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第二話【怪談と少年】3



「だぁぁぁぁこんなん終わるか!!!」


 事務室に落ち込んだ空気が漂っていた頃、家庭科室ではカチャカチャと皿を動かして数える尚樹が、早くも限界を迎えそうになっていた。と言うのも、棚に仕舞われている皿の量が多すぎるのだ。学校の備品としてあるのだから複数あるのは分かっていたが、七不思議で増える皿というのがどれのことを指しているのかが不明で、平皿から小鉢、スープ用の皿など、全てを数えるはめになっていた。

 枚数を記録する紙を挟んだバインダーを片手に、陸は棚から目を離さずペンを走らせる。


「俺達の仕事なんて、こんなことばっかりだぞー。地道に一つずつ解決しないと」

「はぁ~…、一気にどーんとできねーの?」

「無理だなー。そんな膨大な力はないない。所長なら出来るだろうけど、今回は俺達が任されたんだからさ、初仕事頑張ろうな!」

「分かったよ」

「そういえば…」


ひたすら皿を数えるだけの作業に飽き飽きしている尚樹の気配に、気を紛らわせようと陸は言葉を続ける。単純な作業なため、雑談をしながらでも問題はない。


「そのブレスレット、所長から貰ったやつだろ?」


尚樹の右腕に付けられたブレスレットを指差す。

 問われた尚樹は皿を数えつつ、青と橙の混ざるブレスレットの石に触れた。形を変える、不思議な力を宿したモノだ。今までの自分であれば、身に付けることなど絶対にあり得なかったが、何故だか家に置いておく気にならず、受け取った日から肌身離さず持っている。

何度かトンネルの時のように握ってみたが、鋏に変形することはなかった。あの時は青維を助けなければと必死で、自分でもどうやったかなど覚えていない。


「あぁ。俺のモノだって渡されたけど、使い方がいまいち…」

「術具の扱い方をマスターするのも、課題の一つってところか」

「術具…それって、陸さんのピアスも?」

「おう!俺のピアスや紫織さんのネックレスも、所長の力が込められた術具だよ」


 棚の端まで皿を数え終えた陸が、同じく数を記入し終えた紙を尚樹から受け取る。

近付いたことでよく見えるピアスに、尚樹は自然と目がいく。陸の両耳で光る深い青の気配は、ブレスレットから感じるものに似ていた。


「術具を使いこなすには練習あるのみだけど、まずは力を具現化させないとな!」

「どうやって?」

「認識が大事だって話したろ?力の形を明確に意識するってこと」

「それなら、一度使えたし、形なら分かってるけど…」

「形態のイメージだけじゃなくて、個としての確立が必要なのさ」

「だから、それってどういうことなんだよ」

「つ・ま・り、名前をつけるってこと!」

「名前?」

「存在を肯定する事において、名付けるってのが一番効力があるんだよ。無名のままじゃ、輪郭がぼんやりして扱いづらい」


右腕を上げて、ブレスレットを目線に合わせる。名前を付けろと言われても、何も浮かばない。

 幅約二センチほどのシルバーの部分には葉を模した凹凸があり、中央に一つ石が嵌め込まれたシンプルなモノだ。これがあの大きな鋏になるとは、術具というのは常識が通用しない。


「今すぐって訳じゃない。良い名前、考えてあげな」


陸は悩む青年の頭をポンと叩いて、家庭科室での作業は終わりだと廊下に出た。後に続く尚樹は、名前など急いでも仕方のないことだ、自然と思い付くこともあるかもしれないと、今は目の前の仕事に集中することにした。

 七不思議の一覧からもう一ヶ所、事前の確認が必要なものがあると、今度は音楽室へ二人は向かう。一階の家庭科室から三階の音楽室へ、校舎端の階段を上り始めたとき、前を歩く陸の背中に、尚樹は山での記憶が蘇った。鮮明に思い起こされたのは、青維の右腕を引き上げる姿だ。


