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【異世界恋愛2】独立した短編・中編・長編

愛が半分、それで幸せ

「あなたのことを、愛したいとは思うんですが……、愛せるかはわかりません」


 折しも、結婚を翌日に控えた日の午後。

 新居となる伯爵邸を訪れたキャロルに対し、歓迎の茶会の後、庭のガゼボで二人で向かい合って「さあ明日の打ち合わせでも」というタイミングで、夫となる男性が言ったのだ。

 あ、これは面倒なことになる、とキャロルは直感的に悟った。


(新婚初夜に「君を愛することはない」と言い出す冷酷夫なら、「こちらこそ願い下げですわ!」と啖呵を切れるのですけど……。「愛そうと努力しても愛せないかもしれない」というこの微妙なラインの告白は、いったいどうすれば良いのでしょう)


 気持ちはないわけではない。歩み寄る気もある。だけど、無理かもしれない。

 ……無理とはいったい。つまり、自信がないということだろうか?

 そよそよと爽やかな風が吹き、咲き誇るバラの香りが漂い、明るい光に満ちたその場で、キャロルは明日以降夫となる予定の青年、バーソロミューをしげしげと見つめた。


 繊細なプラチナブロンドに、透き通るような青い瞳。年齢はキャロルより五歳上の二十四歳。貴族らしい顔立ちの、美青年である。

 一方のキャロルは、派手な容姿ではないが、可もなく不可もなく平凡を地でいく顔立ちをしていた。しかし、結婚式までに実家である子爵家の総力を上げて髪も肌も念入りに手入れをしてきたので、見た目だけは中の上くらいのつもりでいる。それでも、生理的に無理というのなら仕方ないが。

 性格に至っては、今日が初顔合わせなのだから、良いも悪いもまだ何もないはず、というのがキャロルの所感だ。この段階で、何が彼の自信を失わせ、そんなことを言わせてしまったというのか。


「これは有耶無耶にできない点なのでお聞きします、差し支えがあってもお答えください。あなたが私を愛せる自信がないのは、どうしてですか?」 


 口にした瞬間、キャロルはとある可能性にすぐさま思い至った。


(もしかして「他に愛するひとがいる」かしら……!? そうよ、それが正解よね! だいたい、基本の構造はそうじゃない。こんな初歩的なことに気がつかないなんて、私がなってないわ。面倒がらないで、もう少し茶会や夜会でご婦人方の語るあれこれに耳を傾けて男女の機微について知識を入れていたら、質問する前に気づいたのに)

 

 これはもう決まり。そう、愛人。真実の愛。彼はすでに愛を捧げている相手がいるから、キャロルの分まで「愛」を確保できるかわからないと、言いたいことはそれに間違いない。

 すっかり、その心積もりでキャロルが返答を待っていると、果たして彼は予想とほぼ違わぬことを口にした。


「実は、私の『愛』には先約があって、婚約者や妻が現れたとて、決して無尽蔵のもとして捧げてはいけないときつく言い含められているんです。つまり新たに誰かを愛してはいけないという……」


「束・縛・系・彼女!」


 キャロルはそう指摘し、頷いてみせた。なぜかバーソロミューは焦ったように「か、彼女ではなく」と言っていたが、キャロルは「よろしいかと思います」と、余裕のあるところを見せる。愛人ごときに動揺などするものか、という意地であった。


「婚約者とはいえ、私は後から来た新参者。お相手がどのような立場の方かは存じ上げませんが、愛するあなたと伯爵夫人として盤石な地位を築き、女の幸せも栄耀栄華もすべて思うがままと未来を描いていたのであれば、さぞや、さぞや私という女は邪魔者でしょうとも、ええ」


