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第二話【怪談と少年】2



 書類の記入を終えた新町と共に、三人は車で尾桜第一小学校へと向かうことになった。階段を降りて事務所から出ると、ビルの向かい側、路地の間に真っ白な毛並みの猫が居るのに気付き、尚樹は金色の瞳と目が合った。首輪はしていないようだが、野良にしては汚れもなく艶もある毛並みで綺麗すぎる。


「尚樹君?どうかした?」

「猫が、いて…」

「猫?」


陸は尚樹の視線の先を見るが、いつものビルと道、真っ暗な路地があるだけで、猫など見当たらなかった。


「何もいないけど?」

「ほら、あそこに…って、いない?」


あんなにも目立つ白が、瞬きのうちにいなくなっていた。辺りを見渡すが、見つからない。気のせい、ではなかったはずだ。


「この辺は車通り少ないし、猫は多いからなぁ。もっかい叩いとこ」


陸はボンネットを叩いて耳を当て、しゃがんで車の下を覗いた。猫が入り込んでいないかの確認だ。


「だいじょぶそうだな。新町さん、後ろへどうぞ。尚樹君はその隣で…」


陸が言いきる前に、後部座席に座った新町の隣へ紫織が座った。助手席、陸の隣は御免だという意思表示だった。


「尚樹君、特等席、空いてるぜ!」


泣きながら親指で助手席を示す陸に、そういうところが紫織に嫌われる要因なのではと尚樹は思ったが、追い討ちを掛けるようで不憫かと、黙って特等席へ収まった。それからは何事もなく目的地へ進み、連日の雨で彩度の落ちた街並みを眺めているうちに、猫のことなどはすっかり忘れてしまった。

 学校へ着くと職員用の門から入り駐車場へ車を停めて、事務室で入構証を受け取った。十六時過ぎの校内には、クラブ活動などで残っている生徒が疎らに走り回っている。外部の見知らぬ大人が物珍しいのか、あらゆる所から好奇の視線を三人は感じていた。職員室に入ると子供達の姿はなく、放課後の慌ただしい教員は尚樹達に気付いてはいても、何の反応も示さなかった。授業が終わってもプリントの採点や整理、明日の準備やらで忙しいようで、先生という職業の大変さが窺い知れた。

 尚樹は、その職員室独特の空気に懐かしさが込み上げてきた。小学生の頃は、職員室に入るのが苦手だった。先生がたくさんいて、仕事をしている大人に声をかけるのが、緊張して出来なかったのだ。まだ大学生の身ではあるが、大人になった今、こうして小学校という空間にいることに、母校でもないのに不思議とテンションが上がりそうに__


「いや、来てる理由が無理だ。下げとこ」

「何を?」


尚樹の突然の独り言に、校長と話していた陸が振り返る。

七不思議、幽霊騒動なんて厄介な理由で来ているんだぞと尚樹は正気に戻った。


「なんでもないです」

「そ?あ、校長先生、というわけで、今夜はこのまま調査に入りたいんすけど…」

「どうぞ、ご自由にお調べください。委託している警備員がおりますので、何かあればそちらへ…」

「あの!私も残ってもいいでしょうか!?」

「新町先生?」

「校内のことに関しては私の方が把握してますし、お邪魔はしませんので、お願いします!」

「俺達は構いませんけど、多少の危険はありますよ?」

「大丈夫です!お手伝いできる事があれば、何でも仰ってください!」

「それなら、お言葉に甘えて。校内の見取り図とかあります?」

「はい。敷地全体と、こちらは校内の見取り図のコピーです」

「ありがとうございます」


校長への説明も終わり、新町先生から受け取った見取り図に目を通しつつ職員室を後にした。


「で、これからどうすんだ?」

「まずは情報集めからだな。新町先生、七不思議の内容を知りたいんですが…」

「すみません、私も詳しくは知らなくて…」

「となると、聞き込みするしかないか」

「誰に?」

「もちろん、子供達に」


子供に聞くと当然のように言っているが、尚樹はそれが可能か微妙なのではと思っていた。確かに噂をしているのは子供達だが、ちゃんとした内容や出所などを話せるかは別だ。支離滅裂で、滅茶苦茶な話をされるのではと疑ってしまう。

 尚樹の分かりやすい疑惑の表情に、陸は大丈夫だと彼の肩をポンと叩く。


「こういうのは、ちゃんと本人達に聞くことに意味があるんだよ。大人には見えない世界ってこと!」

「はぁ」

「と言うわけで、新町先生、誰かそういったことに詳しそうな子、知りません?」

「そうですねぇ…、三年二組の中巻(なかまき)さんなら、もしかしたら。噂好きで、学年問わずお友達がいる子なんです」


いつも遅くまで本を読んで残っていると、新町は三人を連れて三階の図書室へと向かう。中に入ると貸し出し用カウンターの前に、女子児童が一人座っていた。他に児童は居らず、空調の音だけが聞こえる静かな空間だった。