 薄々気付いていたが、敢えて聞かなかった事がある。トンネルでほぼ確信に変わったが、それでも言葉にしなかった。事が事なだけに、軽々しく聞いて良いものかどうか、迷っていたのもある。だが、神霊事務所の所員になった今ならば、当然の疑問なのではないか。

そう決心して、尚樹は簡潔に問い掛けた。


「あの…さ、所長は左腕、怪我でもしてるのか?」


尚樹の言葉に、陸は踊り場に足をかけたままピタリと止まり、ゆっくりと振り返る。逆光で表情はよく見えないが、口元はまっすぐ結ばれていた。


「動かしてるの、見たことないなって…」


 思い返せば、違和感は何度もあった。

初めて会ったあの日、青維が車に押し込められていた時、左手は捕まれていないのに、陸に捕まれた右腕だけを動かして抵抗していた。山道を行く時の、段差での過度な手助けや心配も、片腕の相手ならば頷ける。それ以外にも、左手にだけ着けられた手袋や扇の扱いから、左肩から先が無く、義手なのではと思っていた。

しかし、トンネルで糸に絞めつけられて血が流れ、ほどく為に触れた手から伝わる体温に、袖の中には生身の腕があると確信した。

腕はあるのに動かせないのは怪我でもしているのかと、結論付けた故の問い掛けだった。


「怪我…とは、少し違うな」


陸の纏う空気が、鋭く刺さるようなものに変わった。この威圧感を一言で表すならば、殺意だ。現代の日本に生きるなかでは知るよしもない、漫画やドラマでしか聞いたことのない気配にも関わらず、これが殺気なのだと実感出来る。

 己に向けられているのではない、そう分かっているのに、尚樹は無意識に粟立つ腕を摩り、震える喉でなんとか唾を飲み込んだ。


「所長が左腕を動かせないのは、喰われたからだ」

「喰われたって……でも、腕は…」

「うん、腕はある。骨も肉も神経も繋がってるし、血だってちゃんと巡ってる」

「なら、」

「喰われたのは物理的にじゃない。概念だよ」

「概念?」

「そこにあるのに認識できない、感覚がない、左腕という存在そのものを喰われたんだ」


 トンネルでの場面が、再び思い起こされる。

青維は左腕に絡まる糸に、尚樹が声をかけるまで気付かず、血を流すほどの絞めつけにも、表情を歪めることはなかった。余程鈍いのか我慢強いだけなのかと思ったが、感覚がない故だったのだ。

存在するものを感じることが出来ない事が危険だと、医学の知識のない自分でも分かる。痛みという信号を受け取れないと怪我に気付けず、血は流れ続けてしまう。熱さや冷たさによる反射も起きず、歩行や他の動きのバランスだってとりにくいだろう。いっそ腕が無ければその心配もないのだろうが、なまじっか残っているのが厄介だ。


「だから俺達は、絶対に奴から…」

「陸」

「っ!?」


突然の第三者の声に、尚樹は勢いよく振り返った。


「一体何の話をしているのかしら?」

「紫織…さん…」


見開く尚樹の声には視線一つで応え、紫織は袖で口元を隠しながら陸を見上げていた。


「まずは、その物騒な気配を仕舞いなさい」

「……すみません」


陸から発せられていた殺気が消えた。

 中途半端に踏み出していた足を動かした尚樹と並んで紫織も階段を上り、三人が踊り場に集まった。


「それで?随分と不愉快な話が聞こえたのだけど?」

「えーっと~…」

「勝手にペラペラと青維様の事を話すなんて、覚悟は出来ているんでしょうね?」


紫織の気迫に、陸は慌てて両手を上げ弁明する。


「いやいや!所長も左腕の事は隠してないじゃないっすか!彼も所員として知っといた方が良いと思っただけっす!アイツに対しての感情が抑えられなかったのはっ、反省してます…」