 これが、家同士の力関係や政治的な思惑が何一つ絡まない結婚であれば、キャロルはここで身を引いても良いと、心の底から思った。強がりではなく。

 しかし、現実は政略結婚であるので、引くことはできない。


(惜しくはないんですけど、愛人に譲り渡すことはできないんですよね。バーソロミュー様はちょっと見ない美青年で、「いいな」とは思いますけれど、婚約者を前にして「愛せるかどうかわからない」と言い出す優柔不断な態度は、いただけません。ましてや、双方政略結婚と理解していて、明日結婚式をするとわかっている状況で、わざわざこれを言ってしまうのは、本当にセンスがないと思います。もう少し、うまく立ち回ってくだされば良いものを)


 たとえ本人が、それをキャロルに告白することが「誠実」「正義」だと考えていたとしても。

 言わなくても良いことを自分の気持ちの整理のために口にしてしまうのは、キャロルからすると「軽率」のひとことに尽きる。愛人がいる告白よりも、そちらの方がよほどキャロルとしては気になる。

 バーソロミューは、何やら焦った様子で、身を乗り出してきた。


「これは大切な話なので、直接話したいと思い、手紙などでお伝えすることはありませんでした。しかし、私の伝え方で誤解を生んでしまったかもしれない。すべて、誤解とも言い切れないんですが……。あなたと私はせっかく縁あって結婚するのですから、愛があるに越したことはないと、私は考えています。ですが、どうにも、あなたの分の愛が、捻出しがたく」


 束縛系? 彼女とは? と、バーソロミューは口の中でもごもごと呟いている。最前のキャロルの言葉に、何やら引っかかっているらしい。

 キャロルとしては、現状バーソロミューの顔以外のだいたいすべてに引っかかっているので、どうしても言葉がきつくなる。

 誤解を生まないために、直接会って話したかったという点は、わからなくもないが。


「言いたいことは、もう少し整理してわかりやすくしてください。私とあなたは他人です。しかも初対面で、お互いに何を考えているかもさっぱりわからない状況なのです。この場で、『察する』といった芸当は無理中の無理です。おわかりでしょうか?」


 何が悲しくて、夫となる年上の男性に対して、小言のようなことを言わなければいけないのか? 仮にも明日結婚するつもりなら、もう少し大人であってほしい。

 毅然としたキャロルの態度に思うところがあったのか、バーソロミューは「おっしゃる通りにございます」と言って、背筋を伸ばした。

 下手に出れば良いというものではない、とキャロル眉間に皺を寄せる。

 そのキャロルを見て、バーソロミューは重い告白を始めた。


「実は私は……、かつて可愛がっていたユニコーンに取り憑かれていまして……」


 そよ、と風が吹いた。

 待ってみても、彼が言い直す気配がないのを見てとり、キャロルは目を大きく見開いて言った。


愛玩動物(ペット)がユニコーンはゴツすぎませんか!?」


 しかも取り憑かれている、とは。

 いったい、彼は何をしたというのか?



 * * *



 バーソロミューとユニコーンの出会いは、遡ること十五年前。

 森深い領地で過ごしていたところ、先方から見初められたのだという。


(えっ……どういうこと? ユニコーンってたしか、乙女に反応する生き物ではなかったかしら。少年の場合も何か……どうしましょう、何か逸話があるかもしれないけれど、なんだか知りたくない……)


 情報を整理しきれず、無言になったキャロルの前で、バーソロミューはその生き物と友情を育んだ少年時代について、切々と語り続けた。

 そして、十五歳を迎えた頃に、別れの時を迎えたのだと。


「己の死期を悟ったユニコーンは、私に言いました。『冥土の土産として、お前の愛の半分をもらっていく』と」

「それ本当にユニコーンですか? 悪魔ではなく?」


 思わずキャロルが口を挟むと、バーソロミューは首を傾げて「見た目は完全にユニコーンでしたよ?」と邪気のない様子で答える。しかし、すぐに神妙な顔つきになって話を続けた。


「私が死んだときには、残りの愛ももらっていくと」

「それはもう悪魔です! 悪魔の決め台詞です!」

「でも、彼が欲したのは魂ではなく、愛であって……悪魔が愛を欲しがりますか?」


(……私がおかしいのかしら? 魂と愛って、どちらがより大切で深刻で……わからないわ。どちらも見えないし、形もないし、さわれないし、半分とか全部と言っても、どれだけあるかもわからないものですもの)


