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第四王子カスールの場合

 現国王ザイームには5人の王子と4人の王女がいる。第一王子カサムは側室ミサーク妃の子で王兄として大公となることが決まっている。第二王子カルフは王妃サダーカの子で第一王子とは1歳違いの兄弟だ。ミサーク妃がよく弁えた女性であったことから兄弟仲は良く、第二王子カルフが王太子となってからは第一王子カサムはその補佐を担っている。第四王子カスールと第五王子カーエドは隣国から押し付けられた側室の子で、兄2人とは年が離れていることもあり、然程交流はない。なお、王女4人は王妃腹3人、第一王子母の側室腹1人である。第三王子カーインは愛妾腹のため、他の王子王女と違い王位継承権を持たないことから全く交流はなかった。

 押し付けられて側室となった母を持つ第四・第五王子たちである。その性質は推して知るべしというところだった。押し付けられるような王女と、隣国に瑕疵のある問題王女を押し付けるような王家の血を引き、その関係者に育てられているのである。問題がなかろうはずがなかった。




 第四王子カスールは15歳でアドワ侯爵家の嫡女アフマルと婚約した。魔導学院に入学した年に婚約が決まったのだ。カスールの母側室が強く願い、強引に結んだ婚約である。将来はアフマルがアドワ侯爵となり、カスールは入り婿として王家と侯爵家の仲を良好に保つ役目を持つ。そして王家の血を引く次代侯爵の胤を齎す。つまり、侯爵家側からは何の期待もされておらず、種馬として仕方なく受け入れただけの婿となるはずだった。

 そんな彼も三度目の『王族認知度及び理解度判定』を受けることとなった。今年度魔導学院を卒業する彼にとって、これが最後のチャンスだったのだが、それを理解する頭は彼にはなかった。

 既にアドワ侯爵家ではアフマルの新たな婚約者選定を密かに始めていることをカスールも母側室も気づいていなかった。国王も王妃も王太子もアドワ侯爵家の動きを知っているが咎めていないことにも彼らは気づきすらしなかった。それが彼らの将来を決めることになる。

 そう、カスールはこれまで二度のテストでは不合格だったのだ。カスールが受けるテストは婚姻の前年まで何度でも受けられるものだ。だが、彼の態度や行いから今年も不合格であろうことは関係者全員(カスール母子を除く)予想していた。

「はぁ、またこのテストか。面倒臭い」

 試験会場になっている会議室でカスールは溜息をつく。二人の兄は既にこの試験は免除されている。全課程で合格判定がなされているらしい。弟の第五王子は今年から別室でテストを受けるそうだ。そういえば、昨年からテストを受け始めた第三王子はテストの後学院を辞めて神に仕える道を選んだらしい。まあ、愛妾の子であるから、高位貴族との結婚も望めず、将来に不安を持ったのだろうとカスールは気にしなかった。気にしていれば、多少は何かが違ったかもしれない。

【第一問 婚約者の氏名を爵位と合わせて記入せよ】

 毎回この問題だとカスールは呆れたような表情になる。何の意味があるのか判らない試験だと、カスールは面倒臭そうに解答を記入した。意味が解っていないから毎回不合格なのだということを理解していない。

【第一問:アフマル・アドワ 侯爵家】

 解答用紙が鈍く光る。それに気づかず、カスールは2問目を見る。

【第二問 この婚約の経緯を記せ】

【第二問:アフマルが美しく精悍な俺に一目ぼれし、父侯爵に我儘を言い、侯爵が父国王に頼み込み成立した】

 解答用紙が再び鈍く光る。これにも気づかずカスールは次の問題を見た。いや、正確には鈍く光っていることは気づいているが、毎年全問そうなので気に留めていないのだ。

【第三問 婚姻後の己の名を書け】

【第三問:カスール・レッス・カヌーン】

 三度光るが、やはりカスールは気にも留めない。

【第4問 婚姻後の己の役割を書け】

【第4問:王弟として兄王の補佐】

 結局全4問全てが鈍く光った。つまり、全問不正解である。その事実はすぐさま試験監督官の持つ魔道具により国王とアドワ侯爵に伝えられた。

 そして、国王と侯爵はその場で婚約解消の手続きを完了させ、2年間のアフマルの精神的苦痛及び無駄な時間を過ごさせたことへの慰謝料の支払いが行われた。

「では、カスール殿下。今年でこの試験は終了となります。ですので、今年は答え合わせをいたします」

 試験監督官は手に持った魔道具のボタンを押す。するとカスールの体は椅子に縛られた。更に猿轡も嵌められる。暴れて暴言を吐くことが予想されたための措置である。

 突然のことにカスールは当然、どういうことだと叫び暴れようとするが、既にその防止措置が取られているので何もできない。

「まず、第一問。婚約者の名前を正確に覚えていないなんて最低限の礼儀も敬意もないんですねぇ。流石はナドバ妃の子だ。アドワ侯爵令嬢のお名前はアフマル・カミリヤ・アドワ様ですよ」