「たとえ口止めをされていないとしても、時と場合を考えなさい」

「でも、聞いてきたのは彼っすよ?」

「え!?」


そこで俺を巻き込むのかと、尚樹は驚愕の表情で陸を見やる。確かに聞きはしたが、こんな展開に繋がるとは予想もしていない。何を言われるかと様子を窺えば、紫織の怒りが尚樹に向くことはなく、溜め息一つで済まされた。


「ここまで話しちゃいましたし、言っちゃいません?」

「…勝手になさい」

「どーも!で、さっきの続きだけど。俺達は絶対に奴から、所長の腕を取り返すって決めてんだ!」

「喰われたものを取り返すなんて、そんなこと出来るのか?」

「所長曰く、奴とは力の相性が悪すぎて、取り込んだ腕も消化されること無く、多少力を失うだけで残り続けるらしくてさ」

「片腕だけとはいえ青維様を取り込んでいるなんて、万死に値するわ」

「所長の腕を喰った奴って、何者なんだ?」


 青維とは出会ったばかりで、実力の全てを知っているわけではない。それでも、トンネルでのとてつもない威力の技や、この学校の怪異を一気に片付けるだけの力はあるらしい彼が、片腕を喰われるほどの存在とは、一体何なのか。


「穢れから生まれた、邪神だよ」


 蛍光灯が切れかかっているのか、点滅をした一瞬の暗闇の中、緑と紫の瞳だけが浮かぶように光り、先の言葉に乗せられた感情の強さを物語っていた。殺気とも違う、明確な敵意。これまでの言動から、二人が青維を慕っているのは明白で、そんな彼を傷付けた存在を許せるはずはない。目の前に現れればすぐにでも飛び出していきそうな、激しくも静かな相反した怒りの感情に当てられたのか、尚樹の握る手に力が入る。

 動かない左腕を、そうと分からないほどに華麗に操りながら舞っていた。もし、腕を取り戻せて動かすことが出来れば、もっと綺麗な、完全体の彼が見られるかもしれない。それは、とても魅力的なことに思えた。

何度か経験した、彼に惹かれるようなこの胸のざわめきは、神の力が安定を求めての事だと言っていたが、五体満足で完璧な彼を見たいと感じるのもそうなのか?

自分の中にある神は、何かを望んでいるのだろうか?

 明るさを取り戻した踊り場で、急に考え込んだ尚樹に陸が声をかけようとした時、チャイムがスピーカーから流れた。これは特別な当直や警備員を除いて、校内が無人になったことを知らせるチャイムだった。


「この話はここまで。青維様から任された依頼遂行に集中なさい」


紫織の声に、思考の海に沈んでいた尚樹がハッとして、無意識に出していた神の気配も霧散した。

力のコントロールが不慣れな尚樹は、意識がぼんやりすると自己防衛のためか神気が漏れている。神の力というのは強大で、それだけで警戒の対象になる世界だ。慣れた相手のものならいざ知らず、陸も紫織も、まだ尚樹の神気に耐性がなく、不意に感じると術具に手が伸びそうになる。

陸はピアスへと上げた手を寸前で止め、敬礼をするように頭へズラす。


「了解っす。ところで、紫織さんは何でここに?」

「戻りが遅いから、様子を見に来たのよ」

「思ったより皿を数えるのに時間がかかりまして。新町先生達は?」

「事務室に結界を張って、部屋から出ないよう言い付けてきたわ」

「じゃ、ささっと音楽室確認して戻りますか」

「あぁ」


 三階へと三人で上り、校舎東側の突き当たり、音楽室へとやって来た。預かった鍵を使い扉を開けると、譜面台や椅子、グランドピアノが置かれた、よくある音楽室だった。壁には楽譜や楽器の説明のプリントが貼られており、上部にはここへ来た目的の物が掛けられていた。