扉の音でこちらに気付いた女子児童が、読んでいた本から顔を上げた。


「やっぱりまだ残ってたのね。もう少しで完全下校時間よ」

「はぁい」


女子児童は本をランドセルへと仕舞い、下校の準備を始める。しかし、見慣れない大人が気になるのか、チラチラと視線を尚樹達に向けて手が止まっていた。好奇心に負けた彼女は乱雑にランドセルを背負うと、新町越しに三人を見上げて話し掛けた。


「ねぇねぇ!お兄さん達はだぁれ?新しい先生?」

「中巻さん、この方達は…」


どう言ったものかと新町が言い淀んでいると_


「お化けの調査隊だよ!」


陸が膝をついて、女子児童と目線を合わせて笑いかける。

 声のトーンや話し方が柔らかくなり、随分と子供の相手が慣れているのだなと、尚樹は感心した。一方紫織は我関せずのようで、尚樹と同様、新町の後ろで気配を消している。


「お化けの調査隊?」

「そ!この学校の七不思議を調べに来たんだ」

「七不思議!私知ってるよ!」

「おぉー!それは凄い!お兄さんに教えてくれる?」

「いいよ!」


キラキラと目を輝かせながら、ランドセルから自由帳を取り出して開いて見せる。開かれたページには『尾桜第一小学校 七不思議』と子供らしい字で書かれていた。箇条書きで七つ、多少の漢字間違いや読みにくさはあるものの、内容までしっかりと書き込まれている。


「これが七不思議!」

「ちゃんと纏められてて分かりやすい!誰から聞いたの?」

「みんな!」

「みんなって?」

「んーとね、これとこれはミキちゃんからで、こっちはリョウタくん!あとヒロシくんからも教えてもらったの!」


彼女が言うには、特定の誰かから全てを聞いたのではなく、複数人から伝え聞いたものをまとめたとのことだ。七不思議として噂は広まっていたのに、全員が七つ全部を知っていたわけではないらしい。


「これは調査に役立つなぁ!ちょっと写させてもらっていいかな?」

「もう全部覚えてるから、これあげる!」


そう言うと止める間もなく、七不思議が書かれたページを破った。その自由帳は破ることを前提に作られていないため、差し出された紙は端がガタガタで一部文字が切れてしまっているが、内容は把握できた。


「ありがとう!これで調査が捗るよ!」


両手で受け取った陸は歯を見せて笑い、彼女の頭を撫でた。


キーンコーンカーンコーン___


「中巻さん、ありがとう。帰りましょうか」

「はぁい!調査隊さん、頑張ってね!」

「まかせて!バイバイ!」


下校時間を知らせるチャイムが鳴り、校門まで中巻を送るという新町と別れ、三人は一階の事務室まで戻ってきた。職員を早めに帰らせるよう校長に頼んでいたため事務員の姿はなく、警備員は施錠の見回りに出ている。

 陸は中巻から受け取った七不思議の内容を別の紙へ写し、他二人へと情報を共有する。


「階段だの理科室だの、どこの学校も似たり寄ったりだな」


尚樹はざっと目を通して、呆れたように溢す。そんな尚樹に苦笑を返し、陸は原本となる自由帳の紙を丁寧に畳んでツナギの胸ポケットへ入れて、自身で書き写した紙と見取り図を見比べる。今のうちに確認するべき場所が何ヵ所かあり、持ってきた荷物から探索用の道具を装備していく。


「噂っていうのは怖いよー。それを認識する人が多いと、実体を持っちゃう。学校なんて空間は色んな感情が入り乱れて、怪異が生まれやすいし。殊更、精神的に未熟な小学生は染まりやすいからもっと厄介だ」


過去に、学校で見たくもないモノに何度か遭遇している尚樹としては、そういうものなのかと納得した。


 人が多ければ多いほど、そこが閉塞的な場所であればあるほど、厄介なモノが生まれる。人が生み出すモノは、人ならざる者達よりも不安定で異質で、変異しやすい。喰らって混ざって絡まり融けて、消えないよう人に近付き個を確立する。数多の人間に認識されて、やっと存在を維持できる。


__それが、人が生み出す怪異。


「ってね!」


神妙に語りだした陸が、おどけて両手を軽く上げた。

陸の空気の変わりように、尚樹は話の内容を咀嚼するのでいっぱいでついていけないでいた。陸の語りは重く、緑の瞳が光っているようにも見えた。ふざけているようで、その実、複雑な人なのかもしれないと思ったのだが…


「全部青維様の受け売りじゃない」

「そりゃー俺の先生でもありますからね!」


そんなこともなかったかもしれない。陸のつかみどころのなさは一旦置いておくことにした。それよりも、存在を認知して受け入れる。尚樹は似たようなことを最近言われた気がして、思案する。

 自分自身が認識する、という事が何においても重要なのだろうか?