 どうしたものかという顔をしたキャロルに対し、バーソロミューは「そういうわけですので」と話を締めくくる。


「愛を、予約されているんです。もし私が結婚を機に自分の隣に立つひとに、惜しみない愛を注いだ場合、『自分に分配されるはずだった愛が奪われた』と、ユニコーンが私の妻子を敵認定するかもしれません。その場合、どういう行動に出るかがわからないんです。私を角で刺すならともかく、愛する妻や子に危害を加えられたらと思うと」


 当該ユニコーンは、すでに死亡しているんですよね? と、キャロルは聞こうとしたが、ひとまずその言葉を呑み込んだ。


(死んだ後に、残り半分の愛も回収するって宣言しているからには、「死」なんてものともしていないってことよね。束縛系彼女よりも面倒……そんなこと、ある?)


 あるのだ。現にある以上、ある。現実を受け入れねば。ユニコーンに結婚を邪魔されているという、現実を。


「話はだいたい、わかりました」


 嘘である。さっぱりわかっていない。だが、ここはそう言う場面ではないかと割り切って、キャロルは往年の名探偵のごとく力強く言った。


「わかりましたか!?」


 半信半疑といった様子で、バーソロミューが目を瞬きながら聞いてくる。「嘘です、お手上げです、全然わかりません」その言葉を呑み込み、「もちろん、よくわかりました」とキャロルは胸を張って答えた。はったりは、貴族令嬢の嗜みである。

 途端、バーソロミューはそれまでの物憂げな表情を一転させ、ぱっと顔を輝かせた。


「すごいひとですね、あなたは。賢くて頼りがいがある。結婚するなら、そういう女性がいいなと思っていました。想像以上です。運命でしょうか」


「ヤメテクダサイ」


 ナンデスカソノ掌返し、とキャロルは心を閉ざしながら片言で答える。


(そういう、ほいほいひとを信用して心を許す性格だから、執着系ユニコーンにつけこまれたのではなくて? 将来に渡って、安全上の問題から妻子を諦めさせるなんて、とんでもない相手よ。もはやその友情は、良い思い出のすべてをかきけすほどの、汚点。出会ったことそのものが、黒歴史)


 よほど、言いたい。

 しかし、それはいま彼にぶつけることではないと、キャロルは今一度考え直すことにした。

 彼と、ユニコーンの関係について、後から出会った自分がとやかく言っても、意味がない。過去のことであり、しかも当該ユニコーンは没しているからだ。

 考えるべきは、未来のこと。


「私は、この結婚が当人の意向とは関係ないものと理解しています。あなたに、多くの愛を望んだりもしません。半分でも頂けたら十分です。そして、あなたがお亡くなりになった際に、それをどうするのも自由だと考えています。待ち構えているであろうユニコーンに差し上げるのも、止めません。どうぞ」


 そもそも、結婚してこの先長く一緒に過ごすとして、どちらが先に死ぬかはわからないのだ。


(私が先に死ぬこともあるでしょう。それでも、生きている間、手元にある半分の愛を頂けるなら、世にいう「愛のない結婚」よりは、よほど恵まれているのではないでしょうか)