『入れ替わる肖像画』

音楽室の肖像画が深夜に入れ替わり、聞いたら死ぬ曲を歌いだす。


「これ、最初に見た時に思ったんだけど、入れ替わる必要あるか?」

「歌うパート順に並ばないといけないとか?」

「子供の考えることに、深い意味はないでしょう」

「七不思議なんて、なんか不気味で死ぬとか呪われるとか言っときゃ怪談として成立しますしね」


肖像画を見上げ、陸が順番をメモしつつ確認をしていく。


「あのさ、俺音楽苦手なんだけど、これであってる?」


陸に見せられたメモには、並べられた六枚の肖像画の人物名が左から順に、バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ショパンと書かれていた。音楽室の肖像画には名前が振られておらず、近くには教科書らしきものも見当たらなかった。尚樹は記憶を頼りに顔と名前を当てはめていくが、こちらも自信はなかった。


「多分?一部うろ覚えで…」

「紫織さんは分かります?」

「無理よ。テレビで見たことがあるくらいで、そんな授業、受けたことないもの」

「調べた方が早いな」


一応間違いがないか調べようとスマホを起動するが、検索ページが開けず圏外と表示されていた。山奥でもない街中の学校で圏外など、通常であればありえない現象だった。


「圏外…」

「…俺のもだ」

「っ!!」

「紫織さん?」


 二人がスマホに意識を向けていると、紫織が一気に警戒を強めた。その変化に何事かと聞けば、微かだが扉の向こうから音が聞こえたと言う。下校時間も過ぎ、教員も居ない。唯一残っている新町と警備員は事務室に居るはずだ。


「俺が出ます」


陸は腰を落としつつ、勢いよく扉を開けた。


ガンッ

「いてっ!!」


硬い何かにぶつかった音と、声が聞こえた。開いた隙間から音の発生源を辿れば、頭を抱えて蹲る少年の姿があった。直前の音から察するに、前に立っていた少年の頭に勢い付いた扉が当たったのだろう。


「うわっ、え、ごめん!大丈夫か!?」


陸は慌てて少年の側にしゃがみこむ。重い音楽室の扉だ。子供の身で受けるには、相当な衝撃だったはずだ。


「ってーな!気を付けろよ!!」

「ごめんな。血は?目眩や吐き気は?」

「いいよ!平気だ!」


異常がないか触ろうとする陸の手から逃げるように、少年は立ち上がり飛び退く。


「子供?」

「なぜまだ残って…」


尚樹と紫織が廊下の騒ぎに音楽室から出ると、こちらを睨み付ける少年と向かい合う。

クラブ活動や居残りも許されていない時間で、教員すら帰宅しているというのに、警備員の見回りすら切り抜けて、何処に潜んでいたのか。


「あんたら誰?不審者?」

「俺達はお化けの調査の為に来たんだ。ほら、ちゃんと許可証持ってるだろ?」


ポケットに入れていた入構証を掲げると、肩の力は抜けたが、今度は半目で疑っていますと隠さんばかりの表情を向けてきた。


「お化けの調査~?……詐欺師?」

「違っ…うぁ!!?」


失礼な物言いに弁解しようと、陸が一歩踏み出した足元が、ゼリーでも踏んだかと思うように沈み揺れた。咄嗟に壁に手をついて体を支えたことで転ばずにすんだ。しっかりと踏みしめて体勢を整え前を向くと、つい先程までの校内とは、違った光景が広がっていた。


「は?」

「これは…」

「わっ、え?」


全員が戸惑い、視線の動きが忙しない。

 まず気付いたのは明るさだ。烏も帰る時間を過ぎたとはいえ、季節がら日は沈みきっていなかった。なのに、廊下を照らしていたはずの光はなく、窓の外は黒一色に塗り潰され、蛍光灯の明かりも飛び飛びで、廊下の先は薄暗く閉ざされている。


「やられたわね」

「あっちのテリトリーに引っ張られたかぁ」


いち早く状況を理解して冷静さを取り戻した紫織と陸。しかし最悪の事態に表情は硬く、救いを求めるように半ば無意識に触れたピアスとネックレスは、どちらも己の熱を共有するだけであった。



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