドの場合
1年前、兄である第四王子は試験に不合格となり、遠い国へ婿に出された。しかも第7王配という、いてもいなくてもいい、どうでもいい配偶者として。今彼がどうしているのか第五王子であり弟でもあるカーエドは知らない。
しかし、兄の愚行から学んだことはある。試験には建前も必要なのだと。
試験初年度は馬鹿正直に解答してしまった。
【第1問 婚約者の姓名・爵位を書け。→マルジャーン・アーディ・ハージェス、侯爵家】
【第2問 婚姻後の己の立場を書け→臣籍降下して大公となり兄王を支える】
【第3問 婚姻後、どのような夫婦関係を築き、どのように家門を運営するのか→マルジャーンは不細工なので、お飾りの妻にして、可愛くて美しくて胸の大きな愛人を寵愛する。マルジャーンは頭だけはいいので、領地運営は任せて、愛人と楽しく暮らす。子どもは愛人に産ませる】
【第4問 嫡出子にはどのような教育を施すのか→王家から来るだろう教育係とマルジャーンに任せる】
この解答に試験官は呆れ、答え合わせという名の再教育があった。自分が将来得るのは大公位ではなく公爵から伯爵のいずれかであること。爵位は臣籍降下までの公務の様子を見て決めるらしい。
婚姻後に関してはマルジャーンの実家ハージェス家の支援があってこそ臣籍降下し新たな家を興すことが可能であるとも言われた。つまり、マルジャーンあってこその新家門であるため、マルジャーンの機嫌を損ねてはいけないし、当然ながら後嗣はマルジャーンの子どもでなければならない。
愛人は持つなとは言わないが、せめて後嗣・スペア・嫁出し要員の3人の子を持つまでは避けるべきだし、愛人は徹底的に隠すか、逆に正妻マルジャーンの許しを得てから作るかのどちらかにすべきとも言われた。
唯一第4問は褒められた。いや、褒められたといっていいものかは微妙だ。よく己を判っている、カーエド殿下は子どもの教育には関わらないほうが子供たちのためになるとまで言われてしまった。
試験の内容については母が付けた教育係や父から『阿呆か』と呆れられ叱られた。だが、己惚れが過ぎて婚約の意味を全く理解していない兄の第四王子に比べたらマシとも言われてしまった。兄は試験は全問不正解で、その後の講義を経ても何も理解していないらしい。あんなのと母も同じ兄弟だとはと嫌になったが、カーエドは兄を反面教師にすることにした。
そして、翌年の試験ではカーエドは完璧な答案を作り上げた。心を入れ替えたわけではない。だが、この試験をクリアすれば将来はハージェス侯爵家の支援を得て恐らく公爵位を与えられるはずだ。
臣籍降下してしまえば、王家の教育係たちにうるさく言われることはない。自分の好きにできる。カーエドはそう思って、内心を隠した完璧な答案を作り上げたのだ。
来年の卒業を前にした試験も同様にすれば、自分の将来は安泰だとカーエドは楽観視していた。
しかし、この魔道王国の行政府がそんなに甘いわけはないのである。
兄である第四王子が遠い異国の第7王配として婿入りしてから2年後。カーエドは最後となるであろう試験に臨んだ。
試験問題はこれまでと同じ4問。よってカーエドは昨年と同じ模範解答を記入していった。全く同じ文章では怪しまれるため、多少文言を変えるという小手先の技も使っている。
無事試験も終了し、安心したカーエドに試験官は『では答え合わせをいたしましょう。カーエド殿下、第3問の答えを読み上げていただけますか』と問いかけた。これまでにはなかったことである。だが、今年は最後だからこういったことがあるのかもしれないとカーエドは答案用紙を持ち、それを読み上げた。
──はずだった。
