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第三王子カーインの場合

「何で余がこんなものを受けねばならぬのだ」

 ブツブツと文句を言いながら、第三王子カーインはテスト用紙をめくった。

 王家に連なる者は定期的に『王族認知度及び理解度判定』という試験を受けなければならない。これは神々との契約に基づくものであり、受けなければ即王族離脱となる。

 試験を受けるのは準成人となる魔導学院入学の年もしくは婚約者が出来た年からである。但し、7歳未満には課されないので生まれた時から婚約者がいても実際に試験されるのは7歳からだが。

 カーインは未だ婚約者がいないため、学院入学の今年になって初めて試験を受けることになった。

 面倒臭そうにカーインは試験問題を眺め、仕方なくペンを手に取った。

【第1問 名を書け】

【第2問 母親の名と身分を書け】

【第3問 己の身分を書け】

【第4問 成人後の己の役割を書け】

 問題はこの4問だ。実に下らないとカーインは鼻で笑う。

【第1問:カーイン・ボルニ・カヌーン】

 サラサラと汚い字で書く。勉強が嫌いなカーインの文字はお世辞にも綺麗とは言えない。王族の品位の欠片もない悪筆だった。

【第2問:チャンフ・ボルニ・カヌーン、王妃】

 答えを書いた瞬間、解答用紙が鈍く光ったことにカーインは気づかなかった。

【第3問:第三王子かつ王太子】

【第4問:国王となり皆を従える】

 続く第3問・第4問も記入した瞬間にやはり鈍く光っているが、この時もまたカーインは気づかなかった。

「おい、終わったぞ」

 椅子にふんぞり返り、カーインは試験監督である役人に告げる。役人は解答用紙を受け取った瞬間、通信魔道具で騎士を呼んだ。同時にカーインが座っていた椅子からは足と腕を拘束する魔道具が発動し、カーインは椅子から立ち上がることが出来なくなった。

「おいっ! これはどういうことだ! 貴様反逆者か!!」

 カーインは喚くが、役人はそれを気にも留めない。彼は解答用紙が鈍く光ったことに気づいていた。そして解答用紙を見て納得した。鈍く光るのは不正解である証だ。

「それでは答え合わせをいたします」

 騒ぐカーインを気にもせず、役人は告げる。

「流石に第1問は正解です。が、それ以降は全て間違いですな。ご自分のことも母親のことも判っておられなかったようだ」

 カーインの母親は王妃などではない。愛妾に過ぎず、王家の姓であるカヌーンを名乗ることは出来ない。ゆえに正解は【チャンフ・ボルニ、愛妾】だ。

 そう告げられて、母親が愛妾であることを知らなかったカーインはショックを受ける。

 酔いつぶれた国王が誤って手を付けてしまったメイドがチャンフなのだ。酔いつぶれた国王の寝室に酔い覚ましの薬を届ける名目で部屋に入ったチャンフは催淫効果のある香りをまとい国王の介抱をした。そして国王は欲望を解放してしまったのである。

 その1回のお手付きで身籠ったため愛妾として後宮の片隅に部屋を与えられたが、そんな経緯で愛妾になったのだ。国王がチャンフを寵愛することはなかった。それなのになぜかチャンフは自分が寵愛されていると思い込んでおり、息子に『低い身分の出身である王妃を守るために後宮から出ないように言われている』『身分の高い側室たちから守るために中々会いに来られない』と告げていたらしい。

 ショックを受けているカーインをスルーして役人は更に答え合わせを続ける。

「第3問の身分は、第三王子、のみですな。王太子は第二王子のカルフ・ファクル・カヌーン殿下です。ゆえに第4問も間違い。貴方は愛妾の子ですから王位継承権を持ちませんし、成人後は臣籍降下し、母親の実家と同じ男爵位を授けられて王領から村2つの領地を与えられるが正解です」

 初めて知る真実にカーインは酷くショックを受けている。しかし、本当は『初めて知った』わけではない。彼の教育係はちゃんと伝えているのだ。母親が愛妾に過ぎないことも、初めから王位継承権を持たないことも、成人後は臣籍降下して男爵となり、小さな領地を与えられることもきちんと何度も伝えられている。

 ただ、カーインがそんなはずはないと思い込み、聞いた側から忘れているだけである。

 答え合わせは終わったところで、室内に厳めしい姿の騎士たちが入室した。そして、椅子に拘束されているカーインを椅子ごと持ち上げ、運び出した。呆然としていたカーインは急に動いたことでハッとして騒ごうとしたが、声を発する前に催眠魔法を掛けられて意識を失った。

 カーインが気づいたのは薄暗い部屋だった。慌てて周囲を見回せば、母と母の両親である祖父母と母の兄である伯父夫婦がいた。全員がカーインと同じように拘束されている。

「これから貴方方には徹底した教育を施します。自分たちの正しい身分と地位を理解するまでこの教導室からは出られません。正しく理解し、身の程を知った方から日常生活に戻ることが出来ますから、頑張ってくださいね」

 役人──宮内庁認知理解教導課課長──は教鞭を持ちニッコリと笑った。




「再教育? 即処刑ではなかったのですか?」

 王太子妃であるカラリェーヴァは夫である王太子カルフに尋ねた。第三王子の解答は簒奪を企んだとして反逆罪に問われても仕方のないものだった。

 実際、試験監督官からの第一報時点では国王も王太子も各部署も第三王子と生母の愛妾に毒杯を与える方向で決まりかけていた。しかし、実際には何の動きもしていなかったことから、単なる妄想として処理され、比較的軽い処罰となったのである。

 実際、母方の祖父母も現男爵である伯父夫婦もきちんと立場を理解しており、教導が始まった翌日には日常生活に戻っている。ただ、教導過程で母の愛妾とカーインが知能的に問題があり、脳内に花畑が広がり物事を自分の都合のいいように解釈することが判明した。そのため、教導には時間がかかっているらしい。最終的には日常に戻ることなく、それぞれ戒律の厳しい修道院で神に仕える生活になるだろう。

「実害がなかったからね。今回は神々から簒奪を企んではいないこと、企むほどの胆力も知能もないから、無暗に血を流さぬほうがいいとのお言葉もあったんだ。王家なんて様々な業を背負っているから、不必要なものまで背負う必要はないとの仰せだったんだ」

 単なる脳内花畑親子のために王家が罪を負う必要はないと守護神たちが判断したというわけである。カヌーン魔導王国の守護神たちは真面な王族や貴族には寛大であり慈愛に満ちているのである。

「然様でしたのね。カルフ様が余計な苦しみを負わないのであればよろしいのです。……弟君たちは大なり小なり問題をお持ちのようですもの……」

 溜息をつく愛妻にカルフは苦笑した。


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