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中編

「政略結婚……?」


 エリスが驚いて声をあげると、両親は辛そうな顔でエリスを見た。二人は両手を握り締め合い、こんな時でも共に悲しみを分け合っているのが伝わってくる。


 人柄がよく、むしろ優しすぎるエリスの父親は、仕事先でだまされて危うく財産を無くしかけた。だが、そんなエリスの父親に言葉巧みに近寄る貴族がいた。その貴族は、自分の次男をエリスの婿として結婚させてくれれば、家の存続は免れると言ってきた。その貴族はエリスの家よりも階級が上で、確かにその家の息子と結婚すれば家が無くなることはないだろう。


「でも、エリスに愛のない結婚をさせるだなんて……父親として本当に失格だよ。それだけは避けたかったのに、どうすることもできないんだ」

「あなた……」


 うなだれる父親に、そっと寄り添う母親。辛そうな二人を見て、エリスは心が潰されそうになる。


 父親に近寄ってきた貴族の次男は、すでに恋人がいてエリスには全く興味がないようだ。その次男の恋人もすでに結婚をしており、結婚していても恋愛を自由にしていいという考えのようだ。


「少し、考えさせてください……」


 実際のところ、考える時間などない。だが、はいそうですかとすぐに言えるほどエリスは強くないのだ。そんなエリスを見て、両親は涙を浮かべながら静かにうなずいた。





 部屋に戻り、エリスはソファの上で膝を抱えて座り込んだ。突然のことに頭が追いつかない。考えてどうにかなることではないことはわかっている、もうこれはほぼ決定したことなのだ。それでも、認めたくないという思いと、両親をこれ以上悲しませたくないという思いがせめぎ合う。


 ふと、近くから良い香りがする。静かに顔を上げると、目の前のテーブルに紅茶が置かれており、近くにはいつの間にかディルがいた。


「ディル……」

「エリス様が好きな紅茶です。飲むと少しは落ち着くと思いますよ」


 そう言われて、エリスはソファに座りなおすと紅茶を口にした。飲んだのは一口だけだが、ふんわりといい香りが口の中に広がっていく。紅茶の暖かさも広がって、心がだんだんと優しくほぐれていくのが分かる。


 ポロ、とエリスの両目から涙が零れ落ちる。


「エリス様……」


 静かにディルがエリスの横に座ると、そっとエリスを抱きしめた。昔から知っているディルの匂いに包まれると、心の糸がぷつりと切れたようにエリスは泣き始めた。


「ディル、嫌なの。この結婚をしなければいけないって、わかってる。でも……でも……」


 そう言って泣くエリスを、ディルはぎゅっと抱きしめた。エリスの頭上から、静かなため息が聞こえる。それから、ディルはそっとエリスの両肩を掴んでエリスの顔を覗き込んだ。


「エリス様、婚約の顔合わせは来週でしたよね。それまで、お(いとま)をいただきます」

「……え?」


 急なことにエリスは驚いてディルの顔を見つめる。一番側にいてほしい時に、暇をもらいたいと言われてエリスの心は苦しくてたまらない。


「大丈夫です、エリス様には俺がいます。信じて待っててくれませんか」


 エリスはディルの言っている意味が全く分からない。だが、ディルは本当に顔合わせまでの間、エリスの前から姿を消した。




 顔合わせの日がやってきた。婚約者になる相手と会うために美しく着飾ったエリスだが、その美しい装いに反して顔は浮かない顔をしている。


(結局、あの後ディルは戻ってこなかった……一体、どこで何をしているの)


 もうこのまま、二度と戻ってこないのかもしれない。不安にさいなまれていると、ドアがノックされる。


「エリス様、お迎えにあがりました」

「ディル!?」


 ドアの向こうから聞こえたのは、ディルの声だ。慌ててドアを開けると、そこには着飾った見知らぬ男性がいた。


「……ディル?ディルなの?」


 よく見てみると、あのディルだ。だが、いつもの執事服ではなく、貴族の令息が着るような立派な服装をしている。髪型もいつものふわふわな黒髪ではなく、しっかりと整えられている。