「婚姻後はどブスなマルジャーンなんて屋敷に閉じ込めるに決まってるだろ。まぁ、王家主催の夜会にはあの醜女を連れて行くしかないだろうけど、それ以外は美しい愛人のワハシュを連れて行くさ。ああ、館の女主人はワハシュだって周知しとかないとな。あの醜女は仕事だけさせればいい。学院でも首席とか俺を馬鹿にしてるしな! 領地経営だってあいつがやればいい。あいつにはメイドの服でも着せて、ワハシュをたっぷり飾り立ててやろう! そのためにも税は厳しく取り立てねぇとな。あの醜女の持参金も支援金も俺とワハシュで楽しく使うぜ。子どもはワハシュに産ませるけど、あの醜女が産んだことにしないとな。じゃないと侯爵家がうるせぇだろうし。公爵様に逆らうなんて生意気だから、なんか罪でも着せて潰すか。いや、潰したら金を出させることもできねぇか。まぁ、俺様とワハシュのために尽くせばいいんだよな」
決して表に出してはいけない本心がツラツラと口から零れ落ちる。慌てて口を閉じようとしても手で塞ごうとしても身体が動かない。忙しなく目をギョロギョロと動かすが、本音の暴露を止めることは出来ず、カーエドは半ば恐慌に陥っていた。
「うわぁ、醜悪だねぇ。カヌーン王家にこんなの生まれたのはやっぱ隣国の血のせいかなぁ。初代のサフィーナ女王が知ったら激怒するか大泣きするよねぇ」
そこに緊張感のない声が響く。いつの間に現れたのか黒いローブで顔を隠した男がカーエドの目の前にいた。
「イクテヤール様、突然現れないでください。驚きます」
「ちっとも驚いてないじゃん。神様に嘘ついちゃダメだよー」
クスクスと笑いながらイクテヤール、真実と虚偽の神は試験官に言う。カーエドが本心を暴露したのはこの神の御業だった。
「こういう小賢しいのが数世代に一人はいるんだよねぇ。本音と建て前の使い分けが悪いわけじゃないけどさ。婚姻関係でのこれは拙いよね。この国の副主神は結婚と出産の神だし、カヌーン魔導王国になる前は恋愛や婚姻絡みで国が滅びたくらいだし。本音と建前の使い分けとその強かさは王族としては間違ってない。でも、この国では唯一婚姻に関してだけは誠実でないとね」
イクテヤールはそう言ってカーエドにニッコリと笑いかける。そして彼に魔法をかけた。それは断種魔法だ。
「君の血を残すことを僕は認めない。だから、君に子どもは作らせない。婚姻も許さない。役人、国王に伝えて。コレは政治的には無能じゃないし役に立つだろうけど、家庭を持たせてはダメだ。確実にウィラーダの怒りを買うことを仕出かすよ。だから、生涯独身で兄王に忠実に仕えさせるといい。ああ、性根が鍛え直されて妻や子を持っても問題なくなれば、その時は断種魔法を解いてあげるよ。お前の心根次第だ、カーエド」
最後には凄みを利かせて睨まれ、カーエドは真っ青になって何度も頷いた。
第五王子カーエドは生涯独身で兄王の治世を支えた。
彼の犯した失敗に対して罰が重いという見解は他国では多く見られた。尤も、神々の下した罰であるから、表立って言うことはなかったが。
だが、カヌーン魔導王国は、その前身であるアクバラー王国時代のやらかしが酷かった。そのやらかしの殆どは婚姻絡みのものだ。真実の愛ごっこによって国は衰退し混乱し、結局滅びた。その轍を踏まぬため、カヌーン魔導王国は婚姻や恋愛に関して一貫して厳しい姿勢を取っているのである。
しかし、5人の王子のうち、真面に試験をクリアしたのは2人だけだ。カヌーン王家の資質が問われる日も遠くないかもしれない。
それでもアクバラー王国時代とは比較にならないほど真面な王家ではあるのだ。だが、今代の失敗は側室を迎えてしまったことだろう。
「やっぱり、何か結婚や出産に関して加護か制約を与えるべきかしら」
下界を眺めつつ、結婚と出産の神ウィラーダは呟いたのだった。