 嫌味を交えつつ試験監督官は言う。この試験監督官は宮内庁職員で、アドワ侯爵家の分家の出身だ。本家の姫君を大事にしないカスールのことを常日頃苦々しく思っていたのが、ここにきて漏れ出てしまっている。

「第二問、婚約の経緯ですが……よくもこんな勘違いが出来ますよね。アフマル嬢はあなたに常に礼儀を尽くした。そう、表面的な対応しかしていないのに。正解はナドバ妃が強く願い、実家の公国の権威を使って国際問題になると脅して脅して脅した結果、仕方なくアフマル嬢が受け入れてくれた、ですよ。アフマル嬢は欠片もあなたに恋情など懐いてませんし、侯爵も陛下に頼み込んだりしてません。寧ろ陛下が側室の無礼を謝り、それでも頼むと頭を下げて乞い願ったうえで成立した婚約です」

 実はこの婚約に至る経緯は父王から説明されている。しかし、母から何度もアフマルが一目ぼれして強く願った婚約なのだと聞かされていた。自尊心だけは高い自意識及び自信過剰なカスールは自分に都合のいい母の言葉を信じたのである。

「第3問と第4問はまとめて答え合わせですね。婚姻が成立していたら貴方の名はカスール・レッス・アドワになるはずでした。そして、入り婿として侯爵となるアフマル嬢を支え、王家との絆を確かなものにする、それが役目だったんですよ。まぁ、ぶっちゃけるとアフマル嬢の邪魔をせず、種馬として王家の血を引く子を作るってことですね」

 自分が信じてきたことを悉く否定され、カスールは椅子をガタガタと揺らす。猿轡をされているから言葉を発せず、うーうーと唸り反論しようとする。

 この美しくも精悍な煌く王子である自分が愛されていないなんて信じられない。優秀で有能な自分が王族でなくなるなど有り得ない。カスールはそう思っていた。

 なお、優秀で有能という評価は母からしか聞いたことがない。だが、自分が優秀で有能なのは当たり前だから、侍従たちも教師たちも何も言わないのだろうと楽観的なことを考えていた。

「今回の試験も不合格でしたので、殿下とアフマル嬢の婚約は解消されました。殿下はベンナン王国の女王の第7王配として婿入りしていただきます」

 第7王配という有り得ない言葉にカスールはさらに激しく椅子を揺らす。真面目に勉強していないカスールはベンナン王国と言われてもピンと来ず、7人目の王配ということにしか反応しなかった。

 ベンナン王国は東方の歴史ある王国でカヌーン魔導王国の友好国だ。国境は接していないためそこまで気を遣う国ではないが、友好関係は維持しておきたい。そのためには婚姻政策は有効な手段である。現女王は有能ではあるが淫蕩の気が強く、そのために王配が複数人置かれているのだ。既に成人した王太子もいる年齢で、母側室よりも年上である。

 そんな年上女王から『友好関係維持のために、問題ある王子を引き取ってもよいぞ』という縁談なのか廃棄物引き取りなのか判らない申し出があったのは1年前のこと。2回目の試験不合格の後である。水面下で話は進み、今回の試験不合格の際は第7王配として出荷されることが両国の間で決まっていたのだ。

 信じがたい、信じたくない話を聞かされたカスールは脳の許容量を超えたのだろう。意識を失った。受け入れがたい現実から逃避したともいえる。そしてカスールが目覚めて騒ぎ出す前に全ての手続きが終了し、カスールは見た目だけは華々しい行列を仕立ててベンナン王国へと婿入りしていったのである。

 なお、婚約を解消したアフマルは婚約者のいなかった同格侯爵家の次男と婚約した。幼馴染であり、カスールとの婚約がなければ彼と婚約していたはずだったため、両者の合意も両家の合意も手続きも速やかに進んだのであった。

 愛する息子を遠い異国に出荷されてしまった側室ナドバはショックを受け寝込んだ。しかし、彼女の悲劇はこれでは終わらない。もう一人の息子も不合格を重ねることになるのだ。


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