「お待たせしました。ようやく迎えに来れましたよ。それにしても、ずいぶんと綺麗に着飾っていますね。お似合いですが、……俺のためじゃなく他の男のためだと思うと気に食わないな」


 少し不服そうな顔でそう言うと、すぐにいつもの顔に戻ってエリスの前に片手を差し出した。


「さ、行きましょう。旦那様たちがお待ちです」



 ディルに連れられて両親の元にやって来ると、両親は目を輝かせてエリスとディルを迎えた。


「エリス!ディルが、エリスと結婚したいと言うんだ!」

「え?」


 きょとんとした顔で隣のディルを見ると、ディルはいつものようににんまりと笑う。一体どういうことかわからず首をかしげると、父親が嬉しそうに話し始めた。


「ディルは実は侯爵家の次男なんだそうだ!」


 身寄りがないと思われていたディルは、実は侯爵家の次男だった。親たちの継承争いに巻き込まれ、誘拐されたうえに捨てられたところを、エリスの父親に拾われたというのが真相だ。

 ひと月前、たまたま街を歩いていた時に、兄だと名乗る男に声を掛けられる。腹違いの兄で、お互いの両親が相次いで亡くなり家を継いでから、ずっとディルを探していたらしい。


「両親のように険悪になるのではなく兄弟で仲良くしたい、そのためにずっと探していたと言われました。ですが、実際のところは後から自分にも侯爵家を継ぐ資格があると言われるのが嫌だったんでしょう。言われる前に最低限の地位と待遇を与えてしまえと思ったんでしょうね。俺は今の生活で満足しているからと断ろうと思っていたのですが、今回のこともあって、侯爵家の次男という地位を有効利用させてもらうことにしました」


 ディルの話にエリスの両親は嬉しそうに笑っているが、エリスは相変わらずぽかんとしている。あまりに突然すぎて、何がなんだかわからない。


「本当はすぐにでも迎えに来たかったんですが、国への登録だのなんだのがややこしく時間がかかりましてね。こうしてギリギリになってしまって、申し訳ない。旦那様に話を持ち掛けてきた貴族は俺より身分が低いので、俺がエリス様と結婚したいと申し出たらしぶしぶ手を引いてくれました。なのでエリス様は好きでもない男と家のために結婚する必要はありません」


 そう言ってから、隣に座るエリスの方に体を向けて、エリスの顔をじっと見つめた。


「そういうわけで、エリス様。俺と結婚してくれませんか?俺と結婚すれば、この家は無くなることはない。侯爵家の次男として財産は確保していますので家の再建は可能です。それに、エリス様の言う一途に愛し合う結婚もできます。俺は、エリス様と結婚したらエリス様しか見ません。他に恋人を作ったりしないし、作ることも許さない」


 最後の言葉に心なしか力がこもっている。エリスが驚いた顔でディルを見つめていると、ディルはにやりと笑って言った。


「エリス様は俺のことお嫌いですか?てっきり俺のことを好きでいてくれていると思ってましたが」

「な、な、何を言って……!」


 ディルの言葉に、エリスの顔は一気に赤くなる。そんなエリスを見てディルは楽しそうに笑い、エリスの両親も嬉しそうだ。


「ディルが貴族のご令息だったなら、すぐにでもエリスと結婚させてあげられるのにといつも思っていたんだよ。こうして夢がかなうだなんて……本当に、本当にありがとう、ディル」

「いえ、俺はこの家に拾われてずっと幸せに暮らしてきました。恩返しができてこちらこそよかったです。あ、でも」


 そう言って、ディルは少し寂し気な顔でエリスを見る。


「まだ、エリス様の口からはっきりと了承をもらっていません」

「そうだな、エリス、どうなんだ?」

「え、そんな、急に言われても、って、困ります!いえ、困らないのですけど、困ります!」


 顔を真っ赤にしてたじたじになるエリスを見て、ディルも両親も声を上げて嬉しそうに笑っていた。






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