「んじゃ、まずは皿を割る許可もらおっか!」

「は?」


あまりの突飛な発言に、思考が中断されるどころか吹き飛んでいった。


「勝手に学校の備品を壊すわけにはいかないだろ?」


言いながら陸が指差すのは、七不思議の書かれた紙。『皿が増える家庭科室』という一文だ。


『皿が増える家庭科室』

夜に家庭科室の皿を数えると一枚増える。それを割ると呪われる。


「呪われるってのが具体的にどうなるのか分からないけど、とりあえず割って確かめてみようかなって」

「なんでわざわざ面倒事を起こすんだ!?」

「だって、現れてくれないと祓いようがないだろ?屏風の虎のままじゃ対処出来ない」

「つーかそもそも、本当に霊がいるのか?」


ここまで来て今更ではあるが、尚樹は根本的な質問をした。少し校内を歩いたが、それらしきモノは見ていない。幽霊を見たという証言も、疑心暗鬼の末の幻覚や気のせいという可能性はないのかと、当然の疑問だろうと問いかけたのだが__


「いるわ」


ピシャリと一言、紫織が言いきった。


「あなたが見ようとしていないだけ。青維様は、あなたに力をつけさせたいと仰っていたわ。何か力を求める理由があるのでしょう?なら、しっかりと視ることね」


見ようとしていない。

 尚樹はハッとした。無意識だった。

己の力を認め、向き合っていくと決めた。だが、ずっとそれらから目を逸らして生きてきたのだ。見たくない、関わりたくないと力を抑えてしまっていたのかもしれない。もう、それでは駄目だ。力を消すために、力を使う。

 瞼を閉じ深呼吸をして、目に意識を集中する。じんわりと瞼に熱を感じて、ゆっくりと開いて辺りを見回せば、先程までとは違った世界が視えた。


「なんだ…これ……」


まず視えたのは、黒く薄い靄だった。トンネルで視た糸のようにハッキリとはしていないが、不快感を募らせるのは同じだ。事務室の窓から校舎を見上げれば、靄はあらゆる場所にかかっていた。


「何か見えた?」

「黒い霧?みたいなのが…」

「へぇ。そんなことになってるのかー」

「陸さんには、どう見えてるんだ?」

「俺はなーんも見えなてい」

「でも、何かいるって確信してるんじゃ…?」

「なんとなーくの気配だけな。あとは紫織さんがずっと警戒してるから、何かはいるんだろうなと思っただけ」


紫織に視線を向ければ、同じように窓の外を見上げていた。


「私も、微かに気配を感じているだけよ。あなたは目が良いのね」

「…別に、こんな力……」

「そういえば、君の力って?」

「所長が言うには、神の力だとかなんとか…」

「神の力!?」


陸はギョッと見開いて、煩さに目を細める紫織を視界に捉えつつも声を上げる。


「あー、それでかぁ!気配に違和感があるなーって思ってたんだ!最初車に乗せた時なんか警戒しっぱなしだったよ!でも神様の力を持ってるならその気配も納得。神、神かぁ~。凄いもの持ってるな!」

「迷惑してるんで、とっとと捨てたいもんすけどね」

「っえー、もったいない!」

「俺は普通の生活したいんで。力を消すために力をつけろって言われて仕方なく…」

「青維様のご提案に不満があると?」

「っ、ご教示いただけてなによりです!」

「そうよね」


目は笑っていない笑顔なんて、器用なことが出来るものだと尚樹は感心すらしそうになるが、命の危険をひしひしと感じるのでこちらも笑って誤魔化した。


 帰宅する校長に備品の破損などについて説明を終わらせた陸は、見回りから戻った警備員から鍵を受け取り、尚樹と二人で家庭科室へ皿を数えに事務室を後にした。事務室には警備員の男と新町、紫織の三人が残っている。空調とラジオの音だけが流れていたが、アナウンサーが読み上げたニュースに、新町が口を開いた。


「またあったんですね…」

「あぁ、今の……そうですね」

「無差別だって話で。校長もグループでの登下校を検討してました」

「そのほうがいいですよ。我々警備員にも通知が来てますし」

「次の会議で進言してみます」


途切れた会話に、紫織は外を警戒しつつ先日の青維との話を思い出した。

 室内に暗い空気を残したそのニュースは、ふた月ほど前から関東圏で起きている不審死で、性別や年齢、職種もバラバラ、そもそも関係する事件なのかすら分かっておらず、警察からの発表も曖昧で、公開する情報がかなり制限されていた。テレビのコメンテーターが連続殺人ではないか、一部は模倣犯の仕業ではないかと不安を煽るように捲し立てる。呼応するように世間でも、犯人の目星もついていないことから、警察への批判も高まっていると報道されていた。 

 そんな画面を見ながら『もう限界かな』と、青維は溢していた。事件の真相を知っているのかと返した紫織に、青維はただ首を横に振って、部屋を出てしまった。今語れることはないのだと、紫織はそれ以上追求はしなかった。また同じ様な事件が起きたということは、青維の耳にも入っているだろう。来客の予定があると言っていたが、何か関係があるのではと、紫織はやはり残ってお力になりたかったと息を吐いた。



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