 もしかしたら、手持ちの「愛」を妻に捧げても、ユニコーンからの干渉がないと気づいた夫が、他に愛するひとを見つけることもあるかもしれないけれど。

 そのときは「結婚前はあんなにユニコーンに怯えていたのに、あなたもずいぶん豪胆になったものね」と笑ってあげよう。

 キャロルの心はそう決まっているのに、なぜかバーソロミューは困った顔をして言った。


「子どもたちの分も残しておきたい」


 愛の分配について、まだ悩みがあるらしい。


「生まれてから考えては?」


 悩みを先取りし過ぎでは? とキャロルが遠慮なく言うと、バーソロミューはキャロルをまっすぐに見つめてきた。


「私と子を成すことに、同意してくれるということですか?」

「政略結婚って、そういうものではないのですか?」


 結婚するからには、それに伴う義務だって果たしますが? とキャロルは考えている。バーソロミューは、ほっとしたように相好を崩した。


「ありがとうございます。本当に、あなたは素晴らしい。あなたと結婚できるのが嬉しいです」

「そうですね、面倒はない女だと思います。高望みもしていませんから」


 いつも、不幸にならないように、よく周りを見て生きてきた。

 くよくよしないのも、めそめそしないのも、誰かにあまり期待しないのも、すべて生きる中で身に付けた処世術だ。


(結婚程度で、私は変わらないわ。愛されなくても、ひとりでいても、いつもほどほどに幸せでいられる自信があるもの)


 だから、私を愛さなければいけないだなんてことすら、あなたは気にする必要もないのよ?

 心に浮かんだ言葉は、口にすることができなかった。


 さわやかに吹く風の中で、バーソロミューがとても幸せそうに微笑んでいたからだ。長い悩みから解放されたような、清々しい表情をしていた。


「ユニコーンは、死ぬときに『愛する者同士が一緒にいられないのは、不幸なことだ』という考えを私に伝えてきました。まだ考えが幼かった私は、愛とはそういうものかと思いました。でも、いまあなたと話していて、少し違うなと思いました」


 この先を聞いたら、戻れなくなる。

 その予感がありつつも、好奇心に負けて「どのように違うのですか?」とキャロルは質問をした。

 バーソロミューは、穏やかな笑顔で答えた。


「私とあなたは、今日まで別々の場所で生きてきました。それは、決して不幸なことではありません。そして、これからも私とあなたはきっと、別々の場所にいても幸せになることはできると思います。その上で、一緒にいるとさらにすごく幸せ。そういう関係が、私は『愛』であるように思いました。あなたとは、そんな結婚ができると確信しています」


 言い終えると「風が出てきましたね」と言いながらバーソロミューは立ち上がり、キャロルに手を差し出してきた。

 この手を取ったら、戻れなくなる。

 冥府に渡ったユニコーンに、付け狙われる人生から。


(それもべつにいいでしょう。実害があったら、そのとき考えればいいだけの話だわ。私は多少のことでは動じないわけですし、この方がこんなに晴れ晴れとした顔を見せてくれたのが、なんだかとても嬉しいみたいですし) 


 手を取って、立ち上がる。

 二人で肩を並べ、庭の小道を歩きながら「明日は晴れるといいですね」といった世間話を始めた。手は繋いだままだった。

 キャロルはふと、隣を歩くバーソロミューを見て、気になっていたことを口にした。


「私思うのですけど、愛は目に見えません。最初にどれだけあったのか、ユニコーンがどれだけ持って行ったのかもわかりません。あなたはそれをふまえて、自分の裁量で増やすことも育てることもできます。それを、私や私たちの子に、存分に注げば良いと思いますわ。ユニコーンを騙したことにも、裏切ったことにもならないです」


 繋いだ手に軽く力を込めながら、バーソロミューは「それはまったくもって、その通りですね。案外、無尽蔵かもしれませんし」と、キャロルの言い分を全面的に認めて、声を上げて笑った。




*最後までお読み頂きまして、どうもありがとうございました(*´∀`*)

 乙女とユニコーンのエピソードは有名ですが、おそらく少年とユニコーンにも何かあると思うんですけど、調べていません……。何かはありますよね?


*追記*(2024.11.11 10:55)

ユニコーンエピソード教えていただきました。ありがとうございます。


「一緒にいないと不幸になる」と言ってくる相手より、「一緒にいなくても大丈夫だけど、一緒にいると幸せだよね」という相手のほうがいいなと思いながら書いたんですが、

そういう相手キャロルと現世で愛を育んで増やすと、あの世にいるユニコーンの「半分」の愛も増えているんでしょうかね。死ぬ頃にはもうその愛で満足して、回収なんてしにこなければいいのに。

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✼2024.9.13発売✼
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